2-2.ダンジョン俺
第5話 四馬鹿、四葉か
グリステンの南門から徒歩15分。まるでどこぞの優良物件のうたい文句のようだが――とにかく、そこに『湖底大虎穴』がある。
多くの冒険者たちに踏み固められた湖底を歩いていけば、そこに待ち受けるのは『転移の門』。一切の光を跳ね返さない一対の黒い柱のあいだで揺らめく闇こそが、ダンジョンとこの世界をつなぐ門だ。
次元を超える魔術的な装置……だそうだが、いったい誰が作ったのやら。
――にしても、相変わらず気味がわりぃな。
そんな俺の胸の内を嘲笑うかのように、つぎつぎに門へと飛び込んでいく4人ひと組の冒険者たち。
何をするわけでもなく、流れ込むようにダンジョンに向かう冒険者たちを眺めていたときだった。
「――お久しぶりです!」
聞き覚えのある声に顔を向ければ、軽いフットワークで冒険者たちを掻い潜ってやって来る女の姿がある。赤いおさげにそばかすの散った頬、それに大きな口。――ココだ。
「来てくれたのか……!」
「もちろんです。マルーの頼みですもの!」
なにひとつ変わらない溌溂とした笑顔だったが、さすがにダンジョンに挑むとあって、いつもの修道服姿ではない。
「お前……本当に冒険者だったんだな」
思わず頭から足元までを見てしまう。
動きやすそうな革の胸当てに厚手のキュロットを合わせて、足元は丈夫そうな編み上げブーツで固めている。質素ながらも旅慣れたベテラン冒険者といった風体だ。
「変ですか? 久しぶりに装備を出したのだけれど……」
そう言って自分の服を見下ろすココ。その首元で揺れるタグの輝きは――銅だ。
C級……! 戦力として申し分ないな……!
「いや、よく似合ってる。それで、お前に来てもらった理由だが……」
「もちろんマルーから聞いています。ああ、あそこに行くのは何年ぶりでしょう! きっといまも、得体のしれない緑のぶちゅぶちゅたちがうごめいているに違いありません……!」
話が長くなりがちなのも相変わらずだなと苦笑しながら、俺は心の中でマルーに感謝する。
――ダンジョンを攻略するにあったって、人員を集めようとしたのだが……これがなかなか難航してしまった。頼みの綱のマルーには用心棒の仕事があるし、ルシアンたちはダンジョンの攻略に忙しく、そもそも町にいることのほうが少ない。
あとひとりが決まらない――そんなとき、マルーがココに手紙を書いてくれたのだ。
「――他のメンバーはどなたですか? まだ来ていないようですけれど……」
ココが辺りを見渡しながらたずねてくる。
「ジュールっていうD級の斧使いと、駆け出し魔法使いのクロエだ。ふたりとも適当な性格でな。たぶん遅刻する」
俺が肩をすくめると、ココは口元に手をあててくすくすと笑う。
「ふふ、楽しい冒険になりそうだわ!」
それには俺も同意だったが――約束の時間を10分過ぎてもふたりが来ない。ジュールの野郎は適当なだけだと思うが、クロエは少しばかり心配だ。
――なんかお腹が痛いんでやめときました(笑)
みたいなことを平気でするのがあいつだ。
嫌にリアルなその想像をかき消すように、俺はなんとなくココにたずねてみる。
「なぁ……なんでみんな4人なんだ?」
