第12話 大いなるバカタレたち、愛しき者たち

 俺がいた平成37年の世界には、フナクイムシという虫みてぇな名前をした貝がいた。


 その名の通り、木製の船に穴を空けて食っちまう厄介者なんだが、こいつを模したものがトンネル工事に使われてたりする。


 下関と南朝鮮の釜山をつなぐ世界最大の海底トンネル――新東橋シントウキョウ隧道の建設にも使われた「シールドマシン」ってやつだ。


 ……おっと、話が逸れちまったな。


 そのフナクイムシみたいなやつがいま――俺たちの目の前で、竜樹の幹にがりがりと穴を空けていた。


「うへぇ……。だれだよ、『大きいことは良いことだ』って最初に言ったやつ」


 お前は本当に30代か? と言われてしまいそうな文言が飛び出しちまったが、それだけ目の前の光景が非常識だったのだ。


 ――そのちょっとした客船ほどもある超巨大モンスターの名前は『キクイムシ』。


 ぱっと見は、ジ〇゛リの映画に出てくる超巨大ダンゴムシに似ているかもしれない。


 だが、そいつはオシャレなことに、凸凹に覆われたおろし金みたいな丸い盾を頭の先っちょに被っている。それをゆっくりと、着実に回転させ――めきめきと竜樹の中を食い進むのだ。


 しかも、彫ったあとの穴が崩れないように、きっちりと舗装までやってのける芸達者ぶりだ。


「――あ! ウ●コしましたよ!?」


 なぜか嬉しそうに言ったのはクソガキのクロエだ。ガキはみんなウ●コが好きだからな。


「大自然の奇跡だわ……!」


 そうウ●コに目を輝かせる貧乳エルフだが、まぁ、同意してやらんでもない。その王蟲――じゃなかった、キクイムシの腸には、成長に適した場所に付着すると爆発的に成長するキノコが共生している。


 そいつがものすごい早さで菌糸を伸ばして、トンネルの内部がしっかりと補強されるという塩梅だ。


 あっというまにカチカチになってしまった足元を踏みしめながら、俺は何度目になるかわからないため息をついた。


 いま俺たちがいるのは『キクイムシの廊下』。


 その名のとおり、キクイムシが空けた穴のなかってわけだ。ここを通るのが『竜樹瘤界』への最短ルートらしいのだが、暗い上に複雑に入り組んでいて、どっちがどっちやらだ。


「――本当にこっちであってんのか?」


 じわじわと前進するキクイムシの尻を魔法のランタンで照らしていると、横穴の入り口を調べていたココが嬉しそうな声を上げた。


「あったわ! 『先人たちの道しるべ』!」


 彼女が指さしたのはランタンの光を浴びてキラッと光るクリスタルの釘だ。それが2本、入り口の上に意味深に刺さっている。


「2本が第2層方面で、4本が第4層方面……だったか」


「ええ……! 行きましょう! きっとこの先にもまた素敵な出会いがあるわ……!」


 キクイムシとの遭遇を素敵と言ってしまうあたり、こいつは“本物”なんだろうな。そんな益体もないことを考えていると、ココが急に立ち止まって息を潜めた。


 何かと思えば、すぐに俺もそれに気づく。足元から伝わってくる、かたかたとした振動……いや、無数の足音か……?


「こいつはアレが来るっすね……。みんな、こっちに」


 ちょうどウロのように窪みになっているところに俺たちを押し込むジュール。


「――光は厳禁! ランタンを切って」


 ココに言われるままにランタンを切ると、置いてけぼりの俺とクロエは思わず顔を見合わせる。


(何か来るみたいだが、お前、知ってるか?)


(――ビッグヒュージギガントドラゴンでしょうね)


(とにかくデカいのは分かったから黙ってろ)


 緊張感なく口をつぐんだときだった。


 ――遠かった足音が地響きのようなものに変わった瞬間、黒い影たちが目の前を通り過ぎていく。大きさはウサギくらいか。6本の細い足を巧みに動かし、一糸乱れぬ隊列で脇目も降らずにキクイムシのいる方向へと猛進する。


 大きい……蟻か……!


