第11話 廃墟、骨

 いまでこそ廃墟のような旧市街地だが、ダンジョンが発見された直後のゴールドラッシュ期には、ここにも雨後の竹の子のように家が建てられた。


 特に多いのは、商人や労働者向けの集合住宅だ。


 ――この世界にはモンスターなどの危険な生物がうじゃうじゃいるから、それらへの対策としてグリステンも堅牢な城壁に囲まれている。


 いわゆる城郭都市なのだが、大きな欠点があった。増え続ける移民に対応して町を広げようとすると、町をぐるっと囲む城壁を拡張しなければならない。


 そのコストはバカ高く、完成には多くの費用と時間がかかる。だが、移民たちは待ってくれない。限られた土地にいますぐ多くの人々を収容できる家が必要――という問題を解決するために建設されたのが集合住宅だった。


 だがそれらは間に合わせの安普請で、不具合が多かったらしい。新市街地にまともな住宅が完成すると、それらの多くは無人となり、ただ崩壊の日を待つのみとなっていた。


 すっかり夜のとばりが降りた旧市街地を、ふらりふらりと酔っ払いのように歩く男。その男に肩を貸していたクロエは、ちらちらと周りを伺ってから無人の集合住宅へと入っていった。


「――ここが拠点なのかな」


 俺は汚水の流れるドブ川の隣にあった集合住宅を見上げながらマルーに答えた。


「いくつかあるうちの一つだろうな。いままで捕まらなかったんだ、それくらいの用心深さはあるだろう」


 一仕事終えたクロエをここで待ち構えてもいいが、もし裏口があれば逃がすかもしれない。俺たちは闇にまぎれて集合住宅の中に入ることにした。


 投棄された家具やゴミが転がった中庭を横目に、外周の廊下を進んでいくと、先行していたマルーが足を止める。


 2階へとつながる階段の踊り場に男の姿があった。座ったまま眠ってしまったようで、足をだらんとして壁に寄りかかっている。


 マノンはいないようだな。まだ外か……?


