騎士隊長と給仕の彼〜女らしくない私なのに、どうしてこの子は執心してるの!?〜

杜野秋人

一章【辺境騎士団ゴロライ分隊】

01.はじまりは告白から

「ずっと好きでした!お付き合いして下さい!」


 酒場の喧騒の中、その声はいやにはっきりと響きわたった。


「え…………」


 言われた彼女は、驚きに固まってしまって咄嗟に反応ができない。


「おっなんだ?公開告白か?」

「よう兄ちゃん勇気あるじゃねぇか!」

「いいぞもっとやれ!」

「返事はどうしたよ、騎士隊長・・・・さんよォ!」


 周囲の酔客たちがニヤついて口々に囃し立ててくる。そんな中、真っ赤にした顔を下げて右手を差し出す彼と、その彼を見たまま固まってしまった騎士隊長だけが、微動だにしなかった。


「えええええ——————っ!?」


 やがて発せられた騎士隊長の声は、それまでのどの野次よりも大きく響きわたったのだった。




  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




 辺境の町、ゴロライ。

 西方世界の西のはて、アルヴァイオン大公国の国内に四つある“国邦カントリー”のひとつ、カムリリアの北東の隅にある人口約二千人ほどの小さな町である。カムリリアと、同じく国邦のひとつであるアングリアとの国境沿いに位置していて、しかも両国邦を結ぶ街道からは少し離れた、まさしく辺鄙へんぴな田舎町。

 かつてこの両地域は、互いに独立した地域であった。それぞれで個別に小国が乱立し、互いに覇権を争っていたが、やがてアングリア側の各国で連合や統一が進みひとつのアングリア・・・・・・・・・となり、統一の遅れたカムリリアへと攻め込んだ。

 当時まさに統一寸前だったカムリリアでは、統一に王手をかけていたグウィネズ公国に抵抗する勢力もまだ多かった。ゆえにカムリリア側はアングリアの侵攻に対して組織的、団結的な抵抗ができず、あっという間に瓦解した。そうしてなす術なく、アングリアの支配下に取り込まれたのだ。


 それからおよそ五百年。最後の独立運動を指揮した英雄である“最後のカムリリア大公”グリンドゥールの滅亡から数えても二百年以上が経過した今となっては、カムリリア側に独立の機運や気概はもはや無い。

 だがそれでも矜持まで征服されてなるものかと、カムリリア各地は古来の伝統やしきたりを守り、独自の言語体系を維持し、アルヴァイオン大公国の中心地であるアングリアに対抗してきた。


 ゴロライはそんな、因縁ある国邦同士の国境にある町である。かつてのカムリリア、ファドク王国の旧領にあたり、幾度もアングリア領になったりカムリリア領になったりしながら、最終的にカムリリアの勢力圏として落ち着いた。

 だからこの地には辺境防備のための辺境騎士団が存在する。騎士団そのものは街道筋の主要都市チェスターバーグに本部があるが、このゴロライにも分隊が常駐しているのだ。

 もはや同じアルヴァイオン大公国の一員であり、カムリリアとアングリアとで戦争になることもないはずだが、それでもこの辺境騎士団が廃止解散することはない。彼らはカムリリアの領土だけでなく、矜持までも守っているのだから。


 その誇り高き辺境騎士団ゴロライ分隊の隊長が、たった今告白された当人である。名をパッツィという。


「ヒュウ〜!隊長さんも隅に置けねえなあ!」

「なんだよアーニー、お前そんな男女・・が好きだったのかよ!」

「まあ人の好みはそれぞれだって言うけどよ」

「俺だったらフィーリアちゃんの方にしとくけどな!」

「「「いや誰もお前の好みは聞いてねえ!」」」


 小さなゴロライの町では、公衆の酒場もこの一軒だけである。観光名所も政治的重要性もなく、街道からも逸れたこの町では遊ぶ場所も宿もない。だから今ここで飲んでいるのは、近隣の山で狩猟や林業を営む住人か町の生活を支える仕事の従事者か、もしくは騎士団の分隊員だけだ。

 アーニーはそんな町に住み着いたアングリア人である。もう何年も住んでいるため町の住人のひとりとしてすっかり顔なじみだ。彼は5年前に成人してからずっと、この酒場の給仕として働いている。

 そしてパッツィは16歳で辺境騎士団に入隊してから7年、異動することなくこのゴロライの分隊に所属している。当時の分隊長に気に入られ、分隊長が本部に栄転になった約1年前に後継指名されて分隊長の地位を引き継いだ。


「いやいや待ってくれ、何かの間違いだろう?町の娘なら誰でもアーニーの妻になりたがるだろうに、なんでよりにもよってこの私なんだ」

「そうだそうだ!」

「いや本人の目の前で同意しないでくれ!」

「「「当の本人アンタが今認めたじゃねえか!」」」


 パッツィは入隊してからずっと、男所帯の分隊で孤軍奮闘してきた。最初は淑やかで礼儀正しくたおやかな女性だったのだが、女だからと舐められないよう虚勢を張り、男社会で生き抜いてきた結果、今ではすっかり男勝りを超えてほぼ男・・・とまで揶揄されるほどになってしまっていた。

