ふたつめの扉をくぐるために

未練

「気分の良いことではないね」


 迷子がいた場所を長々と見つめながら、カギモリは呟いた。

 シンはそんなカギモリを見つめる。


 初めてのことではないのだろう。対処は手馴れていた。

 しかし、そのたびにきっと、カギモリはこんな顔をしていたに違いない。


 無表情に近い、それでいて少し泣きそうな顔。


「今ので、迷子の存在が消えた? のか?」


 シンはそっと声をかけた。

 カギモリは右手に握る弓を見つめ、前髪を払う。


「消えた。けどね、消えた後どうなるのか、じつは僕も分かってないんだ」


 弓の輪郭がぼんやりと揺らぐ。

 この弓もまた、消えるようだ。


「迷子には矢を放てと、教えられた。この矢が迷子を救う唯一の手段だと。

 僕はそれを信じているだけ」


 名残惜しそうに、迷子のいた方角をまた一瞥する。


「僕は本当に、苦しみから逃がしてあげているのか。はなはだ疑問だけど、確認するすべもない」


 気付けば弓はカギモリの手から完全に消えていた。




「さて、本題に戻ろうか」

「え?」


 突然声を掛けられ、シンは目を丸くする。


「本題?」

「君が早く二の扉をくぐってくれない件について」

「ラノベみたいなタイトル付けないでくれよ」


 カギモリは分からなかったようで、首を傾げられてしまった。

 頭を掻きながら、シンは唸る。


「いや……けどさ、おれ、妹を残して死ねないよ」

「もう死んでるんだってば」


 真実ではあるがあまりに冷たい。

 じとっとした目つきで睨むと、カギモリはため息をついた。


「扉は一方通行だよ、戻ることはできない。まあ、気持ちくらいなら送れないこともないけど」

「そうなのか!?」


 シンはぐっと食いついた。


「それって、夢に出るとか、ペットが妙に反応するとか、そういうやつ!?」

現世うつしよでどう捉えられているかは、知らない」


 想像よりシンが食いついたのだろう、カギモリは少し驚きながら答える。


「インスタで流れてくることあるよ。耳鳴りがするとか、匂いがするとか、そういうの」

「いんすた」


 カギモリが口を挟まないうちにシンは続ける。


「一の扉に向かって話しかけるとか、そういう感じ? どうやったらできるの?」

「ちょっと落ち着いてほしい。君が想像していることと一致しているかは分からないし、危険性が全くないわけじゃないんだ」


 カギモリはその場に腰を下ろし、シンにも座るよう促した。

 落ち着いて話したいのだろう。


「方法を伝える前に、まず危険性を伝えたい。

 君があまりに現世うつしよに執着するのは、そもそも良くない。怨霊と言われる状態になりうるし、逆に君の妹を一の扉に引き寄せてしまう可能性もある」

「香織が引き寄せられる……?」

「家族による道連れは、起こりやすい。生きる気力を失って衰弱死することもあれば、絶望に浸り自ら命を絶つこともある。君の影がちらつくことで、それを誘引するかもしれない」


 既に両親を亡くしている香織が、兄も亡くし、悲しみのあまりそのあとを追う。

 想像できてしまい、ぞっとした。

 そんなの絶対に嫌だ。


「その危険性を認識した上で、それでも試したいなら、一度だけ協力しよう。うまくいかなくてもやり直しはしない。君が妹に気持ちを送ったら、即座に二の扉をくぐる。それが条件だ」


 カギモリは真剣な顔で人差し指を立てる。


「それから提案としてはもう一つある。妹が来るまで、ここでカギモリをしながら待つ」

「おれが、カギモリをするって?」


 予想外の提案に、またもや目が丸くなった。


「君が今ここにいるのは、君の未練が強大だからかもしれないけど、君を引き留める気持ちが現世うつしよから強く流れてきているからかもしれない。もしくはその両方」


 鍵束を無造作に撫でながら、カギモリは続ける。


「いつか妹が一の扉をくぐったとき、引き寄せあって会えるかもしれない」

「また、会える……」

「けど、これも危険性を孕む」


 カギモリは眉間にしわを寄せた。


「会えない可能性だって、もちろんあるんだ。……メグムはおそらく、それでここに囚われてしまった」

「メグム?」

「いや、こっちの話」


 カギモリは曖昧に首を振った。


「いずれにしても、完全でもなければ安全でもない。一番のおすすめは変わらない。さっさと二の扉をくぐることだ」

「カギモリは」


 シンは迷いながらもはっきりと声を上げた。


「カギモリは……なんで、ここにいるの」


 カギモリは僅かに柔らかく笑う。


「ぼくは……そうだね。現世うつしよが、穏やかではなかったから」


“けどまあ、あいつ現世うつしよで親に殺されてるからなあ”


 ユミの話が、脳内に蘇る。


「穏やかに過ごしたいんだ。二の扉の先が穏やかか分からないから、少し休ませてもらっているんだよ」 


 そういわれ、シンにはそれ以上質問を重ねることができなかった。


「さあ。どうする?」

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