第8話
SNSで、LANNのライブがあるという情報を見つけると、タマキはすぐにチケットを購入した。
憧れの久留米京太郎に会うのだと思うと体が興奮に震える。
ライブ当日、タマキは毛を剃った太ももが見えるミニスカートを履き、ラブと書いたTシャツを着て、メイクをして、会場に向かった。
手紙を持ってきていた。これを久留米に渡すのだ。絶対に渡すのだ。
会場に入ると、タマキの余りに可愛い容姿に、フアンの女の子たちが、ふりかえり、嫉妬で顔をしかめた。彼女たちはタマキを男だと思ってもみないようで、同じ女として自分たちに勝ち目がないと負けを認めるように嫌な顔をし、けん制ているのだ。
痛いほど冷たい視線など何でもない。ふふん、可愛いでしょ。それはタマキへの称賛の眼差しだ。タマキは優越感に浸り、ほくそ笑む。
番号の席について、タマキは久留米が出てくるのを待った。
やがて、ライブが始まり、会場は大いに盛り上がった。
目当ての久留米京太郎が踊りながら歌っているのを見て、タマキは感動して見惚れ、心臓がどきどきと煩く鳴り響く。
彼しか見えなかった。
彼一人が輝いて見えていた。
好きすぎて自分と久留米の間が、生暖かい空気に包まれる。そう錯覚した。
ライブが終わった後、チェキ会のアナウンスがあり、タマキはチェキ券を買って、列に並んだ。
チェキを取ってもらう数十秒、久留米京太郎と話せる。その時、手紙を渡すのだ。この顔があれば、嫌われることもないだろう。タマキほどの可愛い子は他にいない。自信たっぷりにそう思うと、タマキはつい、にやけてしまった。
やがて順番が回ってきた。
タマキは自信に満ちた足取りで、久留米京太郎に近づく。ツーショットのチェキを撮って、タマキはメモ紙を無理矢理久留米に押し付けた。
「すぐ読んで」
順番をせかす、スタッフに引きはがされながら、タマキは久留米に笑いかける。
『好きです。今夜十時にお壕公園で待ってます。――タマキより』
来るだろうか?
もらったチェキを大事に抱え、タマキはその場を離れた。
タマキは公園のベンチに座って、緊張していた。もうすぐ約束の時間だ。
3、2、1……
十時。
タマキは辺りを見渡す。ひとけがなく、がらんと静まり返っている。点滅している街灯の明かりに小さな虫と、蛾が群がっている。
来る様子がない。
タマキはぶるりと震えた。
なんだか寒くなってきた。
タマキの魅力に引っかかるほど、久留米京太郎は馬鹿じゃないのかもしれない。
いつまでも彼が来ないので、待つのを諦めて暖かいところにでも避難するかと、腰を上げた時、声をかけられた。
「タマキさん?」
「は、はい」
振り返ると、そこに久留米京太郎がいた。ライブの時とちがい、ラフな恰好である。
タマキは彼が来てくれた嬉しさに、息も付けないくらいに興奮した。目を大きく見開き、鼻息荒く彼を見つめる。
「手紙ありがとう。凄い可愛い子だったから気になって」
久留米はそう言ってにこっと笑った。タマキは舞い上がり、ろくに返事ができない。
「どこかゆっくり話せるところに行こうか」
そう言われて連れてこられたのはネオン輝くラブホテルだった。
体目的だ。そう思うと、ずしんと体が重くなるほど憂鬱だが、それでも本当の恋人のように近くにいられるならと、タマキは黙って従った。
本当にいいんですか。僕男だけど、僕とえっちしたいんですか。女の子じゃなくてがっかりしませんか。
軽蔑されるかもしれない。
タマキは緊張に震える。
久留米はタマキが女だと思っている。そうに違いない。
本当のことを知った時、態度を変えたりしないだろうか。
大丈夫。きっと彼は優しいし、性別なんて超越して、自分は可愛い。
タマキの愛情と同じだけの愛情を彼はちゃんと返してくれる。
「脱いで」
ベットに腰掛けているタマキの隣に、久留米京太郎は腰を下ろし、手をタマキの肩にかけた。
「う、うん……」
彼の手がそっとスカートの中に差し込まれる。そうかと思うとすぐに引き抜かれ、彼は言った。
「え、男?」
「そうだよ」
タマキがそう言うと、いきなり久留米は顔色を変え、タマキの頬をぐーで殴った。あまりの痛みに目が飛び出そうになりつつも、タマキは信じられないといいたげに叩かれた頬を片手で押さえ、彼の顔を凝視した。
「ふざけんな!」久留米は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「腹立つなあ!! 騙しやがって!」
やっぱり男じゃ駄目だったか。
そう思ってしょげているタマキを久留米は容赦なく殴り、足で蹴飛ばし、悪態を吐きながら顔を何度も殴った。
「お願い、顔はやめて」
叩かれるたびに痛みに悲鳴を上げながら、逃げ惑い、タマキは醜い顔になるのを恐れ懇願した。
しかし、そんなことお構いなしに、久留米はタマキを執拗に追いかけ、顔を殴り続けた。
「やめてーー!」
タマキは自分の荷物のカバンを抱きしめ、出口に走って行く。久留米も追いかけながら蹴りを入れる。
痛くて怖くて。
ホテルの廊下に出ると、監視カメラがあるせいか、久留米は狡く、あきらめ、立ち止まり、その場で逃げていくタマキに悪態を吐いていた。
久留米の姿の見えない安全な場所で立ち止まり、一息つくと、タマキは恐怖と興奮に脳が覚醒し、冷水を浴びたように全身がかたかたと震えだした。
たくさんの殴打を受けたタマキの顔は二倍に腫れあがり、目の上のたんこぶで視界が遮られる。目が少ししか開かないのだ。蹴られたところは青あざになっている。
ひどい。
どうしてこんなことするかなあ。
好きだったのに。
もう男なんて信用ならない。大嫌い。怖い。久留米の顔、ヤクザみたいに恐かった。
痛い目みた。
自分の可愛さばかり気にして、女よりも可愛いなんて自惚れて、その自惚れのままに男に体当たりして、その上、男を見る目がなくて。なんて自分は愚かだったろう。愚かだったからこそ、自分が苦しむことになるのだ。
タマキは自分の不甲斐なさが憎い。
本当に大好きだったのに。
なんだよ、あんなに怒って。殴ることないのに。女じゃないってだけで悪いのかよ、可愛ければ男だっていいじゃないか。いくら騙した僕が悪いからって、殴られるいわれはない。殴るなんて人としておかしい。あの男はおかしいんだ。
でも、女もどきの男など、普通の性嗜好の男にとっては価値がないのだとも冷静な頭で思う。恋愛対象にならないのだ。そればかりか久留米のように悪意のある男には、見下され、馬鹿にされているのだ。そう思うと、タマキは自分の不安定な性別が肩身狭く感じる。
本物の女には到底かなわないのに、女のふりをして男をたぶらかすなんて、はたから見たら痛々しいのかもしれない。不自然だ。変なんだ、自分はおかしいのだ。
久留米の意見が全ての男の意見のようにも感じる。
自分は嫌がられる人間なのだ。外れ者なのだ……。
もう男など好きになるものか。そして、この屈辱は忘れない。自分の恥ずかしさ惨めさと一緒に、人間への不信が心に刻まれ、タマキは久留米を憎みながらも、久留米なんかに媚びを売った自分が、彼のために女になろうとした自分が馬鹿馬鹿しくて、自分が憎くて、吐き気がした。
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