婚約破棄されたわたしが親友ポジになります

@alba_3477

第1話


最近は、こういうのが流行っているのかしら。

遠い地にいる友人も、似たような目にあったことを思い出し、レースファンの下でため息をつく。

「貴様がローズに蔑ろにしたのは十分にわかっているぞ!! 王家は神聖な血筋なのだから、民に心を砕けぬものは入ってはならない!!」

こちらの意見も聞かず、どの口が?

と言いたいのをぐっと堪える。

「・・承知しました。殿下がそうおっしゃるのであれば、このシンシア、あなたさまのご提案を受け入れます」

「ふ・・愚かな女だ」

シンシアは深く礼をすると、王子に背を向け、会場を出た。

嫌な予感はあったが、ここまでだったとは。婚約者のいる身でありながら、ローズと仲睦まじくしたこと。ローズの言い分の真偽を確かめずに信じこんだこと。そして、大勢の前で婚約破棄したこと。

すこし調べれば、ローズの言い分がでっち上げであることはわかるだろう。

この国の未来は、果たして明るいのか。

上級貴族として、明日を憂いていると、シンシアの前に影が落ちた。

見上げれば、兄であるアリアスがいた。

「大丈夫か?」

「もちろんです」

「なら、いい。すぐに迎えを呼ぶから、すこし待っていろ」

「はい」

アリアス・バイモンは、シンシアの5つ上であり、バイモン家の長男として、王家に仕えている。しかも、第二王子の、つまりシンシアの元婚約者の近衛騎士でもあった。つまり、ローズとの親密さは、兄より得た情報でもあったので、シンシアの嫌な予感は確信となったのだ。だからといって、王子があそこまで・・とは、くり返しになるのでやめておくが。


迎えを待ち、屋敷へ帰ると、すでに噂を聞きつけていた父になぐさめられた。

「気にするな、わたしのかわいいシンシアよ。頼りきりなのは、我が家ではなく、王家のほうなのだから」

「ええ。わたくしは大丈夫ですわ、お父さま」

「しかし、おまえに次の相手が見つからないのは困るな。すこし、工作をしようか」

「はい・・」

父は議長だ。王族もおいそれと頭が上がらない。

「アリアスの任も解こうか。隣国からもたびたび招聘を望まれているしな」

「あら・・」

「リアは顔もいいし、婚約候補者も多い。幼いころからの仲ゆえ王家を贔屓していたが、このような目に合わされては、考え直さねばならんな」

アリアスが見習いとして近衛騎士団に入ったのは、10のころだった。

その頃、第二王子は5歳であった。だが、城内で遊び相手がおらず、見習いたちも距離を置いていたらしい。それゆえに、常日頃よりぼんやりと、失礼、いろいろと無関心な兄が、第二王子にはたいそう魅力的に映ったようだ。

事実、それが発端となって、優秀な兄が第一王子ではなく第二王子との近衛騎士となった。いわく、第二王子が熱望したとか。

「お父さま、そのことですが・・ローズさまは一体なにものなのでしょうか? わたくしには、地方の小貴族のご息女との情報しか入っていなくて・・」

「うん、わたしも調べてみたが、同じだったよ。だが、かなり無理をして王立学園に娘を入学させたようだ。まさに、玉の輿狙いで」

「それだけならまだしも・・敵国の間者、といった可能性はないでしょうか」

「・・なぜそう思った?」

「あの方の言葉遣いが・・時おり、この国の言語とは異なる響きを含んでいます。それに、舞踏の際の足運びが、兄にそっくりで。あのような立ち居振る舞いは、学園の授業では習いませんわ」

「なるほど、それは調べる価値があるやもしれんが・・向こうの出方次第だな」

あら、悪い顔。

身内とは思えない悪人顔に、シンシアはこっそりとため息をついた。




そうして、3日後。

応接室に集められたのは、関係者5人だった。

事の発端である、第二王子とシンシア。

第二王子の側近であり、シンシアの兄であるアリアス。そしてそれぞれの父。つまり国王と、議長だ。

「単刀直入に申そう。三日前の舞踏会における突然の婚約破棄、あれは到底、見過ごせるものではない」

父の重厚な声にも、第二王子はふてくされた態度を崩さない。

やがて、国王が口を開いた。

「議長殿の仰る通りだ。王族の振る舞いとして、誠に不適切であった。父として、国王として、深く謝罪しよう」

そして、第二王子に視線を向ける。

「ノア、おまえの口からも事情を説明するのだ」

「・・事情って・・。・・ローズが、泣いてたから・・助けてやろうと思って」

ノアはアリアスに視線を送った。だが、アリアスはそれには応えなかった。もとより、応えるような性格ではない。たとえ、シンシアが同じことをしても、同じ反応だろう。

父が身を乗り出す。

「シンシアがローズ殿に危害を加えた証拠があると?」

「そ、それは・・」

「いえ、父上。捏造と言われればそれまでですが、ローズさまは確かに、シンシアにやられたと言い、破れたドレスの裾や、泥だらけのリボンをノアさまにお見せしておりました」

