第34話 蛇虎、愛討つ
じりじりっと後ずさる蛇舌。その顔に剣先を突きつけたまま、俺は油断なく言う。
「さて――これが決闘なら、あとはお前の首を刎ねるだけだな」
蛇舌は蒼白な顔に媚びるような笑みを浮かべる。
「ま、待てよぉ……シルヴァン! 俺たち親友だろ、降参だ俺の負けだ! 指輪はおまえにやるからさ!」
何かを掛け違えたまま、蛇舌は落ちていた小石を俺に渡そうとする。
「こ、これだ……。へへ、これでいいだろぉ」
――薬物による脳の委縮か……。
「お前……もう、壊れちまってたんだな」
興がそがれた。狂人に責任を取らせてどうなるってんだ……。
「ジョアシャン……」
憐れみとやるせなさを吐き出すように唇を振るわすアデル。俺はそんな彼女をちらりと見て、やるせない気分になる。
アデルの処分は保留になっているだけで、罪が減免されたわけじゃない。余罪も多いだろうし、放火は従犯でも重罪だ。このままだと――蛇舌と仲良く死罪もありえる。
しかし、蛇舌がここで
ふん……俺もいつまでも半端なままじゃいられないってことか。
一度は死んだ身だ。冥府魔導に生きるのもまた一興。覚悟を決めて、震えが止まった手で『無銘丸』を大上段に構える。
「――じゃあな、蛇舌」
太陽を浴びた剣が鏡のように煌めき、その冷たさに蛇舌の顔が凍りつく。
……斬る!
俺の剣は――しかし、振り下ろされなかった。
「馬鹿野郎っ……!? この土壇場でっ……!」
アデルだ。盾も構えず、両手を広げて立ち塞がる。思わず睨みつけたが、アデルは一歩も引かずに悲しげに言った。
「ジョアシャンは……可哀そうなやつなんだよ。いつも何かに怯えてる。誰かひとりくらい――ジョアシャンのこと、守ってやらないと」
俺はため息をついて、剣を静かに下ろす。
「……そこのクズの代わりに死ぬことになってもか?」
「それでも、さ」
しばし見つめ合う俺とアデル。猛獣に似た瞳に宿る光は強く、説き伏せることは無理に思えた。
「俺の言うことを聞けば、蛇舌は見逃してやる」
そう言って俺が取り出したのはA級武器の双剣、『
「握れ」
金の短剣を差し出すと、アデルはためらいつつも握った。
「なんて業物……。こんなの初めて見たよ。でも……」
剣をかざして呟く。
「変な感じだ。なんだろう、誰かと繋がってるみたいな……」
「片方だけなら盾使いのお前でも使えるだろ?」
アデルが怪訝そうに言う。
「使うって……何にさ」
俺はそれに答えず、もういっぽうの銀の短剣を――蛇舌へと放り投げた。
「へへっ! これでシルヴァンを殺せってわけかぁ……!」
剣に飛びつき、素早く構える蛇舌。俺は爬虫類じみたその眼差しを受け止めながらアデルに命じる。
「――蛇舌と戦え」
「な……なにを……」
驚きのあまり言葉を失うアデルに続ける。
「蛇舌の代わりに死ぬと言ったな。ってことは――殺されてもいいってことだろ?」
アデルが息を呑む。俺はふたりから離れながら、審判のときが来たことを知らせた。
「――愛してるというなら、それを証明してみせろ!」
蛇舌が牙を剥いたのは、俺がそう叫んだのと同時だった。
「どこ見てんだよぉ、シルヴァン!!」
踏み込みからの袈裟切りがアデルを襲う。やつの剣はとにかく疾い。だが、それゆえに軽い。鋼鉄の大盾なら、それを防ぐのは容易なはずだ。――それがA級の双剣でなければ。
ぬるりと剣が滑って盾を切り裂く。まさかと目を見開くアデルへと、蛇舌は蹴りを繰り出した。
「んあっ!?」
腹に食らってよろめくアデル、そこへ容赦なく剣を振るう蛇舌。
「ひゃはははっ!? 何だコレ!? すげぇ、すげぇ!!」
まるで粘土だ。アデルの盾がどんどん削れて、ついに半分ほどになってしまう。蛇舌の猛攻に押されっぱなしのアデルだが、よく見れば――金の短剣がかすかに震える瞬間があった。
狂える蛇舌の剣は見てくれこそ派手なのだが、その実はやたらめったらに斬りつけているだけ。アデルからすれば、いつだって反撃を差し込むことができるのだが――
「――
アデルが繰り出したのは、攻撃を弾きながらの突撃だった。スキルレベルは1。手加減した一撃だったが、それでも隙だらけの蛇舌の鼻面を見事に打ちのめした。
「ふがっ……!?」
大きくのけぞる蛇舌、そこに詰め寄るアデル。盾使いとして積み重ねた反射で、そこに金の短剣を突き刺そうとして――
「くっ……!!」
体に染みついた動きを無理やりに止めた。だがそのわずかな隙間を――蛇舌は嗅ぎ分ける。
――とすっ、とあっけなく。気がつけば、銀の短剣がアデルの首元に深々と刺さっている。
「あはっ、あはっ! 勝ったぁ! 俺が、あのシルヴァンに、勝ったぁあああ!!」
狂乱する蛇舌に、アデルは手を伸ばす。
「ジ、ジョアシャン……」
