第17話 似ていない似た者同士

 ――俺の『紋章術』はチートだが、限界がみえている能力だ。


 インクに混ぜるアイテム次第で様々な効果を発揮できるから、とにかく応用できるし、コスパも抜群。


 しかし、装備品やアイテムで代用できてしまう。たとえば毒に耐性を付けたいのなら、紋章術を使わなくてもヒーラーの抵抗魔法や耐毒薬で事足りる。


 しかも紋章術は装備品と違って付け替えができない。いちど彫ってしまえばその効果は永続的だが、上書きはできないし、2つ目の紋章を彫れば1つ目の効果は消えてしまう。


 重ねがけができないのは恐らく――価値の希薄化。


 すなわち、ダイヤがじゃらじゃら並んだ指輪より、ひとつだけある指輪のほうが“特別”に見える――あれと同じだと俺は思っている。


 とにかく、金があるなら装備品やアイテムで代用したほうが便利であと腐れがないということだ。


 肝心の効果にしても、強力だが最高には及ばない。A級アイテムである霊薬エリクシルとB級のミスリルを材料にしたところで、この程度の回復力だしな。


 つまりは俺の紋章術はチートばりに汎用性が高いが、オンリーワンでもナンバーワンでもないってこった。


「ん……。歯が生えてきたな。見てくれ」


 口を開けてみせると、マルーが「おおーっ」と感心した声を出してから、くすくすと笑った。


「子供みたいで可愛い」


「こんな間抜けずらがいいなんていい趣味だな」


 俺がいつものように自虐風味の皮肉を利かせると、マルーはなぜかぷりぷりとしながら「そ・れ・で!」と語気を強くした。


「だいぶ良くなったみたいだから聞くけど……いったい何があったの?」


 昼下がりの川沿いをぶらぶらと歩きつつ、俺は蛇舌とのひと悶着をかいつまんで説明する。


「まぁ……俺も馬鹿だったってことだ。つまらん挑発にのっちまった」


 マルーは「ふぅん」とうなづくと、路肩に落ちていた小石をこつんと蹴る。2回、3回といじめたところで小石が川に逃げこむと、マルーはくるりと振り返った。


「ホリィがそんな風に本気で怒るなんてめずらしいね。――なんて言われたの?」


 俺は「はっ」と薄く笑って答える。


「母親を侮辱されたんだ。誰だって――……」


 言葉が尻切れトンボに消えてしまう。


 ……俺が、あのクソアマを侮辱されてキレただと? あいつの肩をもってやる義理なんてこれっぽっちもないのに……。


 自分の整合性のなさに戸惑っていると、マルーが石橋の欄干にひょいと腰かける。


「休憩! ――今日は歩きすぎちゃった」


 俺はその隣に腰をおろすと、話題を変えるべくたずねる。


「どこに行ってたんだ?」


「あてもなくぶらぶらしてた。……いろいろ考えちゃって」


 俺はポケットの中のものを握りしめる。渡すとしたらいまだろう。


「――昨日はすまなかったな。優しくて強い女だからと、ついお前に甘えちまった」


 ぷっと噴き出すマルー。


「どうしたの急に! ……たしかにちょーっとびっくりしたけど、いい勉強になったよ。世の中って、私が思うよりずっと厳しくて――単純なんだなって思った」


 厳しくて単純か……。そうかもしれない。最終的には金と暴力に行きつくんだからな。


 けれどそれは俺に合わせたマルーの考え方だ。マルグリットの気持ちじゃない。


「怖かっただろ。もうあまり頼りすぎないようにする」


 俺は照れくささから目を反らし、ポケットの中で握っているものを出そうとした。


 しかし――次の瞬間、マルーの表情を見て言葉を失った。


「――私じゃ……頼りない?」


 マルーは笑っていた。残念そうに、少し心外そうに。けれどもその焦げ茶の瞳は激しく揺れていて、いまにも泣き出しそうに俺には見えた。


「ち、違う。そういう意味じゃない。俺がしっかりしてればいいだけの話だ」


 俺はマルーのそんな顔を見ていられなくなって言葉を探す。


「俺はその……中途半端なんだ。頭の中で思ってることと行動が違う。だから昨日も、あんなことにマルーを巻き込みたくなかったけど、つい頼って……いや、――利用だ」


 俺は頭を深く下げる。


「俺はお前を利用していた。お前の優しさや、弱さにつけ込んで、利用していたんだ……」


 マルーはふいに表情を平坦にすると、俺の瞳をのぞきこんでくる。


「ホリィはさ……たぶん、みんな嫌いだよね」


 ――どきりとする。


「私、ホリィが思っているよりもホリィのことを見てる。だからわかるの。私やリリアンさんにもクロエやマノンにも優しくしてるけど……どう利用しようかって考えている。目が、時々……怖いから」