俺はピコピコとボタンを押すようなゲームに興味がなかったから詳しくないんだが、ゲームには“お約束”ってやつがある。たとえば「毒で即死しない」とか「経験値が貯まったらLVアップで強くなる」とか、とにかくそういうやつだ。
そういう――お約束のなかで、俺がもっとも納得がいかないのが『パーティは4人まで』ってやつだ。
魔王を倒しに行くのは、いつだって勇者に魔法使いに僧侶に戦士あたりの4人組だろ? ――なんで数にものを言わせないのか。世界の危機だぞ、軍隊を師団単位で送り込めよ。
ゲーム相手にそう考えてしまうのは野暮ってもんだが、それが現実となると――ただただ困惑だ。
「おかしいだろ。なんでみんな律儀に4人なんだよ」
俺の愚痴のような疑問を「ふんふん、なるほど」と聞いていた赤毛のエルフはぽんと手を打った。
「『ダンジョンルール』のことですね!」
どこかでちらっと聞いたことがある言葉だが、その内容まではあまり覚えていない。
「あー……あれだよな。ルール1、ダンジョンの壁は絶対に壊せない。ルール2、モンスターは層をまたいでの移動ができない。……みたいなやつ」
「それですわ! パーティが4人までなのも、その『ダンジョンルール』のひとつなのです」
そういう決まりになっているってことか。
「って、説明になってねぇよ。そんなもん無視して100人くらいで行動したらいいんじゃねぇのか?」
怪談を話すかのように、怪しくにやぁっと笑うココ。
「はるかな昔、それをした王さまがいたそうです」
「へぇ? 常識を打ち破った賢王として伝説になったか?」
俺の皮肉への返事は、なかなかに衝撃的なものだった。
「――全員、溶けてダンジョンの一部になってしまったとか」
俺は思わず『転移の門』を見やる。この世界の理を超越するようなその装置が、不気味に見えて仕方ない。
「穏やかじゃねぇな……。……ってか、そもそもダンジョンってのはなんなんだ?」
そう言ったとたん、様々な疑問が連鎖的に噴き出す。
――どうして財宝があるのか。なぜモンスターや資源は時間経過でリポップするのか。なにもかもが謎だ。そこに意図が介在するのか、それともしないのかすらわからない。
ココは鎖骨にかかったおさげを指でいじりながら、「ん~」とどこかを見ながらたずねてくる。
「『星拝教』はご存じですか?」
「……まぁ知ってる」
俺がビンタした聖女がその星拝教のお偉いさんだからな。
「お前のとこの聖堂も、その星拝教だろ?」
「そうですわ。星拝教の聖典にはこう書いてあります。ダンジョンとは『我らを縛る大いなる恵みである』と」
何かの核心をついたような言葉だ。俺はその意味をゆっくりと咀嚼する。
「――どんぐりの木とリスみたいなものか。リスがどんぐりの木を利用しているように見えて、じつはどんぐりの木がリスの数をコントロールしている……」
ぞっとしない話だが――もしそれが事実なら、ダンジョンルールにも納得がいく。
――まさにゲームなのだ。ダンジョンは人間の数をコントロールしなければならないから、侵入者に対して適切な難易度を提供する。その難易度を破壊するような行為……つまり100人パーティなどのチートには、強烈なペナルティで対抗しているのだ。
しかし、その仮説はより根源的な疑問を浮き彫りにする。
――誰が、何のために?
神か、あるいは……。
俺をこの世界に連れてきた『あいつ』。もしや、それもあいつの仕業なのか……?
