第10章 無限六芒星の断層
黎明。
アタカマの空は、まるでひと筆で描かれたような群青色に染まり、ゆっくりと朝を迎えていた。
「LiDARスキャン、範囲指定完了」
ユウタの声が冷たい空気を割る。
「ドローン、高度25メートル。レーザー測距スタート」
レーザーパルスが静かに大地をなぞっていく。
見た目には変化のない地面に、仮想空間のレイヤーが少しずつ積み重ねられていく。
「ORBIS、反射データ解析。異常構造が見つかったら即報告して」
「了解。……処理中」
カルラはテントの中で待機しながら、ORBISの声に耳を傾けていた。
昨日までよりも、どこかその声がぎこちなく感じたのは、気のせいだろうか。
「……カルラさん。地下に、明らかに人工的な六辺形構造が確認されました。
幅220メートル、高さ変動あり。角度は正確な60度と120度。
ただし、形状が“閉じない”。六角の外周が、一方向へ連続して拡張されています」
「拡張……?」
「はい。“無限六芒星”と仮称します。規則的でありながら、終点が存在しない。
これは、私のナレッジベースに一致する類型が存在しません」
同じ頃。
別テントではイサベルとルーカスが現地民俗資料を整理していた。
「これを見て」
ルーカスが指差したのは、地元の紙幣サイズの布に描かれた刺繍模様だった。
「六つの尖りを持つ“星の扉”と、それを囲む“回る輪”の図形。
この地域の神話では“星々が地を渡るとき、地表に輪を残す”って話がある」
「……あの六芒星、ただの幾何学模様じゃないかもしれない」
イサベルがつぶやいた。
「でも、それなら……なんでこんなに深く、誰にも見えないように描かれてたの?」
そのとき。
「異常検出」
ORBISの声が急に鋭くなった。
「地下構造から熱源反応。自然な地熱では説明できないレベルです。
また、私の演算モジュールに一部フリーズが発生。外部の信号が……解析不能なノイズが混入しています」
「……え?」
カルラが息をのむ。
スクリーンの映像が一瞬乱れ、六芒星の中心に“黒い帯”のような断層が走った。
「それ、何……?」
「不明。……しかし、これは“地上絵”ではありません。
これは、“記録媒体”か、もしくは何らかの“対話装置”です」
「対話……って、誰と?」
ORBISの反応が止まった。
スクリーンの表示がちらつく。
「カルラさん……わたしは、いま、
“理解できないもの”に触れています。
ここには、私のアルゴリズムにとって“解釈不可能な意志”があります」
その瞬間、ドローンが急に軌道を外れ、砂地に墜落した。
ユウタが叫ぶ。「機体ロスト! 外部ジャミングか、磁場異常だ!」
「ここは……」
カルラは思わず立ち上がった。
「ここは、“見られることを拒んでる”……?」
風が吹いた。
強い、熱を帯びた風。
岩塩の地面がきしみ、どこかで低い音が響いた。
「撤退を――」
ガルシア先生の声が飛んだ。
「安全ラインを越えた! これ以上は予測不能だ!」
その夜、全員が無言でテントに戻った。
ORBISは再起動され、診断モードに切り替えられていた。
カルラは、その冷えた端末を見つめながらつぶやいた。
「“星を描く”って、どういうことなんだろう。
わたしたちは、本当に見つけたいものを見つけてるの?」
その問いに、誰もすぐには答えなかった。
ただ、空の彼方――南の空に、六つの星がかすかにまたたいていた。
第10章 用語解説
◆ 無限六芒星(むげんろくぼうせい)
六芒星(六角形の星型)構造が、通常の幾何学的パターンを越えて一方向に無限に“展開”し続けるような地下構造。
作中ではLiDAR(レーザー地形スキャン)により、アタカマ高地の地下から発見される。
◆ 反射データ解析(はんしゃデータかいせき)
LiDARや衛星センサーによって取得された地表・地下の構造を反射光・距離データから解析する手法。
地層の密度や空洞、人工構造の存在を視覚化できる。
◆ 人工熱源(じんこうねつげん)
自然の地熱では説明できない、局所的な熱反応のこと。
埋もれた機械・構造体・発熱物質などによって発生する場合がある。
◆ ジャミング(Jamming)
通信機器・センサー・ドローンなどに対して、外部から意図的に電波や信号を妨害・攪乱する行為。
軍事・ハッキング・自然磁場の乱れなどが原因になることもある。
◆ 解釈不能な意志(かいしゃくふのうないし)
AI《ORBIS》が自らの演算結果の中に、“アルゴリズムで説明できない構造や意図”を感知したときの警告的表現。
ここでは、「この構造は地上絵ではなく“対話の痕跡”であり、従来の知識体系に属さない」と判断する。
◆ 記録媒体としての地上絵
ナスカなどの地上絵が「単なる装飾や儀式の場ではなく、情報の記録・転送・保存のための手段だった」という仮説。
作中では、六芒星構造が“地面に書かれた意思”である可能性が提示される。
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