第16話 スプリングの章―― 15 

 つい先ほどまで血に染まっていたはずの刑事二人の制服は、すでにきれいに修復されていた。

 同様に、悪夢に操られていた通行人たちも次々に意識を取り戻していた。場所の記憶が曖昧な者も多かったが、それぞれが混乱の中でも自分の意思で、静かに現場を後にしていった。

やがて、刑事二人の携帯端末が同時に鳴り響く。女性刑事がすぐに応答する。


「はい、岩岡です。……はい、分かりました。すぐに現場へ向かいます」

通話を終えた彼女は、田中刑事に向き直った。

「田中くん、近くで通報があったみたい。私たちもすぐに向かうわよ」

「了解しました」

そう言って、二人の刑事は静かに現場を後にした。


一方で、目を覚ました水柚は、視界に入った穂果の姿に安心したように言った。


「穂果ちゃん……さっきの怖い人たちは?」


キョロキョロと辺りを見回す水柚の顔には、まだ不安の色が残っていた。

穂果は一瞬だけ迷いを浮かべたが、すぐに少し固い微笑みを浮かべて、やや曖昧に答える。


「その人たちはね……たまたま通りかかった異能者が追い払ってくれたの。どこへ行ったのかは……分からないけど」


医療スタッフたちが現場に現れ、あちこちで負傷者の処置を行う様子を見て、水柚はようやく表情を和らげた。


「そっか……穂果ちゃん、怪我はしてない?」

「ううん、私は平気だよ」


穂果はゆっくりと首を横に振り、安心させるように優しく微笑んだ。


現場にいた者たちのうち、穂果以外の人々の記憶には、空高く飛び去っていく蝶型のマシンの残像だけがかすかに残っていた。

ナイツスプリングや、あの二人の念者たちが現場で戦った記憶は、すでにぼんやりと霞み、ほとんど思い出すことができなかった。

その後、医療スタッフが穂果たち三人に声をかけ、軽傷を負っていた水柚とアリスは現場で簡単な治療を受けた。


その様子を、遠くの建物の陰からサングラスをかけた天川一音がじっと見つめていた。穂果の覚醒、そしてマルスとカルスとの戦い。すべて、彼女は目撃していた。


「……まさか、彼女が念者エスパーになったとはね」



 ネオ東京から千キロ以上も離れた屋久島。島の奥深くにある神社、楠川天満宮の敷地内。その玉砂利の上にマルスとカルスの姿があった。転送された直後の彼らは、自分たちの現在地を確認しながら歩き、境内の看板を見つけてマルスが目を見開いた。


「俺たち、離島に飛ばされたのか……!?これは……一体誰の仕業だ……?」


転送されたと気づいた瞬間、マルスの目つきが鋭くなり、低く唸るように呟いた。


「……あの男しか、考えられない……」


カルスがそう応えると、マルスは真っ赤に充血した目で叫びを上げた。


「おのれ……!!銀蝶の亡霊……またしても邪魔をしやがったな!!!!」

夜の帳が静かに降りた島。


近くの海から聞こえる潮騒だけが、まるで二人の怒声に呼応するかのように、低く、そして力強く響き渡っていた。

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