第11話 スプリングの章―― 10

 穂果ほのかたち三人がイベント会場に近づくと、そこらには自作の自然さで立てられた自作ステージがあちこちに展開され、音楽や歌がどこからとなく聞こえてきた。人びとは各自の興味に応じて、それぞれのステージに立ち止まっている。


「賑やかね」

「軽音部の人たちには知らない人はいないわ。毎秋新東京ネオとうきょうで開かれる最大イベントなんだから、わざわざ外州から来る人もいるみたいね」


 一人でエレキギターを弾きながら歌うパフォーマー。知名度は高くないが歌も技術もしっかりしている。ギターケースには個人の活動記録やチャンネルアカウントスキャンコードが表示されていた。


 他方には同じトーンの服を着たイケメンの男性四人組のバンドが熱唱を続けていた。知名度もそこそこあるようで、他のファンたちが毎度次の曲に残さずアンコールの叫びをあげる。


 ドレッドヘアの黒人ドラマーがビートを打ち、金髪で確かな青目の美人女性がキーボードを弾きながら高い声で歌う。バッジの付いたハットの男がベースを弾き、音楽に広がりを与える。その他にも、茶髪の高校女子の姉妹たちがギターを弾き、五人は人気曲を即興に演奏していた。


 音楽にうとい穂果でも、プレイヤーたちの歌に動きのひとひとの心を感じ、自然と笑顔を漂べた。


「みんな、本心から音楽を楽しんでるんだね。ほんと、これぞれ違う花だけど、それでも光りの花園のように優しく開いてるみたい」


 その時、メイン通路で一番前を歩いていたアリスが、上下を見渡しながら周囲を気にしてわずかに呆れた。


「そういえば、一音ちゃんって、一体どこにいるんだろうね?」

 それを聞いた水柚みゆが、はっと目を見開いた。

「えっ、一音ちゃんと約束してないの?」

「メッセージも電通もないけど、あの子ならよくあることよね」

「ええ~!約束してないなんて!こんな人気のイベで人探しなんて、絶望的無理ゲーじゃない?そもそも今日来るかもわからないのよ?」

「一週間も続くイベントなんだから、一音ちゃんなら毎日来てるはずよ。とりあえずメインステージ行ってみようよ」


 メインステージに着くと、そこは六角形の広場に階段式の座席が設けられており、石造りの段差に2000席、さらに外側の芝生を含めれば4000人を収容できる半露天の構造だった。外側から伸びる12本の柱と鋼鉄のドーム型フレーム、6辺に収納された布、中央のガラスキャノピーが、天候に応じて展開する仕組みのようだ。


「すごい人混み……」

「ここでは演奏チームが順番に登場して、終了時間まで続くの。プロのバンドやアーティストも出るから、そりゃ混むわよね」

「でも……一音、どこにもいないような……」


 アリスがそう呟いたその時、ステージ上で次のバンドが登場。ドラムの連打とともに、ハイテンションなロックが始まり、爆発的な女声ボーカルが響き渡った。


「えっ!? この声は……」


 聞き覚えのある声に、水柚とアリスは顔を見合わせ、同時に叫んだ。


「「まさか!?」」


 穂果が振り返り、二人の視線の先に目を向けると、ステージ中央でギターをかき鳴らしながら熱唱する少女がいた。紅・黒・黄を基調にしたオーダーメイドのコスチュームに、左後ろに結んだ茶髪のポニーテールが揺れている。


 その少女は、天川一音だった。

 彼女の腰には、角が生えたトマトをモチーフにしたオリジナルキャラのバッジ。全員赤を基調にした衣装に黒のブーツという、ワイルドで統一感のあるスタイルだ。


「間違いない……あれ、一音ちゃんだよ」


 そう呟く水柚をよそに、アリスは無言でステージへ向かう通路を降りて行った。


「ちょっと、待ってよ!」


 二人はステージを間近で見られる階段席へと足を運ぶ。演奏中の一音は、細い指で見事にコードを押さえ、魂を燃やすような歌声を響かせていた。


「一音ちゃん、やっぱり上手で……格好いいね」


「何なんだこれ……」


 水柚が素直な感想を漏らす横で、アリスは言葉も出せず、ただ口を開けたまま呆然と立ち尽くす。


 そのとき、歌う一音の視線がこちらに向けられた。水柚とアリスを認識した彼女は、目を閉じて、あえて視線を逸らすように顔を反らせた。


「……くっ」


 アリスの顔に悔しさが滲んだ。次の瞬間、彼女は唇を噛みしめ、踵を返してステージを背に駆け出していった。


「アリスちゃん!?どこへ行くの?」


 水柚はアリスを追いかけた。その様子を見ていた穂果も、演奏を楽しんでいた手を止め、二人の様子が気になって仕方がなくなる。マイペースながら、彼女も小走りに後を追い始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る