第2章 六角の扉と地上の声
「これは、わたしたちの“影”です」
その言葉を聞いた瞬間、カルラの中の何かがわずかに揺れた。
砂の平原にポツンと立つ、日干しレンガの建物――そこが、先住集落の語り部、ナイラの住まいだった。
彼女は銀髪の長い編み込みを肩に垂らし、手のひらに細い石棒を握っていた。
「六芒星? そう呼ぶのは、あなたたちの世界の言葉ね。
わたしたちは、あれを“六つの門”と呼ぶの。風、火、水、塩、夜、そして心。
六つの力が合わさる場所は、見えない声が流れる」
「それって……神話の話、ですよね?」
ユウタがやや慎重に尋ねた。
ナイラは微笑んだ。
「神話って、聞くたびに形が変わるの。
でも、語りつがれて残るのは、“本当に大事な音”だけ。
あなたたちが探してるのも、その音じゃないの?」
カルラは一歩、踏み出した。
「……わたしたち、六芒星の中心から、微かな振動を感じたんです。
音のようなもの。まだ意味はわからないけど」
ナイラはうなずいた。
「砂が話すには、静かにしていなければいけない。
音は、耳よりも胸で聞くものよ」
語り部の部屋には、奇妙な道具がいくつもあった。
ヒトの形をした木彫り。石のプレート。小さな貝を繋いだネックレス。
そのなかに、ひとつだけ、六角形をかたどった皿のようなものがあった。
「これは“門の標(しるし)”。
私の祖母が、風の時代の話を語るときに使ってた。
この模様、ほら……あなたたちの写真と、似てるんでしょう?」
イサベルがスマホを取り出し、六芒星の航空写真を並べる。
似ていた。
形だけではなく、中心から外へ向かう“螺旋線”が、一致している。
「これって、伝承の中でどう使われてたんですか?」
ルーカスの問いに、ナイラはそっと口を開いた。
「これは“歩くもののための地図”――星ではなく、人の記憶をたどるための道しるべだったの。
あなたたちは、線の形ばかり見ている。でも、線がなぜそこにあるのか、考えたことはある?」
カルラはハッとした。
「……誰が、どうやって、どこへ向かうために、描いたのか」
「ええ。
だから星図は、見るものではなく、歩くものなのよ」
その帰り道、カルラは手帳の余白に一行だけメモを書いた。
“六芒星は地図ではなく、扉だった”
その言葉が、胸のどこかに引っかかったまま、消えずに残った。
それは、科学ではまだ開かない扉。
でも、誰かが語り継いだ“声”が、鍵になるのかもしれなかった。
◆ 六つの門(むっつのもん)
先住コミュニティにおいて「六芒星」に対応する六つの自然・精神的属性を表す概念。
それぞれの“門”は以下の象徴を担っている:
風(かぜ):移動・変化・通信
火(ひ):情熱・創造・破壊
水(みず):感情・記憶・浄化
塩(しお):時間・記録・保存
夜(よる):無意識・夢・内省
心(こころ):意志・共鳴・選択
◆ 門の標(しるし)
先住語で「Ch’aki Uma(チャキ・ウマ)」=乾いた水という言葉で呼ばれる、六角形の器状の聖具。
風の時代(=変化と移動が頻繁だった頃)の語り部たちが使っていたとされる。
地図ではなく、「物語を始める前に置かれる“印”」とされている。
◆ 語りの図形(かたりのずけい)
先住民文化の中で、言葉を持たない“図形や模様”によって物語や伝承を伝える方法のこと。
口頭ではなく、織物・土器・石器・地上絵などに刻まれ、特定の“順路”をたどることで語りが展開される。
◆ 歩く星図(あるくせいず)
カルラがこの章で気づいた、星図の新しいとらえ方。
線は“観察するもの”ではなく、“体験するもの”――つまり、誰かが歩いた軌跡そのものが星図となるという概念。
◆ 地上の声(ちじょうのこえ)
科学的には“振動”や“ノイズ”と呼ばれる信号を、先住の視点から「大地に宿る記憶」または「沈黙の言葉」として読み取る概念。
耳ではなく“胸で聴く”ことで、その存在に気づくとされる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます