原潜コロンビア

給養員の石原は、艦長に呼ばれた。

あの関班長が、ニコニコしながら艦長室へ呼ばれたことを伝えに来たので、自分が何かトラブルを起こしてのことではないと思っていたが、関班長が上機嫌の理由も分からなかった。


 * * * * *

石原は学生時代、暴走族だった。


彼が中学頃、カルシウムイオンバッテリーCBが発表され、今までのリチウムイオンバッテリー利用のスマホなどは、すぐに変わっていった。

このCBバッテリーは、従来のリチウムイオンバッテリーに比べ、数万倍の電力密度を持つ。

充電には専用設備が必要だったが、スマホなどの電気製品では、製品寿命が尽きるまで、充電も電池交換も不要だった。


無論、車もガソリン車からCB利用の安価なEV車へと変わった。

数年毎の定期検査の時に、電池交換すれば良いようになった。

バイクもその波に飲み込まれ、EV化が進み、その結果、ガソリンエンジンのバイクが低価格になり、昔ながらの暴走族が再び生まれ、石原もその暴走族に入った。

しかし、ガソリンスタンドが潰れていくに従い、暴走族にもEVが浸透していった。


彼ら暴走族の中でも『走り屋』と呼ばれる者はEVのバイクで楽しんでいたが、石原のグループは、あのガソリンエンジン音で騒ぐことが目的であったため、楽しくなくなり解散した。


石原は高校に入ると、入れ墨を入れた。

それで親から責められ、最終的には宣言された。

『高校を出るまで、面倒は見る。寝る所とエサは与える。高校を出たら親子の縁を切る』


それからは、はっきり言って、彼は親から犬猫の扱いを受けた。

言葉通り、高校を卒業すると、籍を抜かれた。

保証人のいない彼には、まともな就職口がなかった。


喫茶店でたむろしている時、防衛軍の人員募集チラシを見た。

食事と寝床は確保できそうなので、入隊することにした。

入隊はしたが、背中の彫り物のため、正式の防衛軍の部隊ではなく、創設されたばかりの実験部隊に放り込まれた。


彼としては、力作業の少ない経理を希望したが、学力的に無理なため、給食係つまり給養員になった。

配属先は海軍であった。

彼としては、頑張れば良いのは船の中だけのはずなので、給養員で納得していた。

 * * * * *


石原が艦長室に入ると、艦長と共に背広の人物がいた。

艦長は口を開いた。

「こちらは中山政務官だ」

「内閣府の中山です。よろしくお願いします」

彼は手を伸ばしてきたので、石原は反射的に握手した。

「は〜……よろしくお願いします」

しかし、石原は、何をよろしくするのか分からなかった。


わけの分からない石原に、艦長が説明を始めた。

「非戦闘員の石原海士に特別の依頼だ。命令ではないので拒否もできる」

「はい」石原はそう返事するしかなかった。


艦長の説明が続く。

「この任務は専任だ。しかし、給養業務を兼ねても構わない。関班長にも確認している」

『班長の名前が出て来た。彼は知っているというわけか。笑っていたということはろくでもないことか?しかし艦長や政府の役人まで絡んでいるとは?』

石原がそう思っていたが、極力、顔に出さないようにした。


艦長は構わず話を続けた

「知っていると思うが、目の前の艦隊は米第7艦隊の空母打撃群だ。海底には原潜もいる」

『原潜?原子力潜水艦も来ている?』


「戦争状態とは言え、日本国の領海に原子力の船舶を入れるのは米国も問題と認識しているらしく、原子力空母は接続海域上にいる。しかし原潜は領海内にいる。米国政府は原潜派遣そのものを認めていないがな」

『そんな政治的な問題に一介の給養員がなにができるのか?』


「その原潜、多分シーウルフだが、海底にいる。海底にいるというより、重りを付けて沈めた」

『沈めた?潜水艦を?』


「正確には、着底していた潜水艦の上から重りの付いたロープで押さえつけている。重りは総重量で一万トンを超える。排水量1万トン未満のシーウルフは浮かび上がれない」

『それが俺とどう関わる?』


「ここからは、中山政務官にお願いしよう」

中山は、笑っているとも困っているとも表現できる表情で話し始めた。


「簡単に言えば、石原さん、あなたにその原潜の降伏勧告をしてもらいたいのです」

さすがに、この言葉で石原は声を出した。

「私?原潜に?なぜ?私は英語をまともに話せません。英語のうまい人は何人もいます」


中山は、表現し辛い顔のまま、話を続けた。

「はい。それがあなたを選んだ理由です。専門家の意見では、流暢な英語で降伏勧告を行うと、強い反感を生むそうです。ですから、怒らないでもらいたいのですが、艦内で英語力の最も弱い人としてあなたを選びました」


艦長が補足する。

「この艦内には英語の達者な人物は何人もいる。米国で長年生活していた者もいる。しかし、彼らの英語より貴様の英語の方がよいのだ」


石原は、艦長が笑いを堪えながら話しているのを感じ取っていた。

『艦長と役人の前では断れないな。班長もこの話を聞いていたから笑っていたのだろう』


石原の頭の中に、あるアイデアが浮かんだ。

「よろしければ、艦内で応援を貰ってもよろしいでしょうか?」


中山が応じた。

「話すのがあなたであれば良いと思いますが、具体的にどのような依頼ですか?」

「英語の文章を作ってもらいたいのです」

「あまり複雑な文章でなければよいと思いますが?」


艦長が口を挟んだ。

「誰に依頼するつもりだ?」

「はい。関班長に作文をお願いしたいと思います」


艦長は石原をしばらく睨んでした。

「いいだだろう。許可する」


中山が不思議そうに尋ねた。

「その班長さんは英語が堪能なのですか?」

艦長は即答した。

「いや。石原海士より多少マシな程度のはずだ」


中山はまだ理解できずにいたが、艦長は苦笑いしながら石原に向かって言った。

「班長には私から伝えておこう。その方が良いだろう。潜水艦への通信の詳しいやり方は、通信班から伝える」


石原は元気よく答えた。

「有難う御座います。では失礼します」

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