「だが、それをシンシアがやった証拠はない、と」

「・・はい」

「もちろん、シンシアはやっていない。そうだな?」

「はい、誓います」

「ローズ殿が誰に危害を加えられたのか、その件については、学園に調査を命じよう」

そして、父は告げた。

「結果次第では、アリアスを騎士団から退かせる」

ノアが目を丸くした。国王も唸る。

「そ、それは・・」

「王家は信用できない。このままではシンシアのみならず、アリアスも不当な扱いをされる恐れがある。そんな場所には預けておけない」

「っ・・待ってください! アリアスは、おれの、おれの近衛騎士で、だから・・」

おや? とシンシアは思った。

ノアがうろたえている。珍しいことだった。

「い、嫌です」

「・・はあ・・。子供じゃあるまいし。好きだ嫌だで人が動くとでも?」

父の言葉に、ノアは肩を縮こまらせた。

これは・・なにか、ある。シンシアの勘が告げる。それも、ただの勘ではない。乙女の勘だ。

「お父さま。お兄さまも、次期騎士団長が内定している身。他国に行くにしても、同じような立場を得るのは難しいことですわ。お兄さまの意見を聞きませんか?」

「では、アリアス。おまえはどう思う」

全員に見られても、アリアスは眉ひとつ動かさなかった。

「・・ご命令とあれば、ご随意に。ただ、ローズ様の件がはっきりするまでは、動くべきではないと考えます」

そのときシンシアは、ノアを横目で見ていた。

明らかに落胆した、ノアの姿を。

これは、やはり。



会議が終わる間際、シンシアはノアにふたりきりで話したいと申し出た。父は渋い顔をしたが、むしろ怯えているように見えたのは、ノアのほうだ。

「あの、ノアさま。不躾を承知でお聞きします。もしかして、兄のことが好きなのでしょうか?」

「っ!!?」

ノアが真っ赤になった。好きなのかどうか問うた、たったそれだけで。

あら、まあ。なんとわかりやすい。シンシアは初めて、この王子が好ましく見えた。

「す、す、す、好きって!」

「兄を騎士団から退かせると言ったとき、たいそう残念そうな顔をしていましたし」

「そ、それはっ・・アリアスは強いからな! それに、おれの言うことなら、なんだって聞くし!」

「あらあら。ではなぜあの時、落胆したのですか?」

「は・・?」

「兄が、明確に拒絶しないから、落胆したのではありませんか?」

「そ、そんなことはっ・・」

だが、やがてノアはうなだれると、つぶやいた。

「そんなこと、あいつが言うわけない」

シンシアはたまらず、にやけそうになるのを必死で堪えた。

これは、なんて面白いのだろう!

傍若無人、王族だからと言ってわがまま放題の第二王子が、まさか護衛の騎士に惚れているだなんて!

シンシアはべつに、ノアのことが好きではなかった。だが、嫌いでもなかった。

「では、言わせてみせましょう」

「え?」

「協力します。兄を、ノアさまに惚れさせるのです」

「・・は、はあ!? 何言って、」

「大船に乗ったつもりでお任せください! 兄を攻略するのであれば、わたくしの手を取らない理由はありませんよ」

とはいえ、シンシアだって、アリアスの攻略方法はわからない。わからないこそ、俄然、興味がある。

「い、いらねえよ、そんなの!」

「あら。では、父には、兄を騎士団から離すように進言いたしますが。よろしいですか?」

「ぐうっ・・卑怯な・・!」

「ノアさまに卑怯などと言われるなんて・・心外です」

シンシアはにこりと笑うと、ノアに詰め寄った。

「さあ、いかがですか、ノアさま。わたくしたちが仲睦まじくしていることで、婚約破棄の衝撃も薄れるでしょう」

「・・・」

「兄のことが、好きですね?」

すると、ノアは顔を真っ赤にして叫んだ。

「・・・好きだよ、大好きだよ!」


交渉成立!









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