【カドカワBOOKS長編コンテスト優秀賞受賞】経験値取得ゼロのペナルティを背負った僕は、導きの妖精と共に王たる道を歩む 〜ジャイアントキリング〜

三枝零一

第一節 大阪ダンジョン編

第一階層攻略

第1話 第一階層①

 小学校の三年生になった年の六月に、大阪駅の地下で世界で最初のダンジョンが生まれた。


 夏休みが終わる頃に、どうやらそれが平行宇宙からの侵略兵器らしいという話になった。


『──わかるかオメーら。ダンジョンってのはさ、要するに超空間ゲートなのよ。この宇宙と別な宇宙をつなぐトンネル。「敵」はそこを通して、モンスターをがんがんこっちの世界に送り込んでるワケ』


 オカルト系の動画配信者が語るそんな与太話が本当らしいということがわかって、自衛隊の一番優秀な部隊がダンジョンに突入して全滅して、三日後に最初の「海嘯」が──つまり、ダンジョンの中で増えすぎたモンスターが外に溢れる大暴走が起こった。


 ニュース映像の向こうでビル群を薙ぎ倒していくドラゴンだのデーモンだのの大軍はまるで現実感がなくて、前に見た映画みたいだなと思った。


 綺麗な駅舎も有名な大型家電量販店も道路も線路も何もかもが瓦礫の山に姿を変えて、そこは後に「大阪爆心地」と呼ばれるようになった。

 米軍と自衛隊の共同作戦が失敗して、近畿全域に避難命令が出されて、母さんと僕は泣きながら父さんの遺影をスーツケースに押し込んだ。


 日本の総理大臣とアメリカの大統領が真剣な顔で核兵器の使用について話し合って、空母と原子力潜水艦の大艦隊が太平洋を横断し始めた頃に、一人の動画配信者が世界中に呼びかけた。

 伝説のゲーマー「太刀原雅也たちはらまさや」。

 彼は、大阪ダンジョンを攻略するための仲間を探していた。


『これは仕掛けられたゲームなんだろ? なら、ゲームらしく、正面から正攻法でクリアしてやろうじゃないか』


 男の呼びかけに応えて集まった八人は最初の探索者エクスプローラーパーティーとなり、後に「歩く者ウォーカー」と呼ばれた。

 八人の歩く者ウォーカーは地球と全く異なる物理法則と、「スキル」や「クラス」といった独自のシステムに支配されたダンジョンを踏破し、最深部のボスを倒して超空間ゲートを封鎖することに成功した。


 翌日、ニューヨークの地下で、世界で二つ目のダンジョンが生まれた。

 歩く者ウォーカーの指導を受けたアメリカ海兵隊の精鋭がダンジョンを踏破した次の日に、ロンドンと上海で三つ目と四つ目のダンジョンが生まれた。

 人類がクリアすればするほど倍々ゲームでダンジョンは増えて、千個目が生まれる頃には誰もがこれは終わらないのだと悟っていた。


 世界中の国々が嫌々ながら協力し合って、ダンジョン対策のための国際機関が設立されて、法律が整備された。

 探索者エクスプローラーがダンジョンから持ち帰るモンスターの体組織や未知の鉱物にとんでもない高値がついて、一攫千金を狙った連中がダンジョンに押し寄せて、とんでもない数の死人が出た。

 生き残った何人かはヒーローになって、彼らのダンジョン攻略配信は一大コンテンツになった。


 探索者エクスプローラーを育成するための学校が出来て、母さんの反対を押し切った僕がその学校に入学して、いよいよ卒業試験を迎える今日も、戦いはまだ続いている。


 今の地球は二つのエリアに分けられているのだと、どこかの評論家が言っていた。ダンジョンの中と外。戦場と日常。探索者エクスプローラーは花形の職業になった。今日も多くの誰かが地下のモンスターとの戦いに身を投じて、誰かが死んで、誰かが富と名声を得る。

 

 たぶん、永遠に終わらない。

 西暦二〇四〇年の今、世界は今日もダンジョンを中心に回り続けている。

 

       *


「学籍番号114514、相馬隼人そうまはやと。『探索者エクスプローラー』資格試験の開始を宣言し、Eレベルダンジョン『大阪』B-127進入路を開放します」


 ごうごうという物々しい機械の駆動音が、貨物輸送用の広いエレベーターに響いた。

 壁に埋め込まれたパネルの中で仰々しく宣言するAIのオペレーターに、僕は「どうも」と何となく手を振った。


 ファンタジー風のひらひらした服に身を包んだオペレーターはやたらと露出度が高くて胸の大きな女の子だが、誰の趣味だろう。まあ、悪い気はしない。せっかく見送ってもらうなら、可愛いに越したことはない。


「あなたの今回のミッションは第一層を踏破し、100グラム以上のマテリアルを持ち帰ることです。作戦許容時間は六時間。クリア報酬はブロンズの認定証ライセンス──」


 オペレーターの声を適当に聞き流し、右手の人差し指で目の前の空間を適当になぞる。小さな高い音が一度だけあって、光で編まれた半透明のステータス画面が空中に出現する。


「ほんとに教科書通りだ……」


 パラメータだのスキルだのクラスだの、つまりはダンジョン攻略に必要な情報がまとめられたコンパクトな画面を色々な角度から眺めてみる。

 ステータス画面が開けるということは、ここはもうダンジョンの中だということ。

 外での常識は、ここから先の世界では何一つ役に立たない。

 

