第6話 カフェオレと抹茶パフェ
調理実習の翌週,僕を取り巻く環境が大きく変わっていた。
なんともまあ,たくさんのクラスメイトから話しかけられること。
特に女子が多いので,かなり戸惑っている。
先週の調理実習で僕の腕前を見たからだそうだ。
『他にどんなお菓子作れるの?』だとか『レシピ教えて!』だとか,『何か食べさせて!』だとか質問やら要望やらマシンガンのように話される。
そんな僕の様子に笹宮さんが不機嫌になっているのを見て,『嫉妬してくれてるのかな?』という考えがよぎるが,自惚れも過ぎると自省する。
そんな1週間を終えようとした金曜日の昼休み。
5人で学食で食べるのも慣れてきた。
僕以外はお弁当だけどね。
「なあ,勉強会しね?」
拓也が突然話を切り出す。
「勉強会?」
「もうすぐ中間考査だろ。正直自信ないんだよなあ,俺」
うちの高校は2期制で,前期は6月に中間考査。夏休み明けの9月に期末考査がある。
そこそこレベルの高い進学校なので,1年生といえども考査の成績は進路に大きく影響する。
「でも,やるとしていつ,どこでやるん?」
君島さんの疑問も尤もである。
「私の家は・・・難しいかしら」
「私の家も・・・無理ですね」
桜さんも笹宮さんもしゅんとする。
「聡二のバイト先に長居するも申し訳ないしなあ・・・」
「日曜だったら僕んちでもいいよ?」
「え?」
4人が顔を上げて僕を見る。
「土曜は・・・試験前はさすがに時間を短くしてもらうつもりだけどバイトがあるし。日曜なら全然OKだけど」
「・・・いいの?」
笹宮さんが申し訳なさそうに聞いてくる。
「いいよ?でもさすがに手作りお菓子は無理だけど。飲み物ぐらいは出すさ」
「おお,ありがとう!心の友よ!」
お前はジャイアンか。
「お前はジャイアンか」
おっとうっかり心の声が漏れてしまった。
「じゃあ,早いけど明後日からやる?3回もやれば何とかなるだろうしね」
「ああ。じゃあ詳しい時間はLINEで相談するか。で,聡二の家って・・・」
「まどかが知ってるでしょ?」
桜さんの一言で笹宮さんに注目が集まる。
「買い出しの時に行ったんでしょ?」
「う,うん・・・」
「じゃあ,4人でどっかに集合して,笹宮さんに案内してもらうといいよ。詳しい時間もそっちで決めて,後で教えてくれればいいから」
「おお,ありがとう!心の友よ!」
「お前はジャイアンか」
これを天丼と言うらしい。
「いらっしゃいませ!」
翌日,土曜の昼下がり。
いつものように,亜美さんが元気にお客さんに挨拶する。
僕は別のお客さんのオーダーに対応していたので玄関の方が見られない。
「あ,あの・・・」
「1名様ですか?」
「は,はい・・・」
「カウンターでよろしいでしょうか?」
「は,はい・・・」
どうやらお客さんは笹宮さんのようだ。
「お冷やとおしぼりです」
「あ,ありがとうございます・・・」
「ふふっ。ホント可愛いっ!」
「・・・」
「今日は何?聡二君に告りに来たの~?」
「えっ?」
あまりの爆弾投下に心臓が止まりそうになる。
さらに亜美さんが僕を『少年』とは言わず名前で呼んだことにも驚きだ。
「ダメだよ~,仕事中は」
「いえ,いえっ,その告白とかそう言うんじゃなくて・・・」
「違うんだ?」
「・・・謝りたかったんです」
え?
