第4話 スプリングの章―― 3

時刻は夕方。


ネオ東京の空に、50メートルの高度でマシンが行き交っていた。

この都市の空路は、七層のレイヤーに分かれた立体構造を持っている。


 第一層(最下層)には路線バスが飛んでいる、第二層には浮遊列車が固定軌道上を運行している。各駅は建物の二階・三階部分に設けられ、人々は空中の公共交通で都市を移動していた。

第三層は運送用トラックや工事用大型マシン専用。

第四層は一般マシンが低速・右左折するための走行路。

第五層はそれと同構造ながら直進・高速専用路線。

第六層には都市間をつなぐスーパーハイウェイ――空中の首都高速網が走る。

 そして最上層、第七層は緊急車両・政府専用マシンのみが使える優先路線であり、走行制限は一切存在しない。

これらの層は、上下それぞれ20メートルずつの間隔を保ち、互いに干渉しないよう設計されている。

小型マシンと大型輸送マシンが混在することはない。

一般平面の道路や連絡橋は主に人は歩くが、軽型の自転機やエアボードも走ってる。

この複雑で洗練された空路網こそが、新東京の都市機能を支える動脈だ。


 空路の下、目黒エリア、住宅区と商業区の境目に立つ、ひときわ高い20階建てのタワーマンション。


 その一角に、四方を路地と芝生、花木に囲まれた、余裕のある公衆スペースが広がっている。1階の角には小さな花屋が営業しており、そのすぐ横には階段があり、2階の私有テラスへと続いている。階段を上がった先には、緑に囲まれた庭。