そんな俺の深遠な思索をぶち壊したのは小さな魔女だった。
「――あの、私より早めにくるの、やめてもらっていいですか? おかげで遅刻になってしまったじゃないですか」
どこかで見たことのあるつば広の黒い三角帽子に、引きずりそうなほどに黒いローブ。そして手にはくるんと先が巻いた木の杖があって、まさに完璧だ。
「おせーよクロエ。あと、その横暴すぎる責任転嫁はやめろ」
クロエはけろっとした顔で一回転すると、すこしだけ恥ずかしそうにたずねてくる。
「……どうですか? “っぽい”ですか?」
「ああ、ぽいぽい。じゃ、行くか。楽しい冒険のはじまりだ」
適当にうなずいた俺を慌てて引き留めるクロエ。
「――待って!? まだジュールさんが来てませんよ!? それに、何か私に言うことがあるのでは!?」
俺は舌打ちひとつして、改めてクロエを見た。
「……で、その装備はどうしたんだ?」
これでいいだろ? とぞんざいな視線を投げるが、それくらいでどうにかなる厚さの面の皮ではない。
「とある高名な魔術師さんから直々に賜ったのです。私って優秀ですから……」
嘘は言ってないのだろうけれど、それがよりムカつく。
「高名な魔術師って、団長だろ。エリーズ団長」
ワイバーンを一撃で屠ったあの雷撃がありありと脳裏によみがえる。
「――!? ど、どうしてわかったんですか!?」
俺はうんざりしつつ言う。
「前にあいつがそれを装備してるところを見たことあるんだよ……。それに、それ――」
俺が自分の首元をちょんちょんと触ると、クロエは「ぴゃっ!」と猫のように毛を逆立てた。
「つ、ついてます……?」
クロエの首筋に刻まれた赤い痣をみながらうなずく。
「ついてるついてる。派手なやつが」
「――あの変態……っ!」
顔を真っ赤にして、襟元をきゅっと占めるクロエ。エリーズがクロエにご執心なのは花迷宮では有名な話だ。週に1回は来ては、嫌がるクロエに金を握らせて好き放題している。
「ずいぶんな言い草だな。ひいきにしてもらってるんだろ?」
お古とはいえ装備品をくれるくらいだ。クロエもまんざらではないと思っていたのだが。
「あの女、ドがつく変態なんですよっ! このまえなんか、『鏡を見るたびに、アンタは私のことを思いだすんだ』っていいながら、私の目のなかに舌を入れようとしてきて……!」
――うわぁ……。くり抜かれた目に……舌を?
深淵なる倒錯の世界にドン引きする俺に、さらなる試練が襲いかってくる。
緑の眼鏡をかけた猿みたいなアホ面が転移の門から出てきたと思ったら、俺の顔を見て拗ねたように言う。
「なにしてるんすか兄貴! 遅刻っすよ……!? あまりにも遅いから、花迷宮に戻ろうかと思ったとこっす!」
――こ、こいつ……! 門の前は前でもそっち側かよ!?
「な、なんすか!? 暴力反対っす!!」
「――うるせぇ!」
かまわず殴りつけて溜飲を下げた俺は、あらためて面々を見渡す。C級1名に、D級1名、そして冒険者ではないものの魔術学校主席の魔法使い。第3層までなら余裕で突破できそうなメンバーだ。
――まぁ、俺が足を引っぱらなければ、だが。
「……じゃあ、そろったし行くか」
特に意気込みもなく門に入ろうとする俺を止めたのはココだ。
「その前に決めることがあるわ! この出会いをもっと素晴らしいものにするための、とっておきが」
もうやだこのパーティ。いちいち濃すぎるんだよ!
そう言いたいのをこらえて、俺は聞き返す。
「な、なんだよ、それ」
えっへんと胸をはる無い乳エルフ。
「パーティの名前を決めましょう! 私たちらしい、素敵な名前がいいわ!」
ココがうっとりと目を細めて頬に手を添えると、おずおずとクロエが手を挙げた。
「どうぞ、クロエ君」
俺が適当に指名すると、クロエはめずらしく恥ずかしそうに言った。
最後まで言わさねぇよ?
「却下」
そわそわとしているココを無視して、俺は胡散臭い緑眼鏡に視線を送る。
「次、そこの眼鏡」
ジュールは自分を指差して、戸惑いながらも答える。
「お、俺っすか? ……そうっすね、
さらっとそれが出てくるあたり、やっぱりこいつは有能だ。眼鏡ザルだけどな。
「四馬鹿ってことか。わりと諧謔が効いてるな」
「――あ、あのっ、それならっ」
ココがついに我慢ならないと前に出る。嫌な予感がするが、無視するのも限界だ。
「……どうぞ」
「
縁起悪いってレベルじゃねぇよ。
「シロツメクサに決定だ。――いくぞ」
こうして俺は、第3層を目指して初めて本格的なダンジョン探索に向かったのだが――それが良くも悪くも、これからの俺たちを大きく変える出来事の序章だとはつゆ知らず。
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