 妹の急襲を警戒しつつ様子をうかがう俺たちの前で、クロエは男が持っている金品を手際よくくすねていく。


「これは……いりませんね」


 男のベルトについているポーチから出てきたのは回復薬の空き瓶だろうか。クロエはそれをぽいと投げ捨て、一緒に入っていた財布を開けるとにこりとほほ笑んだ。


「――さすがC級冒険者です。ホイホイついてきたときは『大丈夫かこのロリコン』と心配になりましたが、なかなかのリッチマンです」 


 そんなことをつぶやきつつ、クロエはきらりと目を光らせて、曲刀へと手を伸ばした。


「高く売れそうな剣ですね。これもいただいておきましょう。若き世代の礎となることこそ大人の義務。この剣もロリコンも本望でしょう――」


 曲刀を触ろうとした瞬間――男がクロエの手首を掴んだ。


「――コソ泥にはもったいない代物だ。触らないでもらいたい」


 クロエは「ひっ」と年相応の悲鳴をあげて逃れようとするが、男の手は微動だにしない。


「寝たふりをしていたのですか……!?」


 男はにやっと笑うと、床に転がっている小瓶を見る。


「睡眠耐性の効果があるアイテムだ。同じ手口ばかり使うのはやめたほうがいいぞ、こうやって対策されるからな」


「……罠、でしたか」


 これから自分がどうなるかを察したのか、かたかたと震えはじめるクロエ。男は目にわずかに同情の色をうかべて、低く響く声で言った。


「お前たちは少しやりすぎたな。けど、安心していい。俺の目的はお前の命じゃなく――お前たちが俺の雇い主から盗んだ『アレ』だ」


「……それはもう売りました。手元にありません。ないものは返せません」


 クロエがふいっと顔を背けると、男は「ははっ」と笑って――容赦なくクロエの鼻面を殴りつけた。


 ぱっと赤い花が咲くと、マルーが身を縮こませて俺の袖をぎゅっと握った。


「ホ、ホリィ……。 いいの……?」


 そうささやくマルーの気持ちは分からなくもないが、ただ殴られただけだ。俺が静観を決め込んでいると、ぽたぽたと落ちる鼻血を呆然と見ているクロエに男が言った。


「あれはダンジョンの外に持ち出してはいけない禁制品なんだ。そう簡単に売れるわけがないだろ……?」


 ――麻薬のたぐいか、それとも……。


 俺が『アレ』とやらの正体について思索していると、クロエが鼻を押さえながら言った。


「あなたの雇い主が誰なのかやっとわかりました。あの色情魔の魔術師ですね」


 何も答えず肩をすくめる男に、クロエは食いかかるように言葉を浴びせた。


「禁制品を持ち込もうとするような魔術師です。ろくなものじゃありません。あなたにいくら手付金を払ったのか知りませんが、残りを払ってくれる保証があるんですか?」


 懐から金貨を取り出し、それを男にわざとらしく見せる。


「これを差し上げますからお引き取りください。そして雇い主には、女たちには逃げられたと――」


 金貨が階段の上を何度か跳ねて、俺たちのところにまで転がってくる。手を叩かれたクロエが憎悪のこもった目で睨みつけると、男はゆっくりと首を振った。


「時間稼ぎには付き合わない。悪いな」


 男は曲刀に手を添えると、クロエの手をぐいと引き寄せた。


「や、やめ……」


 苦痛に顔を歪ませるクロエに、男は淡々と言う。


「これからお前の指を斬り落とす。それが嫌なら――そこに隠れているやつに出てくるように言え」


 マルーの手がびくっと震えて、俺の袖を強く引っ張る。


 ――気づかれていたか。


「……お前は出るな」


 マルーにそう耳打ちし、階段の前に出ようとした直前――


「マノン……!?」


 クロエの視線を追って中庭を見ると、両手をポケットに入れたマノンが月明りに浮かび上がっていた。


「ごめん……クロエ。見てられなかった……」


 はにかむように笑うマノンに、クロエは悲しむような喜ぶような複雑な表情で語りかけた。


「何してるんですか……。アホな妹だと思っていたけれど、まさかここまでアホだなんて……!」


 男は油断なくクロエを立たせると、曲刀に手を添えたままよく通る声でマノンに命じた。


「魔術師から奪ったアイテムはどこだ? 言わなければこいつの指を落とす。5、4、3、2――」


「ま、まって! ここにあるから……!」


 容赦のないカウントダウンに、マノンはポケットから黒いガラス玉のようなものを取り出した。ピンポン玉をひとまわり大きくしたようなサイズで、その中で渦巻く光の粒子はまるで銀河のようだ。


「――あれ、おばあちゃん婆さんの部屋で見たことがある」


「マジかよ婆さん禁制品だぞ……。で、アレは何なんだ?」


 思わず顔を向けると、マルーは自信なさそうに言った。


「たしか、『召喚のオーブ』だって」


「おいおい……。禁制品中の禁制品じゃねぇか」


 俺が口を半開きにしているあいだにも、事態は進んでいく。


「ソレをこっちに持ってこい。お前の姉と引き換えだ」


 男に深くうなづき返したマノンはそろりそろりと前に進んで、俺たちが身を潜めている廊下を横切る。


「ホリィ、あれ……!」


 マルーも気づいたようだ。マノンの左手……そこに、逆手に握られたダガーがあることに。


 真正面の男からはちょうど見えない角度だ。マノンは不意打ちするつもりなのか。


 しかし、男は確実にそれに気づいている。いつでも抜刀できるように、腰の曲刀をゆっくりと水平に傾けているのだから。


 ――まずいな。このままだと斬られる……!


「俺があの男を何とかする。マルーはオーブを抑えろ」


「で、でも……!」


 マルーは眉を寄せて、俺と男を交互に見る。「何とか」できるような実力差じゃないと言いたいらしい。


「大丈夫だ。策はある」


 俺は自分の左腕に彫られた魚をさすりながら、安心させるようにうなずいた。


「『召喚のオーブ』のほうが大事だ。絶対に落とすな」


 それでもためらうマルー。刻一刻とマノンは男に近づいている……。もはや猶予はない。


「……たのむ。『マルーだけが頼りなんだ』」


「……! うん、分かった! 私にまかせて!」


 笑みさえ浮かべたマルーから目を反らす。


 俺はまたマルーを……。いや、いまはよそう。


 マルーとうなづき合うと、俺は勢いよく階段の前に飛び出した。


 ――白刃が月光にきらめいたのは、マノンがダガーをくるりと持ち替えた瞬間だった。


 それは男の用心深さか。まずはダガーを払い、返す刀でマノンを斬ろうとする。刹那の連撃だったが、そのおかげで――まに合った。


「――ぐあっ!?」


 背骨に衝撃が奔ったかと思えば、すぐに灼熱が追いかけてくる。俺はあっけに取られているマノンを抱きしめたまま、階段の上で2回、3回と跳ねて転がり落ちて行った。


「ホリィ!? ――嘘……!」


 マノンの手から離れて宙に浮いたオーブを掴んだマルーが、泣きそうな顔で俺を見る。そんな顔をするな。そう思うが、痛すぎて喋る余裕もない。


 俺の腕から這い出たマノンが、横たわる俺を見下ろして掠れた声を出した。


「な、なんで……!?」


 ――なんでもクソもねぇよクソガキ。俺が中途半端なお人よしってだけだ。


 このまま気絶したい気分だったが、手をついてどうにか立ち上がる。背中の傷は深かったが、背骨が無事だったのは幸運だ。


「どういうことだ……?」


 血に濡れた曲刀をだらりと下ろした男が、気味が悪そうに俺を見る。どうやら俺が死んでないのが不服らしい。


 三者三様の視線が俺に突き刺さり、時が静止したように静まり返ったときだった。


「――失礼します!」


 完全にノーマークだったクロエが、ぶんと何かを振り下ろす。崩れた壁から拝借した泥レンガだ。


「あぐっ……!?」


 そう分かったときには、マルーの手からオーブがすっぽ抜けていた。


 ふたたび宙を舞うオーブ。頭を殴られたマルーが、おぼつかない足取りで手を伸ばす。なんとか掴んだ――そう見えた直後、


「渡しません――!」


 クロエがそれをかすめ取ろうとする。しかし、マルーの指からつるりと滑って――


「なんてことだ……!」


 男が額に手を当てたときには、オーブは階段の下で粉々に砕け散っていた。


「――まずい、マルー、退くぞ!!」


 俺がそう叫んだときには手遅れだった。オーブの中から零れ落ちた銀河がぐわっと広がって、奈落と化す。


 かたかた……かたかた……と、堅い何かが触れ合う音が夜に響く。


 闇を溜めた地の底から出てきたのは、動く白骨たち。ダンジョンの2層に出現する骨のアンデッド――スケルトンたちだった。

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