第二章:5 隠してこそ、隠すからこそ
それから暫く一緒にご飯を食べ進めること数分、話に花が咲いて(意図的に咲いているように見せて)いました。俺は弁当の味なんて分からないほど疲労困憊していて、やはり女を前にすると男の何千倍も気疲れが酷いと再確認されました。
「八真ちゃんの弁当美味しそうだね。全部手作りじゃないそれ」
「そうですか? 普通ですけど」
八真はもぐもぐ咀嚼しながら首を捻りました。そんなこと知りません、ただの出鱈目です。ですが彼女を機嫌を取る場合、どんな些細なことも適当に褒めれば当たります。実際、素っ気ない態度に見えて頬が照っています。
「それ誰が作ってるの? お母さん? ――あ、お父さん? ダメだね、最近はこういう発言だけ切り取られて炎上しちゃうから」
「はぁ……お母さんですけど」
「いいなぁ、俺、自分で作ってるよ」
「へー、それはなんとも。お母さん……お父さんは作らないんですか?」
「ん、まぁちょっと訳ありでね、高一ン時から俺が作ってるのよ。まぁもう慣れたからいいんだけどさ。それに自分で作るってなると、好きなものと嫌いなものが自由に選べて案外良き良き」
俺は気丈に笑って誤魔化しました。それから話頭を転じて言いました。
「八真ちゃんはお姉さんとかいるの? 見た感じ妹気質な感じがするけどさ」
すると八真は目を丸くして背筋を伸ばすと、心外そうに眉を寄せて項垂れました。
「私、そんな妹っぽいですかね……」
「え? まーなんとなく…………じゃあホントにお姉さんいるんだ?」
触れられたくない部分かと思いましたが、勇気を持って問いました。八真は体を傾けてちょっと無言でいた後、口を尖らせ渋々「まぁ」と呟きました。
「なんか訳ありっぽいね。何かあるの?」
「ま、少し苦手ってだけです。姉は私と違って
「へー、名前は?」
姉妹とか兄弟は、性格が違えど血の繋がりによって仲が良いものと思っていたのですが、現実、それは幻想なのかもしれません。それか、彼女の常套的な強情かもしれません。
俺は弁当を一口食べながら聞きました。
「
「――っぶっはっ!」
俺は思わず吹き込んでしまいました、なんという因果、因縁、悪縁でしょうか……吐き気を催す結びつきに辟易を隠せず、口に手を当てて俯いて、目をかっ開きました。
記憶の奥底に封印して、忘却の彼方に追いやっていた
山田六花、それは高校一年生時、俺が交際していた人間の一人でした。彼女もまた、俺に恐怖を植え付けるだけ植え付けて、去っていきました。
「きったないなぁ先輩! ご飯飛ばさないでくださいよ! ほら、手に米が! 先輩の口から米が!」
打ち震える俺を見ず知らず、八真は手の甲に付着している、俺の口から飛んだであろう米粒を見せびらかしてきます。俺は浅く呼吸して、困惑を気取られないよう精神を統一してから、微笑みました。
「ご、ごめん、咽せた。…………まぁ名前くらいは知ってるよその人。で、そのお姉さんとなにか『すれ違い』とかでもあるの?」
俺は彼女の手を取って、その米粒を拭い取りました。
「別に、ただそりが合わないだけです。少し前まで彼氏も居たみたいだし……おしゃれだし活発だし、あの明るい性格がうざったいんですよ。だから」
八真の言う通り、記憶にある六花は快活明朗でした、髪色も明るくファッションも上手でした。美麗さも八真に負けず劣らず、そのポテンシャルを活かしてると言う点に関しては八真より見目麗しくありました。
もともと『山田』という苗字と、八真の顔立ちの既視感や、当時六花本人から妹の存在を聞き及んでいたこともあり、『八真と六花の姉妹関係』は幾度かチラついていましたが、やはり八真と六花の印象の対極さのせいで『まさか』と一蹴するに済ましていました。――その『まさか』だったとは、虫歯を治してすぐにまた、新たに虫歯になった気分です。
「そうなんだ、八真ちゃんもおしゃれすればいいんじゃないの? 身近にそう言うひとがいるってのは結構