 いったい何匹いるのか検討もつかない。そう強そうなモンスターには見えないが、この数だ。襲われたら一瞬で白骨死体だろう。


 幸いにも目が悪いようで、すぐそばにいる俺たちに気づく様子はないようだが……。


「こいつらは……?」


 俺がささやき声でたずねると、ジュールがくいっと眼鏡を上げた。


「『ミルマイト』っす。……こいつらのアゴに見覚えがないっすか?」


 そう言われてみれば、アリたちの口元についているハサミのような大顎には既視感があった。闇に青く軌跡を残すようなその輝きは――ブルーメタルミスリルと鉄の合金だ。


「顎にミスリルが含まれてんのか……!?」


 ファンタジーおなじみの金属、ミスリル。聖銀とも呼ばれる青白色の金属で、金属でありながら魔法の伝導に優れ、強度も抜群なうえに軽いという夢の金属だ。


「ごく微量っすけどね。採算がとれないんで、倒してもうま味のないモンスターっすよ」


 ほんと博識だなと感心した俺は、ふと、クロエがぴくぴくと痙攣していることに気づいた。


「お、おい、どうした……?」


 その顔はまるでミスリルの粉をまぶしたかのように蒼白だ。


「あ、足、足……!」


 言われてその小さなブーツを見てみる。すると、つま先を触覚の先でちょんちょんと調べている者がいた。


 ――アゴのない、小さめの働き蟻だ。


「や、焼いてもいい……!?」


 いまにも蹴っ飛ばしそうなクロエを羽交い絞めにする。


「こらテメェ……!? さっきのキクイムシは平気だったくせに……!」


「だってあっちは大きくてかわいいじゃないですか!?」


「知らねーよ! あ、こら!」


「ひぃっ!?」


 クロエがもぞもぞと動いたからか、 蟻が興味を示してしまったようだ。ちょこちょこと足を動かして、クロエの膝までよじ登ってきている。


「おちつけ……! もうすぐ蟻どもが通り過ぎる……。我慢だ……」


 無限に続くかに思えた隊列もまばらになりつつある。一匹二匹なら敵ではない。あと少しやり過ごせれば――


 そう思ったとき、


「あっ!」


 小さな声で大きな声を出すという器用なことをしてのけたのはココだ。なぜかこちらへと戻って来る蟻たちを見ながら、嬉しそうに言う。


「――見てください。キクイムシが撒いていったキノコを、ミルマイトが収穫してきたわ……! 巣に持って帰って、大きくなるまで栽培するんですよ……!」


 いや、いまそれどころじゃ……!


「だ、だめ……お腹まで来ちゃいました……っ! ああんっ!」


 身を捩るクロエ。ああもう、何がなにやら……!!


 クロエの杖が我慢ならぬと「カッ!」と光ったのは、蟻が胸まで這い上がった直後だった。


「――黒魔術『雷鎖Ⅱ』らいさっ!!」


 稲光が炸裂した直後、放たれたマイナスイオンの流れが青い大蛇と化す。アギトで蟻を食いちぎると、のたうつままに次の蟻を木っ端みじんに砕いてしまう。


 光を浴びた蟻たちは、ほんの一瞬だけぴたりと動きを止めて、時計の針ように一斉に――クロエを見た。


「――や、やっちまいましたね……! 逃げるっすよ!!」


 アゴを開いて飛び掛かってきた数匹を、ジュールのハルバードが弾く。ブルーメタルとダマスカスがこすれて火花が散ると、蟻たちはより興奮して群がってきた。


「このクソ馬鹿っ!!」


 引きつった顔のまま凍り付いたクロエを抱えて、俺は細いトンネルを全力で駆ける。


「ココっ! こっちであってんのか!?」


「た、たぶんっ!」


 右に曲がって左に曲がって、右左右左上上下下……!


