第4話 断罪イベントの開始



 冬の学園パーティー当日。


 私は胸がそわそわして落ち着かない。


 学園の大ホールで行われる華やかな社交の場――それ自体は魅力的だけど、ゲームのストーリー的に、今日のパーティーが怪しいとしか思えないのだ。


(原作ルートだと、もう少し後の時期だったはず。だけど噂が広まるのが早いから、ここで何か起こってもおかしくない……)


 私はそう考えながら、会場へ向かう廊下を足早に進む。


 すると、後ろからラファエル様が声をかけてきた。


「セレナ嬢、今日はずいぶんと気合いが入ってるようだね。ドレスも一際美しいよ」

「ありがとうございます。自分で選んだわけではないんですけど、母がせっかくならと……」


 照れながら答えると、ラファエル様はにこやかに頷いてくれる。

 いつもながら爽やかで、貴族のエレガンスを絵に描いたような姿だ。


「こちらこそ、協力できてよかったし、セレナ嬢と情報交換するのは楽しかったよ」

「いえ、こちらこそ。ラファエル様にはずいぶん助けられましたし、お礼をさせてください」

「うん、考えとくね。もしかしたら今日にでも、お礼を求めるかも」

「え? 今日に……ですか?」


 私は首をかしげる。どういう意味なのだろう。

 よくわからないけど、ラファエル様は楽しそうに笑っている。


 何やら企んでいる風にも見えるが、今はパーティーが優先だ。


「じゃあ、また後でね」

「はい、後で」


 そう言葉を交わし、私は先に会場入りする。


 そして入口近くで待機していると、アルティア様がやってきた。

 見ると、美しい深紅のドレスをまとい、銀色の髪をゆるやかに結い上げている。


 その姿はまさに絢爛豪華で、誰もが見惚れるほどだ。


「アルティア様、お綺麗です……!」


 思わず息を呑んで感想を口にすると、アルティア様はいつも通りクールに扇子を持って笑みを隠す。


「あなたも素敵よ。よく似合ってるわ」

「わ、私ですか? いえ、そんな……! アルティア様こそ、本当に、もう……最高に素敵です!」


 自分で言っていて、少し舞い上がりすぎかもしれないと思う。


 でも目の前にいる推しが、最高のドレス姿で現れたら感激するのは当然でしょ。


 私は胸をときめかせながらアルティア様と会場へ足を踏み入れる。


(とはいえ、アルティア様はさっきまで元気がなかった。やっぱり噂の件で少なからず落ち込んでるのかも……)


 そんな不安を抱きつつも、私たちは豪華なシャンデリアが輝くパーティー会場へ入場。

 普段ならアルティア様の周囲に多くの生徒が集まってくるはずなのに、今日はほとんど近寄ってこない。


 元取り巻きの伯爵令嬢も侯爵令嬢も姿を見せず、私はアルティア様の隣に並ぶ。


 向こうのほうでは、ラファエル様も見えるけれど、他の貴族たちと談笑しているのか、ちょっと距離がある。


 私はどうにかアルティア様に楽しんでもらおうと、テーブルに置かれたお菓子を取って戻る。


「アルティア様、これ甘くて美味しいんです! ぜひどうぞ!」

「パーティーでお菓子はあまり食べないのだけど……」


 アルティア様はそう言って、一口かじる。

 すると、わずかに表情が和らぐのがわかる。


 彼女は甘いもの好きだけれど、こういうパーティーでは滅多に口にしないのだ。


「美味しいわね」

「ですよね! よかったです。こういう場、結構緊張しますし、疲れも溜まりそうですよね」


 私がホッと笑うと、アルティア様もほんの少しだけ目尻を柔らかくしてくれた。

 いつものツンとした彼女が、こうして笑ってくれると嬉しい。


 しかし、それも束の間だった。


 会場の入り口がざわついたので視線を向けると、王子レオナード殿下がミランダを伴って入場してきたのだ。


(え……王子にはアルティア様という正式な婚約者がいるのに、なぜ彼女を連れて?)


 貴族の婚約者がいるなら、こういうパーティーでは必ずその婚約者と共に入場するのが常識。

 ほかの参加者も「え、何……?」「アルティア様はどうするの?」と動揺している。


 場の空気が一気に凍りつくような気がした。


 私の隣で立っていたアルティア様は、扇子を握る手に明らかな力をこめている。

 唇を噛み、悔しさをこらえているようだ。


 王子とミランダのあの姿――まるで公然の場でアルティア様を蔑ろにし、辱めているみたいだ。


 王子とミランダはまるで恋人同士のように笑顔を交わしながらホールの中心へ向かい、挨拶を始めた。


 周囲の貴族たちは戸惑いながらも、次第に納得いかないものを感じているようだ。


 横を見ると、アルティア様が静かに頭を下げている。


 誰も近づかないところで、ただ私と二人きり。


 せっかくのパーティーが、こんなにも苦々しいものになってしまっている。


(絶対に許さない……! アルティア様をこんなにも辛い思いにさせるなんて、どうして王子はこんなことを。ミランダまで彼にべったりで、まるでここは自分が主役の会場だと言わんばかり)