オーダーを確認しながらも,聞き耳を立ててしまう。
「謝る?」
「は,はい・・・」
「んー,分かった。少年!」
「は,はいっ」
「カウンター1番様オーダーよろしく!テーブル対応交代するわっ!」
「は,はいっ!マスターテーブル3番様レイコー2つ,ホットサンド1つお願いします!」
さて・・・。
「ご注文は・・・あっ!」
「どうしたの?」
「ごめん。今日の日替わりケーキ,売り切れちゃってた・・・」
「あ・・・」
笹宮さんはとても残念そうにしている。
毎回楽しみだったんだな。
今日のミルフィーユも凄かった。
「で,でも,季節限定メニューもあるし!」
「季節限定メニュー?」
「うん。今『抹茶フェア』やってるんだよ」
「抹茶・・・」
「苦手?」
「いえ,その逆で・・・,習い事で茶道もやってますし」
「おおう。噂通りのお嬢様だったんだ」
「そんな大層なものじゃないです。まあ,華道とか日舞とかもやってますけど・・・」
「パーフェクトだね」
「やりたくてやってるわけじゃ・・・」
「・・・悪いこと聞いた?」
「あ!ううん,気にしないで!嫌々って訳でもないですし」
「そうなんだ?」
「うん!・・・じゃあ,抹茶パフェとホットカフェオレいただこうかなっ!」
陽気に注文する笹宮さん。
僕にはその姿が無理してるようにしか見えなかった。
「わあ・・・」
こんもり盛られた抹茶パフェを見て,目を輝かせる彼女。
少し元気が出たようだ。
「どうぞごゆっくり」
そう言って僕がカウンターを離れようとしたとき。
「ま,待って!」
「・・・どうかした?」
「あ,あの,今日は謝りたくて来たんです・・・」
そう言えばそんなこと言ってたっけ。
でも,謝られるようなことをされた記憶はない。
せいぜいクラスの女子と話しているときに睨まれたことぐらいだしなあ・・・。
でも『謝る』のだけはやめて欲しい。
「ごめんなさい!」
「・・・何が?」
「あ,明日の勉強会,楢崎君のお家でやることになっちゃって・・・」
「どうして謝るの?」
「本当だったら,私の家の方が広いし,部屋数も多いし,余裕あるのに・・・」
「それが?」
「ま,前に少し話したけど,両親とうまくいかなくて・・・」
「それこそなんで謝る必要があるのさ。僕の家で勉強会することは,笹宮さんの家庭の事情とは関係ないよ?」
「でも・・・」
ああ,そうか。
なんで彼女に惹かれるのかようやく理解できた。
確かに容姿は綺麗だし,人当たりのいい性格だけど・・・。
彼女は僕と同じ『闇』を持っているんだ。
住む世界が違う,と以前は思ってた。
でも。
初めて会話をしたあの日。
彼女の中の『闇』を感じたから,少しでも和らげてあげたくて,僕はシュークリームとカフェオレを振る舞ったんだ。
『闇』に背を向けて逃げている僕と,『闇』を抱えながら張り詰めて生きている彼女。
向かう方向は逆でも,大元は同じ。
だから,『同情』したのか?
『恋』ではなかったのか?
自分の感情がグチャグチャになりすぎて,彼女にどう声を掛ければいいのか分からなくなっていた。
「私が,ちゃんとしてれば・・・」
「だから関係ないって言ってるだろ!」
僕は何を言っている。
そんな大きな声,出したことあるか?
「ご,ごめ・・・」
「だから謝るなって言ってるだろ!」
なんで僕は怒鳴ってるんだ?
パカン。
トレイで頭を叩かれる。
「亜美さん・・・」
「少年,そこまでよ」
「あ・・・」
店内のお客さんの視線が僕に集まっている。
「大変申し訳ありませ~ん!ただの痴話喧嘩です~!」
亜美さんが明るく言い放つ。
何事かと見ていたお客さん達から失笑と生暖かい眼差しが向けられる。
僕は震えが止まらなかった。
「・・・えっと,笹宮さん」
マスターが笹宮さんに話しかける。
「はい・・・」
「パフェのアイスが溶けてしまったね。今作り直すから」
「で,でも・・・」
「味は保証するよ?」
「ごめ・・・,いえ,ありがとう,ございます」
笹宮さんがゆっくりとカウンター席に腰掛ける。
「楢崎君」
「・・・はい」
もうクビだろうか?
「今日はもう上がっていいから,少し休憩しなさい。彼女が食べ終わったら,家まで送ってあげなさい」
「でも・・・」
「これは『店長命令』だよ?」
「・・・はい」
「来週からもよろしくね」
「・・・!」
涙が,溢れて,止まらなかった。
「こら,お客様の前で泣くな!早くバックヤードに行きなさい」
亜美さんに優しく声を掛けられる。
僕はバックヤードに戻り,制服を着替えることもなく,膝を抱えて大泣きした。
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