 ゴロライは小さな町とはいえ、そこに生活する人がいるのだから女性も当然住んでいる。人口比率的には老若問わず男性が多いとはいえ、若い女性だって選べないほど少ないというわけでもない。そしてアーニーは今年20歳で、スラリとした細身の、笑顔爽やかな好青年である。物腰も穏やかで怒るところを誰も見たことがなく、酒場で酔っ払って暴れる酔客のあしらいも上手い。間違いなくこの小さな町では五本の指に数えられる好物件・・・なのだ。

 それがどうして、男女と揶揄されるような騎士団分隊長などに告白なんてしているのか。何度考えてもどう頑張ってもパッツィには意味が分からない。一体どうしてこうなってしまったのか。


「確か、分隊長が女らしくないって話をしてましたよね」


 入隊3年目の若手騎士、ウィットが声を上げた。


「最初はどこのお貴族様のご令嬢かよ、って感じだったんだけどな」


 分隊に五つある小隊の、第二小隊長オーサムが言う。彼は分隊でも古参のひとりで、実質的にNo.3の実力者である。


「それが今や見る影もなくなっちゃってるものね。アタシ悲しいわあ」


 さらにもうひとり、身をクネクネさせながら嘆息するのはトラシュー。年齢も経歴も、それどころか性別までもよく分からない謎の人物だがこれでも分隊員である。巷では彼の正体を調べると消される、とか何とか。


「で、分隊長このままじゃ結婚できませんよねどうするんです?って話になってましたよね」

「いや私は君のそのデリカシーのなさこそ問題だと思うんだがな?」


 最後にウィットがもう一度話を引き取って、すかさずパッツィにツッコまれた。

 確かに、本人でしかも上司である相手に面と向かって「女らしくないから結婚できない」などと言い放つのは充分問題であろう。まあパッツィは上下関係にはさほどうるさくないので、だから彼もこうして軽口を叩いていられるのだが。


「だいたいっすね、分隊長って確かに美人だとは思うんすけどね。仕事終わりに毎度エールをジョッキで呷って『プハァ〜ッ!』ってやるでしょ。あれマジありえないっていうか」

「何を言う。仕事終わりのあの一杯こそが至福なんじゃないか」

「ほらそんなこと言うし。言動がいちいちくさい・・・んすよ」

「お…………オッサン……」

「それに分隊の合同鍛錬の時に休憩するのだって、地べたに足広げて座るっしょ?」

「そ、そんなものみんな同じだし、ズボンなのだから何も問題ないだろう?」

「フィーリアはきちんと足揃えて座るじゃないっすか」


 フィーリアは今年入隊した新人騎士である。パッツィ以来約7年ぶりの女性騎士ということで、先輩隊員たちにやたら可愛がられている。まあ、そのおよそ半分は女を見る目で見ているわけだが。

 そしてフィーリアとの違いを指摘されると、パッツィには返す言葉がなくなってしまう。


「んまあ、パッツィちゃんはある意味仕方なかったのよねえ。男所帯に久々に入った女の子だったんですもの」

「え、トラシューは女だろう?」

「いや男だろ」

「男っすよね」

「んまあ、イヤねえ不粋な人たちって。乙女の秘密を暴こうだなんて」

「「だから乙女じゃねえし」」


 いくら言動が女っぽくても、トラシューは騎士らしく身体もゴツいし肩幅も広い。なんなら顎にはヒゲの剃り跡まで見えるしで、どう見たって男である。


「全然、今まで違和感なんてなかったのに……」

「うわ認知まで狂ってるんすか」

「重症だな」

「それはさておき、アーニーちゃんへのお返事、どうするのかしら?」


 トラシューに言われてハッとして振り返ると、右手を差し出したままのアーニーがプルプル震えている。その彼の周りに群がる野次馬たちが彼の肩を叩いて「無視されて可哀想に」「賭けは俺の勝ちな」「気を取り直して次行こうぜ」とか何とか慰めている。……いるのか?


「あっ、す、済まないアーニー!決して無視していた訳じゃ」

「いえ、いいんです分隊長さん。僕の方こそ困らせてしまってすみません」


 詫びなければならないのはパッツィの方なのに、逆に謝られてしまっては立つ瀬がない。かといってパッツィには、この告白を素直に受け取れない事情もあったりする。


「急な話で分隊長さんも驚かれたと思います。けど僕、本気ですから。お返事はいつでもいいので、お心が決まったら聞かせて下さいね」


 アーニーはそう言うと、パッツィの返事も待たずに踵を返してしまう。そうして彼は忙しなく働いているもうひとりの給仕、猫人族ケット・シーのミリに声をかける。


「ごめんね、仕事に戻るよ」

「そろそろ呼びに行こうかと思ってたニャ!」

「頑張ってくれてありがとう。あとは任せて」

「助かるニャ!」


「……フラれたわね」


 虚しく手を伸ばしたまま声も上げられずに固まるパッツィを見て、トラシューがポツリと一言。


「あーあ、分隊長にもようやく花咲く季節が来るかと思ったのになあ」


 そう呟くウィットには、自分がその貴重な機会を潰してしまった罪悪感など微塵もなさそうだ。


「よし!分隊長、ヤケ酒なら付き合うぜ」


 オーサムがそう言ってジョッキを掲げた。自分に非はないとでも言わんばかりだ。


「——ええい!こうなったらもう飲むぞ!食うぞ!アーニー、追加注文を頼む!」

「はーい!少々お待ちを!」

「……あのやり取りのあとで、よく彼を呼べるっすよね」


 ヤケを起こしたのか、パッツィが注文を取って回るアーニーに声をかける。そしてウィットにボソリと突っ込まれたのだった。

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