 もう自分がどこに向かっているのかもわからなくなったころ、急に足元の傾斜が強くなった。


「――うあっ!?」


 ごろんとジュールが転がって、胡散臭い緑色の丸眼鏡が宙を舞う。


「俺の眼鏡がっ!?」


「いまそれどころじゃねぇだろ!?」


 腕を引っぱって立たせつつ、押し寄せてきた蟻どもに逆贄を食らわす。


 とたん、ねじ切れるような激痛が腰に走って、かくんと膝が折れてしまう。


「あ……!?」


 とっさに振ってしまったが――逆贄は与えたダメージの1/3を反動として受ける呪いの武器だ。体の脆い蟻を相手に振るえば、大ダメージが返ってくる……!


 クロエを抱えたまま、ジュールを巻き込み、ほとんど滑落するように転がっていく。


「――えっ!? 嫌!? いやぁ!!」


 先頭を走るココが拒絶の叫びをあげるが、もはや止まれない。エルフも巻き込んでごろごろと転がり、でっぱりに当たって派手に跳ねた。


「――ひ、広いところに出ました! 空も見えます、 『竜樹瘤界』ですよ!?」


 クロエが何か言ったがそれどころではない。


 ――団子になった俺たちは、やたらにでかい葉っぱやら蔦やらにぶつかって減速しつつ、ぱかっと口を開いた巨大な壺のようなものにカップインする。


 ……俺を一番下にして。


 クロエとココはいい。しかし最後に落ちてきた眼鏡なし眼鏡猿はシャレになってない。


「――ぐへっ!?」


「兄貴!? しっかりするっす! 誰にやられたんすか!?」


 カクカクと揺さぶられる俺だが、そんな馬鹿をしているうちに傷も癒えてくる。


「いいから離せ……。クソ、お前ら、俺を不死身かなんかだと思ってんだろ……!?」


 腰を押さえてジジイ臭く立ち上がる。


 丸くぽっかりと開いた真上の穴からは青空が見えた。


 俺たちがいるのは真円に近い空間で、その直径は4メートルほどか。小さめのガスタンクに閉じ込められたような圧迫感があるものの、差し迫った危機はない。


「ここは……オニカズラの捕食袋の中だわ……!」


 壁面をぺたぺたと触って確かめていたココの口から、物騒な言葉が飛び出した。


「オニカズラっていうと、モンスターやら人間やらを溶かして栄養にしちまうっていう植物だろ……!?」


 ぎょっとして飛び上がりそうになったが、いまのところはブーツも足も溶けていない。


 クロエが落ちていた何かの骨で足元をほじくりながら言う。


「からっからです。だいぶ前に枯れたみたいですね……」


 緊張の糸がふつりと斬れたからか、疲れがどっと押し寄せてきて俺はその場に座り込んだ。


「驚かせやがって……」


 深く息を吐き出しながら、俺は枯れた捕食袋の中を見渡した。Eクラスのモンスターくらいなら、暴れてもびくともしない袋だ。今日はここで休むのが得策かもしれない。


 俺と同じ事を考えていたらしく、ジュールがリュックを降ろしながら言った。


「もうすぐ夕暮れっすね。今日はここでキャンプと洒落こみますか」


 さっきなくした眼鏡と同じものをリュックから取り出すジュール。俺は突っ込む気にもなれず、マットレスを広げるとごろりと転がった。


「――ジュール。お前が飯当番な」


「えっ!? 兄貴の番だったはずじゃ……」


 そんな意地の悪い俺の言葉に、当然のように乗っ掛かってきたのはココだ。


「じゃあ私も……。ちょっと疲れました……」


 エルフに伝わる山繭の寝袋にいそいそと入るココ。


「姉さんまで……!!」


 そして当然のように、クロエもそれに続いた。


「ご飯が出来たら起こしてください。あ、あと私は猫舌なんで、パンが焼けたらしっかり10分は冷やすこと。お水も一度は沸騰させてください。ぽんぽん痛いの嫌なので」


 そしてなぜか俺のマットレスに猫のように入って来る。しかし追い出す元気もなく、俺はまぶたをただ閉じる。


「俺って……もしかして嫌われてます?」


 ああもう女々しい奴め。


「んなわけねぇだろ。いいから早くメシを作れメシを」


 今日一番の功労者に親指を立てて――そのまま眠りに落ちるのだった。

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