33.またお前か!

 やはりどうしても真っ直ぐお家に帰るわけにも行かないのだが、そうお誂え向きにトラブルや機会が用意されるのであればフィフリーネはこうも困っていない。


 シークルイン学園の校舎内は閑散としている。生徒数に対して学園自体が広すぎるからなのもあるだろうが、流石は貴族の通う格式高い由緒あるものと言った風情だ。


 だからこそ、先の大広間で起きたあの喧騒は学園きっての非常事態とも言えたのだろう。大きな声を上げる、はたまた荒ぶるなどと言った蛮族さながらの行為とは隔絶された空間。フィフリーネはシークルイン学園をそう言うものだと認識した。


「──この、無礼者ッ!!!!」


 撤回だ。前言を撤回しよう。

 フィフリーネは頷きかけていた頭を止めて、声の方向を振り返る。聞き覚えのあるような、甲高く耳障りな声。悪役令嬢モノの金髪縦ロール高飛車女の声帯が辺りの空気を震わせている。


 確か……どこかで……


 えぇと……?


 覚えてる。覚えてはいる。なんとなく。けど、名前が出てこない。不思議だな。昔から興味がないことはすぐに忘れる性質だったからそのせいかもしれない。


 生来の気質を言い訳にしながら、フィフリーネは声の方向を探す。声の主は簡単に見つかったら、フィフリーネが今立っている森へと続く裏庭に沿うように伸びている学舎の窓のない廊下。そのど真ん中で、豊かな金色の長髪が揺れ動いている。後ろ姿しか見えないが、十中八九名前を忘れたあのお方だ。


「申し訳ありません」


「全く、今日という日はどうしてこうも平民ごときがあたくしの邪魔を……ッ!」


「……申し訳ありません」


 名前はすっかり忘れたが、怒り心頭の彼女は何を隠そう入学式の時にフィフリーネが相対した般若の面の令嬢だった。またお前か! と言うツッコミは内に秘めておく。相対してるのはまたも平民なのだろう。

 

「申し訳ありませんじゃないのよ。申してもらわないと気が済まないのよ。『平民などと言う卑しい身分の万歳で、高貴なる貴族シシリー・サンヴァル様の身体に触れたことを命を持って謝罪します』でしょう? ねぇ? 口があるのなら言えるわよね?」


 ……うわぁ。 

 

「仕方ないから本当の命ではなくていいけど……そうね、責任を取って学園を辞めるぐらいで許してあげるわ。命じゃなくていいのよ? 感謝しなさい」


 ……うわうわぁ。


 想像していたとは言え、実際に見てしまうとこれほどまでに生々しいものなのだなとフィフリーネは不快感を身に募らせる。昨今の悪役令嬢は美化され過ぎていると思う。実際はこんなにも醜悪だ。今、転生が終わりを迎えあちらの世界で再び生を受けることがあるならば悪役令嬢は"役"ではなく"悪"なのだと提唱する小説を認めてもいい。その物語の悪令嬢の名前は勿論──


「……シシリー・サンヴァル」


 フィフリーネは目を瞑り、忘れないように名前を反芻した。繰り返し、繰り返し呟いた末にもう忘れないぞと決心して顔を上げると

 ──シシリー・サンヴァルと目が合った。


「あ、あなっ、あなたっ!! どうしてこんなところに!? しかも、あたくしの名前を呼び捨てだなんて、不躾にも程があるでしょう!?」


 瞬間の激昂。


 見覚えあるな。この光景。

 

 

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