 言葉がなかった。


 俺があまりに変な顔をしていたらか、マルーはくすくすと笑って茶化す。


「あとお尻とか胸ばかり見てる! ……えっち!」


 すこしだけ氷解した俺は、無精ひげを撫でつけながら苦笑いする。


「男のサガってやつだ、それは許してくれ」


 やっと俺のペースに戻せそうな気配になったというのに、マルーは分かったようなことをしれっと言う。


「――怖いの?」


「そうだな、怖いものだらけだ。俺は自分以外の人間が怖い。何を考えているのかわからないからな」


 俺がピエロのように口の片端を上げると、マルーは足をぶらぶらとさせながら歌うように言葉を紡いだ。


「誰にも愛されないと思ってるから怖い。怖いから頼るんじゃなくて利用する。――でも、ホリィは誰にでも優しいよね」


 欄干の上に置いていた俺の手の上に、ひんやりとしたマルーの手が重なる。日々の鍛錬のせいなのか少しかさかさしていて――それでいて、やわらかだった。


「マルー……。俺は優しくなんて」


 振りほどこうとする俺の手を握りしめたマルーは、言葉を体温に乗せて伝えてくる。


「優しいよ。それは――愛されたいから。愛せば愛されるかもしれないって思ってるから」


 ……俺が、愛されたい?


「誰に……?」


 それはすぐそばにいる者のような気がしたし、もう手が届かない場所にいる人のような気もした。


 答えは外にも内にもなく、俺がただ黙していると、マルーは橋を通る女たちを見送りながらぽつりとつぶやいた。


「私は、違うよ。信じられないなら――利用したっていい。絶対に裏切らない。ホリィの求めるものを返してあげる。だから――私を頼って」


 俺は夢想する。――嘘も遠慮も見栄も虚勢もない自分を、丸ごと受け止めてくれる誰かがいたなら、この虚しさは消えるかもしれないと。


 そんな都合のいい存在なんていない――ずっとそう思ってた。でも、目の前の少女は違う。どんな俺でも受け入れると言っている。


 ポケットの中の手のひらが汗で濡れていた。


 ――これを渡せば、マルーは俺の望む“誰か”になってくれる。確信があった。


 けどな……マルグリット。お前は傷つきすぎた。役に立っていないと、自分の価値を保てないほどに。だから明るくて強い『マルー』を演じてる。


 俺はその逆だ。生き残るために、誰も信じない“俺”を選んだ。


 お前の言う通りだ。信じているのは、俺に必要とされたいから裏切らない“マルー”だけ。そしてお前が求めているのも、見捨てない“俺”なんだ。


 俺たちは生き残るためにそうなった。なのにその向かう方向は真逆だ。まるで太陽と月のように――『似ていない似た者同士』だ。


 ……なぁ、マルグリット。俺たちは互いに“偽物”を必要としてる。それって、ひどく歪んでるよな。


 長い沈黙のあとに俺の口から出たのは、耳障りがいいだけのなんの意味もない文字列だった。


「俺はお前の言ったとおり、みんなが嫌いなのかもしれない。でもお前のことは嫌いじゃない」


 ポケットの中身をそのままに、俺は手を引いてマルーを立たせた。


 失望したような、安心したような笑顔で俺の顔を見上げるマルー。


「変な話、しちゃったね。……お腹がすいちゃった。帰ろっか」


 傷つけないようにそっと手を離すと、ほんのわずかに、マルーが俺の手を求めて指を動かした。それがなんだかとても悲しくて――俺はガラにもなく笑顔で語りかけるのだった。


「それなら何か食ってから帰るか。お前の好きな甘いやつでもいいぞ、俺は他の店で酒でも飲んでる」


「うん! ……って、それって別行動だよね!? ホリィって本当に……可愛げがないんだから!」

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