選ばれる絆

@ryu_ryu_ryu

プロローグ:「選択の時代」

東京上空から見下ろすマグネティック・エアタクシーの窓から、青山達也は変わりゆく都市の風景を静かに眺めていた。2035年の春、桜の花びらが舞う季節に、日本の首都は新旧入り混じるモザイク模様を空から映し出していた。


旧来の住宅街が碁盤目状に広がる中、円形の選育コミュニティが生体細胞のように点在している。それぞれの選育コミュニティは、中央に六角形の選育センターを持ち、周囲を取り囲むように放射状に居住エリアが配置されていた。緑豊かな共有スペースと最先端技術が融合した未来的な景観は、従来の家族観と新たな社会システムの共存を象徴するかのようだった。


「青山理事、間もなく第七選育センターに到着します」


AIナビゲーターの柔らかな声に、青山は思考から引き戻された。彼は自らの反射がガラスに映るのを一瞬見つめた。36歳、常に計算された微笑みを浮かべる端正な顔立ち、今日は特別な日のために選んだ深いネイビーのスーツに身を包んでいる。右手首には最新型のバイオモニタリングデバイスが光っていた。


「了解した」彼は短く応じ、タブレットの資料に視線を戻した。


東京第七選育センターのデータが画面に浮かび上がる。日本全国に広がる324の選育センターの中でも、ここは特別な存在だった。選択的養育システム(CBNS)の最初のパイロット施設として、今や10年の歴史を持つ。青山自身がシステム設計の中心人物として関わったこの場所は、彼にとって誇りであると同時に、新たな野望の出発点でもあった。


エアタクシーが選育センターの屋上ヘリポートにゆっくりと着陸する中、今日行われる特別な「選択セレモニー」への期待が彼の胸を満たした。


---


選育センターの中央ホールは、厳かな雰囲気に包まれていた。


高い天井から降り注ぐ自然光が、床の水盤に反射して柔らかな波紋を壁に映し出している。空間全体が落ち着いた木の香りと、かすかなラベンダーの香りで満たされていた。壁一面を覆う生きた植物の緑が、ハイテク機器の無機質な存在感を和らげている。


ホールには三十組ほどの選育師と子どもたちのペア、そして一部の生物学的親たちが集まっていた。全員が同心円状に配置された座席に着き、中央の「選択円環」と呼ばれる神聖な空間を囲んでいる。


青山は議長席から静かに全体を見渡した。選育師たちは緊張した面持ちで、多くは30代から40代の男女が占めている。彼らの胸元には「選育メダリオン」と呼ばれる六角形の認証デバイスが光っていた。子どもたちは3歳から12歳ほどまで様々で、中には好奇心に満ちた目で周囲を見回す子もいれば、緊張で体を小さく縮ませている子もいる。


青山はマイクに向かって静かに語り始めた。


「本日の『絆確定セレモニー』に参加される皆さま、ようこそお越しくださいました」


彼の声は穏やかでありながら、どこか磁性を帯びていた。


「2025年、深刻な少子高齢化と増加する児童虐待問題に直面した私たちの国は、子育て革命法案を可決しました。『子どもを育てるのは親ではない、社会である』という理念のもと、選択的養育システム—Choice-Based Nurturing System—が誕生しました」


彼はゆっくりと聴衆の顔を見渡した。


「当初は懐疑的な声も多くありました。しかし今日、日本の子どもたちの約70%がこのシステムによる養育を受け、児童虐待率は導入前の15分の1まで減少しました。教育成果指標は全てのカテゴリーで向上し、子どもたちの情緒的安定度は過去最高レベルを記録しています」


静かな拍手が空間に響いた。


「しかし最も重要なのは、この部屋にいる皆さんが体現している『選ばれる絆』です。血縁という偶然ではなく、相互の共鳴と選択によって形成される、新たな家族の形です」


青山の視線が、ホールの端にいる一人の新人選育師に注がれた。肩にかかる黒髪の若い女性は、緊張した面持ちで式典を見守っていた。織田真琴、28歳。彼女の存在は青山の計画において、特別な意味を持っていた。


「今日は15組の選育師と子どもたちが、3ヶ月の適応調整期間を経て、正式な『選択確定』の儀式を迎えます。これは法的にも、心理的にも重要な節目です。選ぶことと選ばれること—その双方向の絆を、今日私たちは祝福します」


彼は軽く頭を下げ、中央の円環を示した。


「それでは、第一組の選択ペアをお呼びします。川田選育師と美咲さん、前へどうぞ」


三十代後半の男性選育師と、あどけない顔立ちの女の子が立ち上がり、円環へと歩み寄った。二人は向かい合って立ち、センター床に埋め込まれたセンサーが青く光り始めた。


「お二人の『共鳴指数』は開始時の64.3から現在の89.7へと上昇しました。これは非常に安定した結びつきを示しています」青山が続けた。「美咲さん、あなたは選択権を行使する資格があります。川田選育師をあなたの『選択親』として確定することを望みますか?」


小さな女の子は一瞬だけ緊張した表情を見せたが、すぐに明るい笑顔になった。


「はい、望みます」彼女の声は小さいながらも、確かな意志を感じさせるものだった。


二人の周囲に浮かび上がった青い光の輪が、ゆっくりと黄金色に変わっていく。参列者から温かい拍手が起こった。


青山は満足げに頷きながら、次々と選択ペアを呼び上げた。選択確定の儀式が進む中、真琴は自分のスマートウォッチを時折見つめていた。彼女はまだ誰も選んでいなかった—そして選ばれてもいなかった。次の適性マッチング会は来週に迫っていた。


式典の終わりに、青山は改めて参加者全員に向き合った。


「今日の選択確定は終わりではなく、始まりです。明日からも、あなた方は毎日『選ぶ』という行為を繰り返すでしょう。それこそが、私たちの目指す未来への道です」


彼の言葉には、明るい未来への確信と同時に、何か別の感情が混ざっていた。それは傍目には見えない、静かな決意のようなものだった。


「そして最後に、選択の本質についての問いかけを一つ。」彼は声のトーンを変えた。「私たちは選ぶと思っています。しかし本当に選んでいるのは誰なのでしょうか?」


その言葉はホールの空気を一瞬凍らせた。真琴は無意識に自分の首元にあるペンダントを握りしめていた。それは彼女を10年間育ててくれた選育師から贈られたものだった。


青山の微笑みが戻った。「本日はご参加ありがとうございました。次回のセレモニーで、新たな絆の誕生を共に祝福できることを楽しみにしています」


参列者が退場し始める中、真琴は思わず窓の外に目をやった。遠くに見える従来型の住宅街と、自分がいる選育コミュニティの境界線が、夕陽に照らされてくっきりと浮かび上がっていた。二つの世界、二つの価値観—そしてその間で揺れる彼女自身。


そして誰もが知らなかった—選ばれるということの本当の意味を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る