しかし蛇舌からの返事はなく、アデルはそのまま崩れて、ぐしゃりと倒れ込んだ。
勝負が決したかのように思えた、そのとき――奇妙なことが起こった。
金銀のふたつの短剣が、共鳴するように淡く明滅した直後――蛇舌がかくんと膝を折る。
「あ、あるぇ……。なに、コレ??」
蛇舌の首から――泡立った赤い液体がごぼごぼと噴き出している。まるで、のどを短剣で貫かれたように。
「――どゆこと? シルヴァン、お前、俺になんかした?」
不思議そうに首を傾げつつ――そのままぱたりと倒れる。そして、ぴくぴくと痙攣して……すぐに動かなくなった。最後まで、アデルをどこかの誰かと間違えたまま……。
「……なんで……私……?」
そう声を出したのは、寝起きかのようにぼんやりとしたアデルだ。確かめるように触る首には傷ひとつなく、まるで蛇舌の突きが幻だったかのように思える。
だが、それが夢幻などではないことを俺は知っている。
A級武器、
――アデルの愛が本物であるかぎり……はじめから蛇舌に勝ち目はなかったのだ。
「ジョアシャン……」
屍となった蛇舌の目をそっと閉じさせるアデル。その背中に俺は語りかけた。
「……俺を恨みたければ恨め」
そう……これも俺の策だ。もしアデルが蛇舌をかばおうとしたときに備えて、この双剣を用意していたのだから……。
しかしアデルは首を振って言う。
「私、馬鹿みたいじゃない? ――もう、ずっと前からジョアシャンは居なかったのにね」
――本当にそうだろうか。『相響』の効果は、愛する者同士でなければ発動しないはずなのだ。
つまり……蛇舌、いやジョアシャンの心のどこかには、きっと……。
いや、それを言ってどうなる。俺はその言葉を胸の奥にしまい込んでたずねる。
「なんでお前は、そんなに蛇舌に入れ込んだんだ?」
「さぁ……なんでだろうね。はみ出し者同士で傷を舐め合ってたら、ほだされたって感じかな。それ以上でも以下でもないよ」
理由なんてそんなもんか。理屈じゃないんだろうな。
「――しかしこれで、『死人に口なし』だな。放火の件は証拠不十分で、お前も無罪放免だろう。……これからどうするんだ?」
アデルはゆっくりと立ち上がると、どこか遠くを見ながら答えた。
「ジョアシャンを恨んでる人は多い。その仲間だった私も、もう冒険者にはもどれないだろうね」
なんとなく――たぶん本心で、俺は言った。
「……花迷宮に来るか? 食うに困ることはないはずだ」
まさか誘われるとは思ってなかったのだろう。アデルはぽかんとした顔になる。
「わ、私が――男の相手を!? 虎みたいな女って言われてるのよ……!」
虎か。確かにそれっぽいが――
「虎って、『美人』って感じしないか? 俺は嫌いじゃないけどな」
それに、いいケツしてるから――とは言わないけれど。
「な、なに言ってんの」
突き返すように俺に金の短剣を渡すと、アデルはそのまま去ろうとして――最後に俺を振り返った。
「花迷宮に行けば……あんたがいるの?」
「……ああ。支配人だからな」
街道のほうへとアデルが姿を消すと、俺は後ろを振り返りながら言った。
「――いるんだろ、『お目付け役』さん」
あてずっぽうだったが正解だったようだ。もう慣れてしまったが、気付けばそこにいるのが彼なのだから。
「呼んだ?」
ほんの数歩後ろに、いつのまにか黒づくめの男が立っている。ひょろりと針金細工のように細く、よく見ないと見失いそうなくらい――存在が不確かだ。
「これ、あいつに返しておいてくれ」
俺が差し出した相響と無銘丸をマジックバッグに収納しながら、彼――不殺のルヴェールは感慨深く言った。
「愛だね。感動したよ」
「……蛇舌とアデルのことか?」
「そう、究極」
こいつ、前から思ってたけれど、なんでこういちいち短く喋るんだ……?
めんどくせぇなぁと思いつつ、俺は返事する。
「羨ましいのか?」
ルヴェールが心外そうに言う。
「そうだね」
思わず目をしばたかせた。そういう人間味から一番遠いところにいる殺戮マシーンだと勝手に思い込んでいたのだが。
俺が戸惑っていると、ルヴェールは一瞬だけ俺と目を合わせた。ヘーゼルの瞳がわずかに優しいのは気のせいか。
「君には小さいのと、白いのがいるよね」
……マルーとリリアンのことか?
「利害の一致っつうか……ややこしい感じだからな。愛っていっていいものか……」
俺はごまかすように言う。
「それに――愛されてたとしても、俺は気づかないだろうな」
さもありなんと自分でうなずくと、ルヴェールはもうそこに居なかった。
「業が深いね」
とだけ、言葉を残して。
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