第5話 カフェオレとクレープ(後編)
小麦粉に卵と牛乳,少しバニラエッセンスを加えて泡立て器で混ぜる。
ポイントは混ぜすぎないこと。
混ぜすぎたり温度が高くなってグルテンが多くなると,もっちりとなりすぎてしまう。
だから小麦粉も卵も冷やしておいた。
クレープだとそんなに気することでもないけれど。
「「「・・・」」」
ダマがなくなったのを確認して,ラップを掛けて冷蔵庫で寝かせる。
本当は一晩寝かせると,もっと美味しくなるのだが,今日は調理実習なので割愛する。
「「「・・・」」」
生地を寝かせる間に,イチゴとバナナをスライスして塩水に浸す。
これは変色を遅らせるためだ。
「「「・・・」」」
「あの・・・」
無言で僕の作業を見つめている3人に声を掛ける。
「さっきから僕一人でやってるんだけど?」
そうなのだ。
拓也も君島さんも,桜さんでさえ黙って見てるだけ。
ついでに言うと笹宮さんは,そんな3人の様子をお腹を抱えて笑っている。
声こそ上げないが,涙目になってるんだけど。
「いや,だって,あまりにも手際が良すぎて,何を手伝えばいいのやら」
「予想してたのと次元が違う・・・」
「こんなの練習すれば誰だって出来るよ」
「「いやいやいや」」
拓也と君島さんが声を揃えて言う。
本当に息もピッタリだなだな。
拓也に聞いた話では,二人は幼稚園からの幼馴染みで,中二の頃から付き合ってるらしい。
羨ましい限りである。
時間は短いが,生地を取り出す。
そこへ電子レンジでチンした溶かしバターをゆっくり混ぜ込む。
分離しないように気を付けながら丁寧に。
「・・・まどかは知ってたの?楢崎君の腕前」
桜さんが笹宮さんに聞く。
二人は昔からの親友なんだそうだ。
「・・・知らなかったです。前に手作りのシュークリーム食べさせてもらったことはあるけど,実際に調理をしているところは初めて見ます」
「シュークリーム?」
「うん」
「それって作るの凄い難しいんじゃないの?」
そうなのだ。
シューは上手く膨らませるのが難しいので,初心者にはかなりハードルが高い。
「しかも,カスタードクリームになんか入ってて」
「クルミだよ」
「あ,そうだったんですね。もの凄く美味しかったです」
「ありがとう」
大きめのフライパンを弱火に掛けて,油を薄く引く。
「「何それ食べたい」」
またも拓也と君島さんが声を揃えて言う。
「ここのオーブンじゃないと上手く焼けないから,各クラスの調理実習が終わったらね」
「おおう」
お玉で生地を流す。
ボール紙を切った物を消毒し,それを使って生地を円形にのばす。
「・・・お店で見たやつだ。」
「そういえば,あの時もここでシュークリーム作ってたんですか?」
あんまり深掘りすると,自分が泣いてたのバレちゃうのに,笹宮さんが聞いてくる。
「・・・実は智子先生は母の従姉妹なんだ。僕の後見人でもある」
「そうだったんですね・・・」
「無理言って,たまに調理室借りてるんだ」
「じゃあ,聡二の調理スキルって智子先生直伝か?」
「いやあ,智子先生の専門は被服だよ?」
「へえ・・・?」
長い竹串で生地をそっとめくり裏返す。
「じゃあ,楢崎君のお菓子作りの先生は誰?」
君島さんの質問に,どう答えたものかと少し逡巡する。
「地元の・・・行きつけだったの喫茶店のマスターの奥さん」
「はあ・・・」
「最近はバイト先の喫茶店のレシピをマスターしようと頑張ってるんだけど・・・」
「え?楢崎君,喫茶店でバイトしてるの?」
「うん。週4日ね。後でみんなにもお店の名刺あげるから,是非遊びに来て」
「うん・・・」
桜さんも,拓也も君島さんも喜ぶが,何故か笹宮さんは頬を膨らませていた。
何で?