 ……まずは、装備の確認……


 学校でさんざん繰り返した実技演習の通りに、身につけた装備をステータス画面と照らし合わせて確認する。と言っても、卒業試験の受験者に支給される装備なんて限られている。


 防具はたった一つ。「標準A型ローブ」と呼ばれる革製の白いフード付きの外套だけ。

 端のところに「国際探索者協会」の刻印が刻まれたこの外套は、ダンジョン内では物理はもちろん炎や氷、毒なんかも弾く無敵の鎧として機能してくれる、らしい。

 腰のポーチには治癒のポーションが二つ。どんな怪我もたちどころに完治させる優れものという話だが、これも本物を手にするのは今日が初めてだ。

 学校での演習は全て「ダンジョンの内部を忠実に再現したVR」を使って行われたから、実際の戦いがどんな風で、装備がどんな風に機能するのか、本当のところは試してみないとわからない。


 それでも、訓練だけは三年間、毎日いやというほど積んだ。

 壁に立てかけた細い金属の棒──デバイスを手に取り、横薙ぎに軽く振ってみる。


 竹刀ほどの長さの棒の先端に埋め込まれた手のひらサイズの「マテリアル」が薄暗いエレベーターの内部に虹色の光の軌跡を残す。

 マテリアルはダンジョンの内部でのみ発見される物質でありエネルギーであり独立した一つの物理法則であり──つまりは「人間の意志に反応して稼動する第二種永久機関」。

 角度によって様々な色彩を放つこの結晶体を人類最初の探索者エクスプローラーパーティー「歩く者ウォーカー」が発見したことで、人類はモンスターに抗い、ダンジョンを攻略する術を得た。


「とりあえず動く、かな」


 稼働状態のデバイスを手にするのも実は今日が初めて。マテリアルを埋め込まれたこの金属棒はこれでも人類の叡智の精髄であり、探索者の剣であり盾であり銃であり、そして何より「魔法」と「スキル」の発動体だ。


「スキルは……うわ、ほんとにこれだけか……」


 スキル選択画面を表示してため息。基礎の「斬撃スラッシュ」と「弾きパリィ」が一つずつ。もちろん、魔法はまだ一つも持っていない。

 当たり前の話だが、スキルも魔法もダンジョンの中で戦って経験値を稼がなければ習得できない。

 なので、今日初めてダンジョンに潜る僕が、上位のスキルや一点物の「固有ユニークスキル」を習得しているはずがない。


 レベルは最低の「1」。クラスは「修行者ノービス」。何の特徴もない最弱のクラスだが、最初のクラスチェンジを行うには少なくともレベルを5まで上げる必要があるからまあこれは仕方ない。

 パラメータはある程度融通が効くから、初心者らしく生命力と防御力に多めに割り振ってみる。

 ダンジョンの中では個人が外の世界で持っている体力や反射神経は無視される。

 どれだけ鍛えていても、ここではレベル1の探索者はレベル1の探索者。

 そのせいで、ダンジョン攻略が始まったばかりの頃には、スポーツ選手や格闘家なんかの死者が続出したらしい。


「第一階層に到着。ゲートを開放します」


 壁のパネルからオペレーターの女の子の声。エレベーターが鈍い音と共に停止し、扉がゆっくりと左右に開いていく。

 かびと埃が混ざった湿っぽい空気が流れ込む。

 VRのシミュレーションとは違う、本物のダンジョンの匂い。

 よし、と気合いを一つ。手の中のデバイスをくるりと回す。


 危ないことはやめてちょうだい、というのが母さんと交わした最後の言葉だ。ダンジョンになんか関わらないで普通に生きてと、海嘯に呑まれた人を助けようとして死んだ父さんみたいにならないでと。

 ダンジョンの外の日常の世界で、いつ溢れ出てくるかも知れないモンスターのことは気にしないで。毎日会社に通って休みの日はごろごろして、配信サイトの向こうにしかいない探索者エクスプローラーの活躍にハラハラドキドキして。

 くだらない。

 そんな連中は、死んでるのと同じだ。

 

 父さんはダンジョンに負けた。母さんはダンジョンから逃げた。僕はどっちにもならない。世界からダンジョンが無くならないなら、僕はダンジョンを利用して成り上がる。

 

 探索者エクスプローラーとして名を上げる。配信で大金を稼ぐ。貴重な素材を持ち帰る。前途は洋々。これは、記念すべき最初の一歩だ。


「学籍番号114514、相馬隼人そうまはやと。──どうか、無事の帰還を」


 仰々しく告げるオペレーターの声。

 僕はひらひらと手を振り、軽い足取りでエレベーターの扉を潜り、


 ──衝撃。

 馬鹿でかい何かに殴りつけられた体が、文字通り真横に吹っ飛んだ。

 

 

 

 

 


 

 

 



 


 



 

 

 

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