第20話 山嶺六月号
六月初め、僕たち二次元文化研究部初の会報誌「山嶺」が完成した。
「山嶺」はいわゆるコピー本でB5サイズのカラーコピー用紙を紐で綴じたものだ。
簡単な作りだけどこうして実物を手にすると感慨深いものがある。
ものを作るのはやはり楽しい。
料理以外で何かを作って楽しいと思えたのは初めてかもしれない。
「山嶺」の表紙は元美術部の目黒美々が担当した。
日本アルプスをイメージした山々のイラストはまさに山嶺という会報誌にふさわしい。それにしても目黒美々の絵のうまさには驚嘆させられる。
目黒美々は表紙だけでなく、丹下桜子が原作をつとめた漫画も掲載している。
漫画のタイトルは「誰もいない教室」で、いわゆるアポカリプスものだ。これがまあ漫画雑誌に載っていてもおかしくないほど面白かった。
山嶺の目玉作品といっても過言ではない。
目黒美々と丹下桜子は共同ペンネームで「さくら美々子」という名でこの漫画を掲載した。
僕の「巻き戻し探偵神宮寺京華の冒険」も当然ながら、掲載されている。
これは響子が挿絵代わりのグラビアを載せてくれたおかげでそれなりに読めるものになっている。
「誰もいない教室」と双璧をなす目玉作品は富士宮林檎のフォトエッセイだ。
パイプ椅子に座るだけで絵になる美少女富士宮林檎のフォトとエッセイが掲載された。
噂を聞きつけた友ノ浦生がこの山嶺六月号を欲しがっているという噂だ。
編集長である中村智和はまず七部を作成し、そのうち六部を僕たちに配った。
最後の一冊はこの部室にて保管される。
この日の放課後、僕たちはささやかながら山嶺創刊記念パーティーを開いた。
パーティーと言ってもそれぞれお菓子とジュース類を持ち込んだだけの簡単なものだ。
お菓子は満月ポン、おにぎりせんべい、カール薄味、ポテトチップスコンソメ味だ。飲み物はコーラにファンタオレンジ、台湾烏龍茶である。
このうちの二つは明らかに響子の好物が含まれている。すなわちポテトチップスコンソメ味と台湾烏龍茶だ。
響子には味の濃いものは烏龍茶で相殺されるという理論があるそうだ。
「それでは山嶺六月号の配布を記念して乾杯したいと思います」
編集長であり部長でもある中村智和が温度をとる。うむ、こういうリーダーシップがいることは彼が適任だ。
「それでは乾杯!!」
中村智和が紙コップをかかげるとそれぞれ乾杯と答える。
響子は僕の紙コップに自分の紙コップを当ててくる。続いて目黒美々が紙コップを合わせてきた。
「なかなか良い出来じゃないの」
ぺらぺらと山嶺六月号をめくり、富士宮林檎は感想を漏らす。
ある意味プロである富士宮林檎にそう言われるとけっこう嬉しい。
「これちゃんと印刷所にもっていったらコミックカーニバルに出せそうね」
続けて富士宮林檎は言う。
コミックカーニバルとはインテックス大阪で夏と冬に年二回開催される同人誌即売会である。いわゆるコミケ的なイベントだ。
コミケに対してコミカという愛称で呼ばれている。
コミックカーニバルは一回行ってみたかったんだよな。
「富士宮さんにそう言ってもらえて光栄です」
中村智和が大人びた返事をする。
「私は思ったことをいっただけよ」
富士宮林檎の言葉を聞いた丹下桜子はぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。
「コミックカーニバル私も行ってみたかったのよね」
響子が僕に顔を近づける。
皆の前では恥ずかしいのでちょっとやめて欲しい。
この日の響子はノーメイクで赤いフレームの眼鏡だけをかけていた。
響子の怖い顔も慣れてきたな。
これはこれでなんとなく愛嬌があるように最近では感じて来た。
「ねえ直人、今年の夏のコミックカーニバル行こうよ」
ほぼ顔を密着させたまま、響子は提案した。
「私も行きたい。佐々君、行きましょうよ」
目黒美々があの上目遣いで僕を見てくる。
今年の夏の予定が一つ決まりそうだ。
「いいわね。私もコミックカーニバル行くわ」
ふふっと思わず好きになってしまいそうな微笑みを富士宮林檎は浮かべる。
「富士宮さんもアニメとか興味あるの?」
僕は富士宮林檎にそう尋ねた。
コミックカーニバルは言わずと知れたオタクイベントだ。誰がどう見てもスクールカーストトップの富士宮林檎とオタク趣味は結びつかない。
「あれっ言ってなかったっけ。私もけっこうオタクだよ。鏡の幻想ミラーファンタジーもデジタルクロニクルも全部見てるよ」
富士宮林檎はそう言ったあとえへんと胸をはる。
そんな動作もまるで映画のワンシーンのような女子だ。
「あと直人、私のことも林檎でいいわよ」
富士宮林檎に下の名前で呼ばれてなんだか嬉しい気分になる。
「わ、私も美々って呼んで直人君」
目黒美々が話題に乗っかる。
この日、二次元文化研究部のメンバーは下の名前で呼び合うことになった。なんだか結束が強まった気がするな。
「コミックカーニバル行くならコスプレしたいわ」
響子が僕に顔を近づけたまま、そう言った。耳元でポテトチップスコンソメ味をポリポリと食べられる。なんだかASMRを聴いているみたいだ。
それにしても響子はいい音をたてて食べるな。
「ねえ、部長君。私から提案があるんだけどいいかな」
林檎が満月ポンを一口サイズに割って食べる。
満月ポンのイメージ萌えキャラみつきのコスプレを響子にしてほしいなと思っていた時だ。
「なんでしょうか林檎さん」
智和は常に冷静だな。
林檎を林檎と呼ぶのに緊張した様子はない。
「朗読劇ってのも部活動に入るかな?」
林檎は小首をかしげる。
やはり林檎は学校一の美少女だ。その動作すべてが可愛い。
「ええ、二次元文化研究部の活動範囲は広いです。もちろん朗読というのも入れていいと思います」
智和は快諾する。
朗読といえば林檎はVTuberのロメアと一緒に「銀河鉄道の夜」を朗読していたな。ロメアのカンパネルラはかわいくて、とてもよかったな。
「私、最近朗読にはまってるのよね。二次元文化研究部の活動でやりたいのよね」
林檎のプレゼンで、こうしてまた新しく二次元文化研究部の活動が一つ増えた。
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