 私は強く歯を食いしばる。

 王子とミランダが何を仕掛けてこようと、私は推しであるアルティア様を守ってみせる。


 王子レオナードが、ミランダを伴ってこちらへ近づいてくる。

 パーティー会場の喧騒の中で、彼らの動きだけがやけに際立っていた。


 隣にいるアルティア様も、さっきまでとは打って変わって気配が張り詰めている。


 レオナードとミランダがゆっくりと足を止めると、アルティア様は迷わず前に出た。


 扇子を握るその手が小さく震えているようにも見えるが、彼女は毅然とした声を発する。


「レオナード殿下、なぜミランダ嬢を連れているのですか? 婚約者が私であることはご存じのはずですけれど」


 ホールにいた貴族たちが、一斉に注目しているのを肌で感じる。

 ミランダは相変わらず後ろに控え、ちょこんと王子の背を隠れ蓑にしている。


 あの態度だけで、周囲からは「王子から庇護受けている女性」というイメージが伝わってきそうだ。


 レオナードはわざと大きく息を吸って、会場全体によく響く声を上げた。


「アルティア・ブライトウッド! 貴様に私の婚約者の資格はない! よって、ここで婚約破棄を宣言する!」


 一瞬、空気が止まったような気がした。

 そばにいるアルティア様が目を見開き、息を呑む。


 周りの貴族たちも「ええっ!?」という驚きの声をこぼし始め、あたりがざわざわと騒然とする。


「それは、なぜでございましょう……?」


 冷静を装っているように見えるけれど、その声は微かに震えていた。

 私も、その姿に胸が痛む。


 何とかアルティア様を支えたくて、そっと隣へと移動する。


(大丈夫、アルティア様。私はここにいます…!)


 その思いが届いたのか、アルティア様はほんの少しだけ、緊張を解いたように見えた。


「理由は明白だ。貴様は公爵令嬢という地位と権威を振りかざし、罪もない平民のミランダ嬢を傷つけた! 婚約者としてふさわしくない!」


 レオナードが声を張り上げると、ミランダが王子の後ろで悲しげな顔をして、しかし庇護欲をくすぐるような態度を取る。


 見ているだけで、胸がムカムカしてしまう。


 アルティア様はきっぱりと首を振る。


「そんな事実は一切ございません。勘違いですわ」

「勘違いじゃない! 証拠が挙がっているんだ!」


 王子が言い放つと会場の一角から、もともとアルティア様の取り巻きだった伯爵令嬢と侯爵令嬢が姿を現す。


 あの二人、まさか……!


「私たち、彼女がミランダ様に暴言を吐いているところを見ました。いつもミランダ様をいじめているんです!」

「ええ、ドレスや髪飾りを盗んでこいと指示されました。私たちはそれに逆らえなくて……」


 完全な嘘だとわかる。

 でも、二人は泣きそうな顔をして、あたかも本当に被害者かのように演技している。


 アルティア様は必死に反論する。


「ちがい、ます……! 私はそんなこと、決して……!」


 しかし、二人が異口同音に声を重ねると、周囲の生徒たちはどんどんアルティア様が悪者だと思い込み始める。


「ひどいな……」

「そこまでして平民をいじめるなんて……」


 そんな声がちらほら耳に届く。


 アルティア様は声を震わせながら、視線を下げる。


 もう少しで涙がこぼれそうに見える。


 ――その瞬間、私の中で何かがプツンと切れた。


(ふざけるな! アルティア様がどれだけ優しい人か、私は知っている。こんな悪意ある嘘、絶対に許せない!)


 気づけば私の身体から火魔法の魔力が溢れ始めていた。

 自分でも驚くほど強い怒りが、炎となって巻き起こる。


 ぼうっ、と紅い光が周りを照らし、炎の竜巻が私たちを包み込むように渦を巻く。


「きゃあああっ!?」

「な、何が起こったの!?」

「火魔法……危ないわ!」


 周囲の生徒が恐慌状態になりかけるのを感じる。


 でも、私は冷静だ。


 炎の竜巻の中心部に、私とアルティア様だけが炎に守られるように立っている。


 私はアルティア様の肩をそっと支える。


「アルティア様、大丈夫です。私が守りますから」


 アルティア様は目に涙を溜めながら、動揺して私の名を呼ぶ。


「セ、セレナ……」


 私はその声に力をもらうように深呼吸し、火魔法を静かに収束させる。


 ゴウゴウと巻き起こる火の粉がゆっくりと鎮まり、竜巻はぱたりと消え去った。

 焦げ跡ひとつ残さず、私たちを守りながら注目だけを集める。


 会場はしんと静まり返った。


 レオナードやミランダ、元取り巻きたちも呆然としている。

 レオナードが震え声で叫ぶ。


「な、何なんだお前は! 無礼だぞ!」


 アルティア様を庇うように一歩前へ出て、しっかりと王子を見据える。


「私は、アルティア様の取り巻き令嬢です!」


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