第6話:森

真加部とアレーラは下流へ流されながらも対岸に辿り着いた。

追手は崖の上で躊躇い、誰も飛び込もうと思う者はいなかったようだ。


対岸に上がった2人は休む間もなく森の中に入り、出来るだけ奥深く分け入って進んだ。


ただ・・・


「ったく、どこ行きゃいいんだよ」


当然ながら真加部に行く当てなど無かった。

見知らぬ世界に迷い込んでまだ2時間と経っていないだろう。

ガイドブックでもあれば話は別だが、そんなものはないからどういう所にいるのか、皆目見当がつかない。


そもそもアレーラとネリルは一体どこから来て、どこに向かおうとしていたのか?

見たところ、逃亡中の身らしいが、犯罪者として追われている風でも無かった。


言葉が通じれば文字通り話が早いが、生憎そうもいかない。


その時、アレーラが真加部の裾を引っ張って何か言った。


「あ、どうした?」


アレーラの身振りと言葉から判断するに、疲れたので休みたいと言っているようだ。

河に飛び込んでずぶ濡れになりながら、足元が不安定で歩きにくい森の中を強行軍してきたのである。


傭兵で普段から鍛錬している真加部はともかく、アレーラのような女性なら疲労を訴えもおかしくない。

ただ、真加部の見立てではアレーラはそこそこ体力に自信がある方と見ていた。


恐らくはネリルという女剣士から、ある程度の訓練を受けていたのではないか?

ネリルの死を非常に悲しんでいたところを見ても、あの2人には強い絆があったと考えるのが妥当だ。


真加部は辺りを見回して、ちょうど雨避けになりそうな岩陰を見つけ、そこにアレーラを連れて行った。

岩陰の左右の幅は十分で、奥行きは人一人が座れるだけの余裕があった。

これなら横になっても大丈夫だろう。


真加部自身も、火を起こして暖を取り、衣服を乾かしておきたかった。


「なああんた」


火口を集め、ライターで点火しながら真加部はアレーラに尋ねようとした。


と、アレーラがライターを物珍しそうに見つめているのに気付くと、火の点け方を手本で示してからアレーラにライターを渡した。


「ほらよ」


最初はぎこちない手つきだったが、アレーラはすぐにライターの扱い方を覚えた。


真加部は枯れ枝をくべて焚火をこしらえると、上着やズボンを脱いで太い枝を物干し竿に乾かし始めた。


ふと空を見上げると、鬱蒼とした森の枝葉の間に見える空は夕方に色づき始めていた。

僅かに太陽が見えたので、太陽と地平線の間を手の幅で測ると、あと1時間30分くらいで日没だという事が分かった。


「でよ、あんた」


真加部は質問を再開した。「どこのもんだ?どこに行こうとしてる?なんで追われてるんだ?」


アレーラは未だライターで遊んでいたが、真加部の質問で蓋を閉じて、ライターを返してくれた。

アレーラが楽し気に何度点火しても慌てなかったのは、予備のライターとライターオイルを持っていたからである。


とは言え、ライターを返せと言ったわけではない。


「アレーラ」

「タシュ?」


恐らく「何?」に相当する単語だろう。

なんだかハンガリーが戦中に試作戦車名に似たアクセントだが、まあそれはいい。


「君は、どこの国の人間なんだ?」


そう言いながら、ジェスチャーで質問の意図を伝えようとした。


「テルダ」

「テルダ?」


アレーラは地面を指差して、もう一度「テルダ」と言った。


「テルダ・・・森の事か?」


するとアレーラは「ゲヌ」と言ってかぶりを振り、小枝でアメーバのようなくねくねした曲線や綺麗な弧を交えた囲いを書き、


「テルダ」


と言うと、真加部は直感で、


「国・・・テルダは国か」


それを裏付けるように、アレーラはそのアメーバのような囲いの中に緩やかに曲がりくねった線を描き、一方を小枝で指し、片手で森を示した。


「ヴェーノ」

「森か。するとこの線はさっきの河だな」


それからアレーラは一本線、即ち河の反対側を指し示し、


「カロ、ネリル、マカベ、フジタ」


と言った。

それはどうやら、今日の出会いの場所を意味しているらしい。

カロとは、「私」という意味だろう。


その時、アレーラのお腹が鳴った。

つられて真加部の腹が唸り、空腹なのに気付いた。


「待ってろ」


真加部はリュックの中から固形食の入った包を引っ張り出して封を切った。

その中にはカロリーメイトに似た栄養バーが2本入っている。


アレーラはそれが何か分からなかったので、


「タシュ?」


と尋ねた。

真加部は1本をかじって見せてから、もう1本を包ごとアレーラに渡した。


「食いな」


アレーラは意外なほど素直に栄養バーを食べ、それがかなり気に入ったらしく満面の笑みを浮かべた。


「セデ♪」


その様子から、美味しいという感想らしい。


夜の闇に包まれて行く中、何度か暗視装置付きの双眼鏡で周囲の様子を窺ったが、敵は夜の迫る森に入るのを躊躇っているのか、人の気配は無かった。


あるいは、態勢を整えているのかもしれない。

油断は禁物だ。



続く






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