「ほら,一枚焼けたよ。みんなもやってみなよ」
「「「「え・・・」」」」
4人とも絶望的な表情をしていた。
少し破れたりもしたが,みんなで挑戦してなんとか10枚焼くことが出来た。
粗熱を取って,冷蔵庫で冷やす。
その間に生クリームを泡立てる。
大きいボウルに氷を入れて,その上に少し小さいボールに生クリームを注ぐ。
味付けは粉砂糖。
泡立て器に角度をつけて,小気味良く泡立てていく。
「機械,使わないんだ・・・」
「みんな使ってるぜ?」
「うーん。まあ機械を使った方が早いんだけど,ムラが出来ちゃうし,人力でやった方が滑らかに仕上がるしね」
「はいはい楢崎先生,質問です!」
「何だね君島君」
とりあえずノってみる。
「美味しいお菓子作りのコツを教えてください!」
「いい質問だね君島君。美味しいお菓子作りのコツは・・・」
「コツは?」
笹宮さんも桜さんも,拓也まで真剣な表情だ。
「分量を正しく量ること」
「え?」
「失敗する原因は,だいたい材料の分量間違いだよ。目分量でやったり,余計な隠し味を入れようとしたり」
「あー・・・」
どうやら君島さんは心当たりがあるようだ。
角が立った生クリームを絞り器に入れる。
冷蔵庫から取り出した生地に生クリームを絞る。
「おお,プロの技だな」
「でもここって巻いたら見えないとこなんじゃ」
「気持ちだよ,気持ち」
一枚目はイチゴを乗せて。
昨晩作って置いたイチゴソースをスプーンで回しかける。
「端から破れないように丁寧に巻いて・・・完成!」
「わあ・・・」
桜さんがうっとりした声を上げる。
「お店で売ってるやつだ・・・」
君島さんも喜んでくれている。
「じゃあ次はブリーベリーだね」
同じように生クリームを絞り,ブルベリーを散らして,自家製のブルーベリージャムを回しかける。
「おおおっ」
拓也が歓声を上げる。
「はい出来た。今度はバナナチョコだ」
生クリームを絞り,バナナを並べる。
巻いたときのことを考えて,端の方は少なめに。
湯煎した生チョコを高い位置から回しかける。
生クリームが溶けないように注意しながら。
「出来たよ」
「え?これ,あたし食べていいの?値段はいくら?」
「いやいや材料費はみんなで出し合ったでしょ」
「いや,その技術料?」
「それならうちの店にお金落としていって下さい」
5人で笑い合う。
「さて,次にリンゴだね」
「・・・」
笹宮さんがゴクリとつばを飲み込む。
「生では使いにくいので,夕べ煮ておきました」
冷蔵庫からタッパーを取り出す。
「これってアップルコンポートってやつ?」
桜さんが聞いてくる。
「そんな立派なもんじゃないよ。・・試食してみる?」
「「「是非!」」」
笹宮さんだけはは声を出さずに頷くだけだったけど,口元がもの凄く緩んでいた。
口を開けたら涎を垂らしそうなので,可愛らしかった。
「どうぞ」
煮たリンゴを一切れ取り出し4つに小さく切り分ける。
爪楊枝を刺してみんなに振る舞った。
「「「「いただきます・・・」」」」
一人一切れずつ口にする。
「・・・」
「う,美味すぎる・・・」
「ほ,ほ,ほ・・・」
君島さんはもう何を言ってるか分からない。
「楢崎君,これって・・・」
「笹宮さん,気が付いた?」
「うん。お店のアップルパイの中身にそっくり・・・」
「なるべく近づけたんだけど,完全に再現は出来なかった・・・」
「でも,私は好きです」
3人がギョッとする。
「この味・・・」
笹宮さんが真っ赤になり俯く。
可愛いやら可笑しいやらで,思わず声を出して笑ってしまった。
気が付けば,僕らの調理台の周りには,他の班の生徒達が大勢,興味深げにのぞき込んでいた。
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