第4話 逃走と裏切り

翌朝、鉱山の霧は濃く、あたりの景色はぼんやりとしか見えなかった。

 村の者たちは、前夜の“供儀”の後始末をしているようで、集落は異様なほど静かだった。


 健吾は震えながら祐介に言った。


「逃げよう、今しかねぇ…!」


 祐介は、無言でうなずいた。


 四人はそれぞれに隠れていた小屋から抜け出し、森の中の獣道へと足を踏み入れる。

 草を踏む音さえも恐ろしく感じる沈黙の中、彼らは言葉も交わさず進んだ。



 …だが、一時間ほど経ったころ。


「おい…おい!なんで同じところに戻ってんだよ!!」

 雄太が叫んだ。


 そこにはまたしても、あの赤黒い祠が立っていた。

 信者の姿はどこにもない。


「これ…あいつら、道を操作してる。山、ぜんぶが仕掛けになってる…」

 健吾が口を押さえ、絶望の色を滲ませる。



 その時、背後で何かが折れる音がした。


「……誰か、来てる?」


 振り向いたときには、健吾の首が裂かれていた。


 白装束の一人が、静かに刃物を収める。


「健吾!!」

 茜が叫んだが、もう遅かった。


 次に狙われたのは、雄太だった。


「走れ、茜ッ!」

 雄太が白装束に立ち向かうように道をふさぎ、茜と祐介は再び山へと走り出した。



 森の奥、ようやく人の気配のない場所にたどり着いたとき、茜は泣きながら言った。


「もう、無理…無理だよ…!みんな死んだ…あんたも、私も、もうすぐ…!」


 だが、祐介は冷静だった。

 いや、冷静すぎた。


「大丈夫だよ。俺だけは、ここから出られる」


「……え?」


 茜が顔を上げた時、

 祐介の背後から、白装束の男たちが現れた。


「……お前、まさか……!」


「俺は“神の声”を導いた。それを伝えた。それだけのことだ」


 祐介は、どこか安らかな顔でそう言った。


 茜の絶叫が山に響き渡る中、祐介は目を伏せた。

 そして、もう一度だけ小さく呟いた。


「“神になる”ってのは、たった一つの生き残り方なんだよ」



 その後、茜が戻ってくることはなかった。

 山には、新たな供儀の跡が、また一つ増えただけだった。



 数日後。

 山奥の集落にて、村人たちの前に立つ一人の男。


 かつて“影の薄かった男”は、今や新たな儀式の先導者となっていた。

 口は閉ざされたまま、耳も無く、しかし瞳だけが異様に輝いていた。


 “神の声”を聞いた者。

 そして今、それを語る必要のない者。



 彼は静かに手を掲げた。

 再び鐘が鳴り、村人たちがひざまずく。


 そして儀式が、また始まる。

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