俺が茶化して言うと、八真は心底面倒臭さそうに渋面を向けてきました。
「おしゃれとか、あんなの男に媚びるためにする人としての尊厳をなくす低俗なもんでしょ。私は私が着たいものを着るだけです」
「へー、八真ちゃんてそれすっぴん?」
「当然ですが」
「…………」
ふと、一つ良い案が思いつきました、策略を進行させるのに良い発火点になるかもしれません。もともとデートは考えていましたが、彼女自身の革新が必要なので、これは妙案です。
俺はさも彼女のためであることを全面に醸し出して、優しさの甘さを匂わせて言いました。
「八真ちゃん可愛いから、おしゃれしてほしいよ」
「え、かわ――いい?」
八真は顔を赤くして混乱しました。顔を逸らしてメガネをいじりながらボソボソ呟きます。
「別に……そそそ、そんなことないですっ。おしゃれもしませんし……」
「いやいや、絶対活かしたほうがいいよ。俺のためと思って一回だけ! お願い! 見てみたいんだよ!」
俺は手を合わせました。
「で、でも……何すればいいか分かんないし……」
八真は顔を俯かせて、俺から逃れたい気持ちをあらわにしました。俺も初めて化粧品に手をつけた時は、自分を卑下して抵抗感がありましたが、繕うにはまず清潔感は必須です。ここは避けて通れないでしょう。
「まずコンタクトにして、あとメイクでしょ? あとできれば髪も整えてほしいな。スキンケアとかもちゃんとして、眉毛もちょっと。あとはそうだな、姿勢とか、背筋伸ばして」
「えっぐい言われよう……そんなに改善点ありますか」
八真は残念そうに片頬を痙攣させてため息を吐きました。俺は余裕そうに笑って言いました。
「そう? あっという間だよこんなの。そうだ、なんなら今週の土日に全部やっちゃおうか、俺付き合うからさ」
「――え?」
パッと顔を明るくしました。
「なにか予定ある?」
「い、いえ……そりゃないですが……でもそれって――」
八真は華々しい想像を広げたのか、赤面して口籠もりました。何を言おうとしたのか知りませんが、俺がその通りと言わんばかりに首肯してやると、彼女はより一層真っ赤になりました。
『デート』でしょう。まったく、耳障りの悪い嫌や言葉です。ですが彼女に取っては魅力的な言葉なようで、恍惚と瞳を輝かせていました。
「きっと可愛くなるよ、もっとね」
「…………」
ふと八真は自分の髪に触れて、悪いと思うように目を細めて、呟きました。
「私がいきなりそんなことしたら、驚かれるでしょうね……」
八真は複雑な面持ちで苦笑しました。分かります、怖いのでしょう、視線が。周りからすれば、突然身の程を弁えずに気取ったことをしている人間なぞ、冷笑の格好の餌食でしょう。俺もそう思っていました、今でも思っています。
ですが、
「じゃ明日、駅集合ね。あ、というかその前にラインでも交換しといたほうがいいよね。今スマホ持ってるよね」
「え、まぁ…………ラインですか」
八真は控え気味にスマホを取り出すと、口元を隠して恥ずかしそうに視線を逸らしました。俺が戸惑っていると、彼女は頬を薄く染めつつラインの画面を見せてきました。
「なに? 今の可愛いやつ」
「別に、なんでも」
八真はプイと顔を窓の外に顔を向けました。スマホを受け取ると、彼女のラインにはおそらく家族であろう人間と、公式アイコンしかありませんでした。これを恥じていたのでしょうか。
「……」
俺は預かったスマホを勝手に操作して、ラインを交換しました。適当なスタンプを送ります。
……まさか違います、こんなの惨めでありますが、恥でもなんでもありません。彼女の赤面はおそらく――。
「俺と交換できるのがそんなに嬉しかったかー」
「――っ!」
俺がちゃらけて言うと、彼女は目にも止まらぬ速さでスマホを奪い返しました。少し驚きつつ俺は微笑みました。
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