第三部 第5章 裏切りと再起への布石
数日後の朝――不穏な空気が王都の市場に漂っていた。リューシャから告げられた暴動計画の日が訪れたのだ。
マコトたちは市場の様子を警戒しながら見守っていた。取引所付近では、人だかりがざわめき始めている。「聞いたか、新しい信用取引とやらで損した連中が怒っているらしい」「先物取引で大損こいた農民が暴れてるぞ!」次々と煽るような声が飛び交った。
見ると、市場の一角で数人の男たちが「信用取引のせいで破産した!責任取れ!」と叫び、商品を叩き壊している。別の場所では「先物取引なんて詐欺だ!」とプラカードを掲げた者たちが行進していた。明らかに組織立っている。
マコトは歯噛みした。「始まったか…ギルドめ」彼はすぐさま準備していた動きを開始した。「エリナ、例の記録を!」エリナは頷き、小脇に抱えていた帳簿を掲げる。そして暴れている男たちの前に立ち、大声で訴えかけた。
「待ってください!皆さん、本当に信用取引や先物取引のせいで損をしたのですか?」凛とした彼女の声に、一瞬人々の動きが止まる。
「何だお前は…」暴れていた男の一人が戸惑う。その隙にエリナは続ける。「私は全ての取引記録を把握しています。あなた方の名前も調べましたが、誰一人、私たちの信用取引や先物契約には参加していない!」彼女が持つ帳簿には、参加者リストと取引結果が克明に記されていた。
エリナの驚異的記憶力で作られた完全な台帳だ。
群衆の中でざわめきが起こる。「なんだって?参加してない…?」「じゃあ彼らは嘘を?」エリナは怯むことなくさらに糾弾した。
「あなた方は商人ギルドに雇われた扇動者ですね?本当に被害を受けた人なら、まず私たちに相談に来たはず。王宮にも訴えただろう。でも、私たちはそんな申し出一件も受けていない!」図星を指された男たちは明らかに動揺し、口ごもった。「くっ…知るか!とにかくこんな取引が広まったら皆不幸になるんだ!」無理矢理に叫ぶが、もはや説得力はない。
人々も次第に真相に気付き始めた。「ギルドが仕組んだのか…?」「新しい取引を潰すための茶番劇だったんだな!」怒りの矛先はギルドへと向かいつつあった。すると突然、人混みの後方で乾いた音が響いた。パンッ!――空砲のような音。誰かが何かを鳴らしたのか、一瞬にして悲鳴が上がり市場は大混乱となった。「きゃああ!」人々が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。その波に押され、エリナが転倒した。
「エリナ!」マコトは必死で駆け寄った。しかし群衆にもみくちゃにされ、なかなか彼女に辿り着けない。市場には怒号と悲鳴が渦巻き、大混乱になっていた。ギルドは暴動の演出が失敗し人々に真相が露見しかけたため、強行手段に出たのだ。混乱そのものを引き起こし、何が原因か有耶無耶にしてしまおうという腹だろう。
マコトは必死に人波をかき分け、ようやく転んだエリナの元にたどり着いた。エリナは足首をひねったのか、顔を苦痛にゆがめている。
「大丈夫か、エリナ!」マコトが肩を支えると、彼女は悔しさに震える声で「マコトさん…私、うまくやれましたか…?」と聞いた。
マコトは力強く頷く。「ああ、君のおかげで人々は真実に気付き始めた。後は俺に任せて」エリナは安心したように目を閉じた。
マコトはエリナを安全な場所まで抱きかかえて運び、ベルナールたちに託した。「彼女を頼む!」ベルナールが「任せろ!」と頷く。
マコトは混乱する市場に戻り、高台に飛び乗って大声で叫んだ。「皆さん、落ち着いて聞いてください!」しかし人々の動揺は激しく、なかなか収まらない。その時だった――。
「静まれぇーっ!!」突如、市場に轟く大音声。見ると、王宮の衛兵隊が多数駆けつけ、隊長が声を張り上げていた。
衛兵たちが素早く動き、暴れていた扇動者たちを次々取り押さえていく。どうやらリューシャの情報を受け、マコトたちが予め王宮にも密かに通報していたのが奏功したらしい。衛兵隊の素早い介入で、暴動は本格化する前に鎮圧された。
