第2話 猫の白玉
土曜日の十二時に南海湊駅にて待ち合わせることになった。
湊駅は僕の家の最寄り駅だ。
恐山響子は天王寺に住んでいて、そこから電車を乗り継いでくるという。
恐山響子が僕の家に来るのは元野良猫の白玉の様子をみるためだ。
僕は白玉きっかけで学校一顔の怖い女子恐山響子と知り合いになってしまった。
恐山響子はレディースチーム「ブラックスチームキャット」のリーダーだという噂がある。
ここでも猫がキーワードになる。
恐山響子には何かしら猫と縁があるということなのだろうか。
駅の改札で答えの出ない疑問を頭の中でぐるぐる回していると背の高い女子か改札から出てきた。
長い金髪を揺らして、恐山響子が改札口から出てくる。相変わらず剃り上げられた左側の髪がいかつい。
恐山響子は銀色のスカジャンにデニムのミニスカートというスタイルであった。足がとんでもなく長いのでミニスカートがよく似合う。竜の刺繍のスカジャンもよく似合う。だって顔が怖いから。
でもスカジャンの下はタンクトップのようで西瓜のような巨乳のか形がよくわかる。
駅の改札出口で待つ僕を見つけた恐山響子は駆け寄ってくる。揺れる巨乳から目が離せない。
恐山響子は顔は怖いが、胸は大きくて魅力的だ。
ぷるんぷるんと揺れる巨乳を見て、僕は思わず生唾を飲む。
恐山響子が近づいてきて分かったのだが、彼女は鞄を斜め掛けにしていた。鞄のストラップがおっぱいの谷間に食い込んでいた。
これは何のアピールなのだろうか。
「やあお待たせ直人」
恐山響子はぐいぐいと顔を近づける。
今日はいつもより近い気がする。鼻先が当たっているんですけど。間近でみるとやはり恐山響子の顔は怖い。なんで眉毛がないんだよ。
「いえ、さっき来たばかりだから……」
なんだか初めてのデートの待ち合わせしたときの会話みたいだ。
そう言えば妹のりん以外の女子と待ち合わせなんかするのは生まれて初めてだ。
僕の初体験の相手が顔の怖い恐山響子とは思いもよらないことだ。
僕のタイプは可愛らしいアイドルみたいな女の子なんだけどね。
「そうか良かった」
恐山響子は尖った犬歯を見せて笑う。
食べられそうで怖い。
「直人の家はここから近いのか?」
またぐいぐいと顔を近づける。
怖い顔をしているのに恐山響子はいい匂いがする。
「あ、歩いて十分ぐらいかな」
僕は答える。
「ふーんそうか。近くにコンビニってある?」
恐山響子は僕にそう訊く。
「家に行くまでにあるよ」
「そうか、お昼まだなんだよね。何か買っていっていいか」
「あっそうだ。僕もまだなんだ」
そう言えばお昼食べてないや。思いだしたらお腹がすいてきた。
家に行く途中のファミリーマートで僕たちはお昼を購入した。
恐山響子は明太子パスタとポテトチップコンソメ味、台湾烏龍茶を買っていた。
僕は大盛りとんかつ弁当を購入した。
恐山響子はスナック菓子を購入した。もしかして僕の家に長居するつもりなのか。
よくよく考えたらこのシチュエーションってエッチな漫画でよくあるパターンではないか。
ちょうど母親の美咲は仕事で妹のりんは部活でいない。
そのことに今さら思いがいたり、僕の心臓は勝手に速くなる。
いやいや、相手は学校一顔の怖い恐山響子だぞ。
うん、それはないな。
僕は無理矢理自分を落ち着かせた。
僕の家は湊駅から歩いて十分ほどのところにある十二階建てのマンションだ。
我が家は四階の西側だ。ちなみにワンフロアに三部屋だ。
僕は玄関の扉を開け、恐山響子を中に入れる。
「ここが直人の家か、ふーん」
恐山響子は細い目で玄関から中をぐるりと見る。なんだか裸を見られたみたいで恥ずかしい。
にゃあというわかりやすい猫の声がした。
とことこと白猫の白玉がリビングから歩いてきた。
「はあっ白玉!!」
恐山響子の喉から聞いたこともない女子の声が聞こえた。糸みたいな細い目で白玉を見つめている。
「元気だったか白玉」
恐山響子は甘ったるい声で白玉に話しかける。
でも顔は怖い。
「と、とりあえず中に入りなよ」
玄関にいるのもなんだし、僕は恐山響子を部屋の中に入れた。
「そうだな」
恐山響子は白玉から目を離さない。こいつ本当に猫が好きなんだな。そう言えば恐山響子の家では猫が飼えないんだったけ。たしか家族の一人が猫アレルギーらしい。
僕たちがリビングに行くと白猫の白玉があとをついてくる。
「お腹すいたからご飯食べよう」
僕が提案すると恐山響子は白玉を見つめたまま、そうだなと言う。なんだか心ここにあらずといった感じだ。僕よりもお昼ご飯よりも白玉を愛でたいという気持ちが溢れている。
まあ恐山響子にとって僕は白玉の飼い主でそれ以上でもそれ以下でもないのだ。
駅で勝手にドキドキしたのが恥ずかしい。
僕は冷蔵庫に行き、麦茶を取り出してコップに注ぐ。大盛りとんかつ弁当をレンジで温める。
「白玉、白玉、白玉……」
赤ちゃんをあやすような恐山響子の声がリビングに響いている。あのハスキーボイスとこの甘い声はどちらが恐山響子の本当の声だろうか。
リビングに戻ると白玉を膝に乗せた恐山響子は明太子パスタを食べていた。
「あれ、レンジで温めないの?」
僕が訊くと忘れてたという答えが返ってくる。
「ごめん、これ温めてもらえる」
どうやら膝に白玉を乗せているので恐山響子は動けないようだ。
レンチンを頼まれた僕は食べかけの明太子パスタをもってキッチンに向かう。
これって隠れてちょっと食べたら間接キスできるのではないか。
いやいや、あの顔の怖い恐山響子と間接キスしてどうするんだよ。
僕は自分で自分につっこみをし、明太子パスタを一分温める。
熱々になった明太子パスタを恐山響子の前に置く。
「サンキュー直人」
白玉のお腹を撫でてにやけている恐山響子に礼を言われた。
あんまり興味のない情報番組を流しながら、僕たちはお昼ご飯を食べた。大盛りとんかつ弁当は安定のうまさだ。僕はもう大人なのでとんかつに辛子をつける。
「きゃああははっ。白玉くすぐったい」
またまた恐山響子は甲高い声をあげる。一体ぜんたいこいつの声帯はどうなっているんだ。
声優は色んな声を使い分けられると言うが、それと同じ原理だろうか。
白玉は恐山響子の膝の上でたちあがり、彼女のおっぱいを前足でもみもみしていた。
白玉の前足で恐山響子のおっぱいの形が柔らかく歪む。なんと罪作りな猫だ。
僕は白玉を止めることなく、黙ってその光景を見た。とんかつにつけた辛子が鼻にきて、涙が出てきた。
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