迅狐隊と普通科中隊

正木は、迅狐隊の兵から下士官食堂へ呼出された。

下士官食堂には、迅狐隊の搭乗員のみならず、第1普通科中隊の軍曹以下の兵士、整備員まで待っていた。

正木は、全員から何かの文句を言われるかと、身構えた。


迅狐隊の操縦士の一人、沼田軍曹が正木に近づく。

「正木少尉、お願いがあります。南部に偵察に行かせてください」

正木は、沼田が何を言っているか分からなかった。

「どういうことだ」


迅狐小隊の菅曹長が説明した

「沼田軍曹の姪が、アニヴァに取り残されています」


この時、正木達の働きもあり、ロシア軍は樺太からの撤退を決定していた。

士官、下士官クラスは撤退できたが、兵卒は取り残された。

その兵たちは賊として住民に乱暴を働くようになっていた。特に、日系住民への迫害が強くなっているらしい。

しかし、樺太へ遠征してきた第11普通科連隊は、今までの混乱を理由に対応していなかった。


「言いたいことは分かった。しかし……」

突然、沼田は正木に近付いて来た。

殴りかかってくるのかと、正木は身構えたが、沼田は、正木の前で土下座して、頼みこんだ。

「お願いします。連隊本部は動いてくれません。正木少尉だけが頼みです」


『それはそうだろう。特に、迅狐隊の頼みなら余計に動かないだろう』

正木はそう思っていたが、口には出せなかった。

何も言えず、土下座する沼田を見つめるしかなかった。


突然、下士官食堂で席に座っていた兵士たちが立ち上がって、正木たちを取り囲んだ。

中の一人、大森曹長が前に出て来た。

彼は、この第1普通科中隊の兵士たちのまとめ役のような人物であった。

「俺たちからもお願いします」


軍曹や兵の横の繋がりは縦のそれよりも強い。正木はそれを以前から認識していた。

しかし、だからと言って、曲りなりとも少尉、士官として自由行動は許されない。


再び菅曹長は言った。

「今回のロシア軍の急な撤退は、私達、迅狐隊の責任もあります。動けるのは私達だけです」

その言葉で、正木は覚悟を決めた。


「分かった。沼田、軍法会議の覚悟はあるか?」

「はい。覚悟しています」

「よし。行くのは俺と沼田だけだ。一台で行く」


菅が大声を出した。

「俺たちも行きます」

「だめだ。迅狐隊として行くとなれば、許可に時間がかかってしまう。一台だけで、迅狐の実地評価としておけばゴマカシが効く。それに俺は評価斑つまり人身御供斑所属だ。文句は言われない」

『問題を起こさなければ』とは、追加しなかった。

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