市場には静けさが戻り、人々の視線がマコトに集まる。マコトは改めて高台から語り始めた。「皆さん、先程の騒ぎで混乱させてしまい申し訳ありません。ですが知ってください。今の騒ぎは私たちが始めた新しい取引を悪と見なす者たちによって仕組まれたものでした!」
ざわめく群衆。マコトは続ける。「私はこの王都に来て、皆がもっと公平に豊かになれる仕組みを作りたいと思い行動してきました。それが一部の既得権を持つ人々には脅威だったのです。しかし、彼らの妨害に屈せず、私は皆さんと共に経済を良くしていきたい!」熱を帯びた演説に、人々の目には次第に涙すら浮かんだ。
やがて一人の農民が叫んだ。「マコトさん、あんたを信じるぜ!先物のおかげでわしら救われたんだ!」続いて若い商人も拳を突き上げる。
「信用取引でチャンスを掴めた俺たちもいる!ギルドなんかに負けるな!」次々に声援が巻き起こり、マコトの周囲に大きな拍手の輪が広がった。
マコトは胸に込み上げるものを感じながら深々と頭を下げた。
しかし――その群衆の輪の外れで、不穏な気配が渦巻いていた。ギルドの黒服の男たちが集まり、何やら相談している。
そして一人、ニヤリと嗤った男がマコトを指差した。「やりやがったな、あの小僧…だが、このままじゃ済まさんぞ」彼らは一斉に散開し、市場を後にした。嫌な予感を覚えつつも、マコトは今は人々の信頼を得られたことに安堵していた。
その日の夕刻、マコトたちは商館に集まっていた。エリナは足を包帯で巻かれているが、幸い軽傷だった。
「皆さん、本当にお疲れ様でした」ベルナールがお茶を差し出しながら労う。「大事に至らず何よりだ」ジュードも笑顔で頷いた。しかしマコトは一人浮かない表情で机に向かっている。「マコトさん…?」エリナが不思議そうに呼びかける。「何を考えているんですか?」
マコトは帳簿と睨めっこしながら答えた。「いや…先程の一件で、ギルドが次に何をするか考えていてな」彼はリューシャからの密書を思い出していた。暴動計画は失敗に終わった。だが、ギルドが諦めるとは思えない。
むしろこれで彼らはますます追い詰められ、最後の手段に出るかもしれない…。
その時だった。不意に扉が激しく叩かれ、衛兵が駆け込んできた。「マコト殿、大変だ!」息を切らした衛兵に一同驚く。「どうしたのです?」ベルナールが尋ねると、衛兵は暗い表情で告げた。「先程、市場で捕らえた暴動の首謀者たちが牢から逃げ出しました。
そして…そして王宮の宝物庫から金塊が盗まれたのです!」一同は息を呑んだ。王宮の宝物庫…国家の財産が盗まれた?まさか…。
「犯人は奴らに間違いありません。現場にギルドの紋章が描かれていました」衛兵の言葉にマコトの目が吊り上がる。ギルドの紋章?「それって…ギルドがやったということか?」ジュードが混乱気味に言うと、衛兵は首を横に振る。「それが…“マコト様一味の犯行”との文が残されていたのです…」マコト一味――その瞬間、マコトたちの心臓が凍り付くのを感じた。
「馬鹿な…!」ベルナールが立ち上がる。「マコト君たちがそんなことするはずがない!」衛兵隊長は悔しそうに拳を握り、「私もそう信じたい。だがギルドからの訴えもあり、王宮は正式に捜査を始めるとのことだ。おそらくお尋ね者に指定される…」と告げた。
マコトは青ざめた。ギルドは自作自演で国家転覆のような大罪をでっち上げ、自分たちに濡れ衣を着せようとしているのだ。「そんな…卑劣すぎる」エリナが震える声で呟く。
衛兵隊長は密かにマコトの肩を掴み、小声で言った。「マコト殿、私はあなた方を信じている。しかし命令には逆らえない…急いで逃げなさい。おそらく明朝には逮捕状が出る」マコトは葛藤した。
このまま逃げれば完全に容疑を認めた形になってしまう。しかし捕まれば弁明の機会もなくギルドに陥れられるだろう。エリナが潤んだ瞳で見つめる。「マコトさん…」
