File 05 句読点ゼロのスプリント

十一月。空は透き通っていて、けれど風は肌に痛かった。


私立言祝学園の秋といえば――マラソン大会である。

生徒たちは郊外の公園を周回するコースを走り抜け、最後は学園グラウンドにゴールする。


その日、逢人と琴音は、ゴールゲート付近にいた。新聞部として大会の様子を取材するためだ。


けれど、何かが変だった。

次々にゴールしてくる生徒たちの顔に、困惑が浮かんでいる。

ぜえぜえと肩で息をしながら、彼らは一様にゲートの上を指さしていた。


そこには大きな横断幕が掲げられている。白い布に、赤い文字でこう書かれていた。


ガンバレイツモノチョウシデセイシュンヲカケヌケ


――句読点も、スペースも、改行も、ない。


「これ……なんて読むんだ?」


「がんばれ、いつもの調子で、青春を駆け抜けろ……?」


「いや、“ガンバレイツモノチョウシ”って、人の名前じゃないかって思って……」


逢人は、眉をしかめた。

走り終えたばかりの選手がこんなことで悩んでるなんて、ちょっとシャレにならない。


琴音はスマホを取り出し、《コトノハ》を起動する。


「《コトノハ》。この横断幕の文、意味の候補を出して」


「解析します。五通りの区切り候補を提示します。最も自然なものは——」


《コトノハ》の画面に、区切りを加えた文章が浮かび上がる。


【候補1】

がんばれ いつもの 調子で 青春を 駆け抜け


【候補2】

がんばれ!五つもの調子で青春を駆け抜け?


【候補3】

ガンバレイツモノチョウシ デ セイシュンヲカケヌケ

(謎の呪文のような表現)


逢人は苦笑した。


「ふざけてるのかと思ったけど……これ、真面目に混乱を生んでるぞ」


琴音があたりを見回す。


「でも、この横断幕、誰が作ったの? 学園公式じゃないわよね?」


後で調べてみると、体育委員の印刷機で見慣れないファイルが発見された。


「ouendan_message_v2」


逢人はふと、思い当たる顔を見つける。新聞部に体験入部していた一年の後輩――高城だった。


呼び出して事情を聞くと、高城は恐縮しながらこう言った。


「……すみません。句読点を入れようとしたんですけど、“読む人に解釈させる”のが面白いって思っちゃって……」


「でもさ、相手が“走ってる最中”に読み取るには、難しすぎるだろ?」


逢人の言葉に、高城はうつむく。


琴音がやさしく言葉を足した。


「読解ってね、遊びでもあるけど、“相手が理解できる”っていう前提がないと、ただの独りよがりになるの」


後日。訂正された横断幕は、正しい読点とスペースが加えられて掲げ直された。


がんばれ! いつもの調子で、青春を駆け抜け。


風に揺れる横断幕を見て、逢人は小さくつぶやいた。


「文章って、“どこで切るか”だけで、ほんとに変わるな」


「そう。だからこそ、伝わるように“切る”って、実はすごく優しいことなんだよ」


琴音が言ったその瞬間、フィニッシュラインを通過した選手が一人、息を吐きながら空を見上げた。


「……やっと意味、わかった。ありがとうって、書いてあったんだね」


[読解のひとこと:by《コトノハ》]

句読点は、単なるマークではありません。

あなたの言葉に“どこで息をすればいいか”を教えてくれる、読み手への優しさです。

文章が長くなりすぎたら、一度立ち止まってみましょう。

区切ることで、思いも言葉も、ちゃんと届くようになります。

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