前野康介と米国大統領

西山准尉が今度は静かにいう。

「目標全て破壊」

大画面でも、赤いマークが消えている。


後ろにいるお偉いさんへの手前、前野は西山准尉と雑談するわけにもいかないので、物思いにふけるしかなかった。


 * * * * *


前野康介は、防衛大卒業後、幹部候補生学校に入学し、順調に卒業すれば少尉になるはずが、防衛大卒業時の軍曹のまま、新設の実験部隊配属となり、今、ここにいる。


彼は、5年前、大学入試で失敗した。

防衛大しか受からなかった。また、他の大学への選択肢もなかった。


当時、米国で不動産を営んでいたカード氏が、米国大統領になった。

彼は、今までの政治手法ではなく、『今までの政治を変えて、米国を大国に戻す』と宣言し、SNSを活用して大統領選挙に勝った。


カード大統領の政策は、国外に対しては、一言で言えばジンゴイズムjingoismである。

自国の国益を保護するために、他国には高圧的、好戦的な態度で脅迫や、場合によっては武力行使を行うことであるが、彼はこれを交渉ディールと称した。

米国内へは、ポピュリズムpopulism、大衆迎合主義である。

選挙に勝つためだけのもので、簡単に言えば、場当たり的なハチャメチャな政治運営である。


米国内は、このカード大統領に賛同するグループと、反対するグループに分裂した。


この混乱は拡大し、米国は内戦状態に突入、また、各国へは相互関税引き上げなどで世界恐慌を引き起こした。


日本では、カード大統領が引き起こした世界情勢のドサクサで、国内のSNSを活用した大石誠が総理になった。

その大石は自衛隊を防衛軍に格上してしまった。

それに伴い、階級も一佐、二尉などのよく分からないものから、大佐、少尉、軍曹の昔ながらのものへ変わった。


日本からの米国留学は米国内の内戦で激少した結果、国内大学の入試レベルが爆上がり。

逆に、防衛大の受験人数は激下がり。


自衛隊が防衛軍になる前、前野康介は、大学受験の練習として秋に試験のある防衛大を受験した。

その後、他の大学も受験したが、防衛大以外は合格しなかった。

その上、世界恐慌の影響で彼の父親は失職。

母親のパートのみの収入となり、彼としても親に経済的な負担をかけない防衛大への進学しか選択肢が無かった。


彼は、中校生の時からオンラインゲームに、はまっていた。

シューティングゲームでも遊んでいたが、メインはRPGだった。

しかも大規模多人数同時参加型オンラインRPG『MMORPG』ではなく、数人規模の複数プレイヤー参加型オンラインRPG『MORPG』である。

MMORPGもやってはいたが、自由度が高すぎて、ゲームの目的が分からなくなるため、高校に入ってからは、MORPG中心であった。


しかし、オンラインゲームの世界では『tombo』の名前で、それなりに有名であった。

ゲーマーとして生きていくほどではなかったが、操作がうまく、全国大会でも常連の入賞者になっていた。

防衛大に入ってそのことが知られ、からかわれるようになった。

防衛大の4年間の経験で、からかわれても笑って済ませればなんとかなる事を学んでいた。


卒業の時もからかわれた。

しかし、防衛大卒業の時、4年間の経験は使えなかった。

卒業の時は偶然にも、今、隣にいる西山准尉が、当時は少尉だったが、形の上では助けてくれた。

助けてくれた形ではあるが、からかっていた正木と青島をその場で殴りつけた。

西山准尉が騒動を大きくしてしまい、前野の経験を生かせなかったわけである。


その結果、前野は幹部候補生学校に入れず、実験部隊に配属。

本来は、防衛大を卒業すれば軍曹、そして自動的に幹部候補生学校に入学して卒業すれば少尉になる。

しかし、前野は、軍曹のまま実験部隊に配属された。


実験部隊の正式名前は、『先端技術開発実験部隊』と、それなりのものだが『人身御供部隊』と陰口をたたかれている部隊である。

海の物とも山の物ともつかないあやふやな装置の実験をする部隊ではあったか、米国の宣戦布告で実地検証も行うこととなってしまった。

装置が故障するだけなら良い方で、下手をすれば、装置爆発でそのまま死ぬ可能性もあった。


要するに、配属といっても、隣にいる西山准尉と一緒に、問題ある部隊に放り込まれたわけである。

そして、開発されたレールガンの実地評価を兼ね、米国からのミサイルへの迎撃を行っているわけである。


西山から、『システムを改善せよ』とは指示されていたが、結果としてできたのは、イスをずらしたこととマウスをトラックボールに変えたくらいであった」

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