「…わかりました」マコトは静かに頷いた。「隊長、恩に着ます」隊長は歯噛みしながら「すまない」と頭を下げ、部屋を後にした。
一瞬の静寂。だがすぐにベルナールが口を開く。「マコト君、私の馬車を使いなさい。城門までは私の護衛が引き受ける」ジュードも「僕も同行します!」と立ち上がる。しかしマコトは二人に首を振った。「ベルナールさん、これ以上巻き込めません。ジュード、君もだ。これは僕らの問題だ」ベルナールは悔しそうに「しかし…!」と食い下がったが、マコトは「お気持ちだけで十分です」と感謝の笑みを向けた。「あなた方がいてくれたからここまで戦えた。だけど最後は自分たちで蹴りをつけたい」
ベルナールは涙ぐみながらマコトの手を握った。「健闘を祈る…必ず戻ってきてくれ」ジュードも拳をマコトに突き出した。「絶対勝ってください!ギルドなんかに負けないで!」マコトは力強く拳をぶつけ返した。「ああ、約束する」
こうして深夜、マコトとエリナは人目を避けるように王都を出ることになった。
満天の星空の下、馬車に揺られながらエリナがぽつりと尋ねる。「このままじゃ…私たち、商人として終わりなのでしょうか」その声は震えていた。
信用も資産も地に堕ち、国からも追われる身。普通なら絶望してもおかしくない状況だ。
しかしマコトは前を見据え、静かに首を振った。「いいや、まだ終わりじゃない」彼は夜空を指差した。「見てごらん、エリナ。あの星を」エリナが涙を拭って見上げると、一番星がひときわ輝いている。「暗闇が深いほど、星明かりは鮮明に見えるものだ。僕たちが追い込まれた今だからこそ、次に進むべき道がはっきり見える気がするんだ」
エリナはマコトの横顔を見つめた。「次に進むべき…道?」マコトは優しく微笑んだ。「エリナ、君の記憶力と分析で編み出したデータ…あれは単なる記録じゃない。未来を切り拓く武器だ。僕は今回のことで痛感したよ。ギルドという巨大な相手に個人で対抗するには限界がある。でも…皆の力を一つに集めれば勝機はあるかもしれない」
「皆の力を…一つに?」エリナは不思議そうに首を傾げた。マコトは頷く。「そうだ。僕らが王都で始めた信用取引や先物取引で芽生えた信頼関係、それに今回助けてくれた人々…彼らとの繋がりを資本に変えるんだ」彼の目が力強い光を帯びる。「具体的には、新しい共同投資の仕組みを作る。小口の資金を皆から少しずつ募り、大きな投資を行う基金だよ。例えばETFのようなものかな」
ETFという聞き慣れない言葉にエリナは戸惑ったが、マコトの描く未来像に心が惹きつけられた。「小さな力でも集まれば大きな資本…」彼女はそこでハッとした。「それって、王都でお世話になったベルナールさんやジュードさんたち、農民の方々や若い商人さんたち、みんなの出資を募るということですか?」マコトは微笑んで頷いた。「その通り。ギルドに資金力で敵わないなら、こちらも大勢の資金を集めればいい。皆に利益を公平に配分する仕組みを作れば、きっと賛同してくれる」彼は拳を握りしめた。「次巻では…いや、次の戦いでは、この共同投資ファンドでギルドに挑むんだ!」
馬車の進む先、地平線の彼方には夜明けの兆しが見え始めていた。エリナは涙を拭い去り、力強く頷く。「はい…!私、やります。今度こそギルドなんかに負けません!」彼女の瞳には決意の光が宿っている。
抜群の記憶力で蓄えた市場知識とデータ、それに人々との信頼――すべてが次なる逆転の切り札となるだろう。
マコトも静かに微笑んだ。追われる身にはなったが、心は折れていない。むしろ覚悟はより一層強く燃えている。「行こう、エリナ。僕たちにはまだやるべきことがある」そう言ってマコトは手綱を握り直し、夜明けに向かって馬車を走らせた。
夜の闇が明ければ、新たな戦いの幕開けだ。今は亡き星空を背に、二人の商人は未来への一歩を踏み出した。次巻、ギルドとの最後の決戦に向け、反撃の狼煙が上がる――。
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