壁には「音花家」の表札がかかり、彩り豊かな植物と花々が整然と植えられていた。


 一階の店には、《Charlotte ガーデニング》という看板が掲げられており、そこがショップであることを示している。


 店の内外には小ぶりな鉢植えがセンス良く配置されており、ただの販売ではなく、隅々見える所はひとつひとつが飾りとしてデザインされていた。

 菊やチューリップやカーネーション、薔薇といった定番に加え、プロテアのような大ぶりな花から、サンカヨウのような希少な山野草まで多種多様。


 色とりどりの植物が植えられた花壇には、小さな妖精のフィギュアが踊るように配置され、まるで一枚の絵画のように演出されている。

花の香りと、石畳とレンガの柔らかい色合い。

そこに広がるのは、自然と手仕事が融合した、ひとつの芸術空間だった。


ピンクのエプロン姿の穂果は、ジョウロを手に、小さな鉢植えたちへ丁寧に水をやっていた。霧状の水が柔らかく花々を潤し、葉の表面に小さな雫が光る。


いつも通り、実家の花屋シャルロット・ガーデニングを手伝っていた穂果。

そのとき、一人の二十代前半の男性客が店内へと入ってきた。


白いシャツにスラックス姿の彼は、店内を見回しながら、どの花を選ぶべきか迷っている様子だった。


穂果は店内に入り、優しく声をかけた。


「いらっしゃいませ。お花をお探しですか?」


「ええ。実は……彼女がバイオリニストでして、今夜の公演の祝いに花束を贈りたいんです。」


「素敵ですね。彼女のお好きなお花は分かりますか?」


「それが、あまり詳しくなくて。よければアドバイスをもらえると助かります。」


「では、お好きな色はご存じですか?」


「うーん……白と赤、かな?」


「ご予算はどのくらいでしょうか?」


「1,000ネオドル(約2万円)くらいまでなら。彼女にとって大切なイベントだから、彼氏として、しょぼいものは贈りたくなくて。」


その言葉を聞いた穂果は、やわらかな笑みを浮かべ、コクリと頷いた。


「十分すてきな花束が作れますよ。それでは、キングプロテアに白バラを合わせてみましょうか?」


「プロテアって、どんな花です?」


「こちらです。」


 そう言って穂果が示したのは、中央にピンクの花弁が重なり、外側に赤く尖った花びらが放射状に広がる、まるで燃える炎のような存在感を放つ大輪の花だった。

それを見た男性は目を見開いて声を上げる。


「おお……結構大きいんですね。それ、3本ベースで。あとはお任せでお願いします。」


「かしこまりました。少々お待ちください。」

約5分後、穂果は完成した花束をカウンターにそっと置いた。

ボリュームのある見事なブーケ。メインは赤、ピンクと白の色合いがバランスよくまとまり、香り高い逸品だ。


「お待たせしました。ご確認ください。」


男性は花束を手に取り、嬉しそうに目を細めた。


「おおっ……すごいな。これは絶対に喜んでくれるでしょう。助かりましたよ!」


「お気に召していただけて嬉しいです。彼女様に、どうぞお祝いの気持ちをお伝えください。」


 花束を片腕に抱えた男性は、にこやかに礼を述べ、店をあとにした。穂果はその背を丁寧に見送る。


 *

その数分後、今度は20代後半ほどの、やや痩せ型の男性が店に入ってきた。


無精ひげを伸ばし、オールバックの髪型。サッカーチームのユニフォーム姿で、無愛想な表情を浮かべていた。


「いらっしゃいませ。お花をお探しですか?」


男は無言で一輪の花を指さすと、大きめの声で言う。


「あれ、ひとつくれ。」


穂果が視線を向けると、そこにはオレンジ色で刺々しい雲丹うにのような花びらを持つ紅花べにはなが咲いていた。


「紅花ですね。何本お求めですか?」


「一本でいい。自分用だ。」


「お部屋に飾るご予定ですか?かしこまりました。」


穂果は紅花を一輪取り、透明と英字が印刷された2枚のラッピングペーパーで手際よく包み始めた。


その間、男はじっと穂果を見つめ、口元には不穏な笑みが浮かんでいた。


 *


ちょうどその頃、店の外では通行人たちが空を見上げてざわめいていた。


「おい、あのマシンの動き、変じゃないか?」


空から降下してくるのは、灯りもエンジン音もない輸送マシン。

制御を失っているように見える。


「この辺りに工場なんてないよ? なんでこっちに着陸するの?」


ざわめきが広がる中――


穂果が紅花のラッピングを終えてカウンターに置いたその瞬間。


男は不意に花をつかみ取り、支払いもせずに店の外へと飛び出していった。


「待ってください!お代がまだ……!」


咄嗟に穂果は店を飛び出し、男を追う。


足力は普通の人より遅い、なかなか男を追いかけできない、それでも穂果は追い続ける。店から50メートルを離れ、路地を抜けたそのときに、


「おい!危ない!!」


通行人の叫び声に反応して振り返った瞬間、穂果の視界に、上空から墜落してくる輸送マシンが映った。


「――えっ……?」


そのマシンは、機体の中央部が異常な衝撃を受けたように「く」の字に折れ曲がりながら、無人のまま落下してきた。

回避する間もなく、衝撃音とともに穂果の身体がはじき飛ばされた。



倒れた穂果は仰向けになり、動けなかった。

額と唇から血が流れ、舗道に赤く滲んでいく。


――私……いま、何が……


朦朧とした意識のなか、誰かが自分の名を呼ぶ声が聞こえた。


「音花さん!しっかりして!誰か、救急マシンを呼んで!」


見慣れない顔。だけど、どこか覚えのある少女の、真剣な表情。


――的場さん……?どうして……ここに……


 *

 やがて、救急マシンが到着し、穂果はそのまま近隣の病院へと搬送された。

現場にはすぐにブルーシートと規制線が張られ、人だかりができていた。

その中に紛れて、一人の人物が静かに立っていた。


 医療関係者の制服に身を包み、その中1人キャップをかぶったその男

の中身は、変装したカルスだった。


 救急隊に混じりながら、彼は内心でほくそ笑む。


――ふん、あっけないほど、簡単だったな。

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