俺たちは忌み子

 お兄は、俺の「この名無しのキョウはなんか怪しい」という言葉に何か気づいたようだ。

 

「たしかに怪しいわね。誰も豚なんて飼ってないのに、郷長キョウチョウ邸から肉の匂いがする日もあるわ」


「それは紅焼肉ホンシャオロウだな」


「馬の首が庭先に捨てられていたのをみたし」


滷馬肉ルーマーロウは濃い醤油ダレが旨い」


「壁の鹿の角が増えているもの」


蜜汁鹿排ミージールーパイは俺の好物。骨付き肉」


「……」

「……」


「その蜜汁鹿排ミージールーパイを頂いてきました」


 そういってお兄は、鍋の蓋を開けた。


「うぉぉ!」


 今日の夜は久しぶりの肉かぁ!


「フフフ。食い意地はかわらないのね」


「違うわ!! 鹿はさておき、豚と馬の家畜はこのキョウにいないんだよ。それに誰もキョウの門から一歩も外に出ないんだよ。キョウの外へ行くのをみたことがない」


 キョウ門の内側で、立っている郷民キョウミンはいたが、微動だにしていないのを数回確認している。


「そうね。龍剣ロンジエンの言う通りね。それに女性・子供が一人もいないもの。郷民キョウミンも元から女性はいないって言うし……でも、昨日今日できたキョウでもなさそうだし、キョウとして成り立たないわ」


「しっかり理解しているじゃん! だったら!」


 お兄はふっと視線を落とし、ため息をつく。そして、少し寂しそうな声で


「でも私たちは双子、〖忌み子〗ですもの」


「忌み子……、またそれ!?」


 〖忌み子〗ーーこの世に生れ落ちてから、数えきれないほど耳にしたその言葉。

 

 湿った土の匂いが漂う俺たちが産まれた赤月哭セキゲッコクキョウでは、まるで呪いのように誰もがその言葉を口にした。

 かつてこの地で隆盛を誇った山岳王国は、一組の双子によって、一夜にして滅ぼされたという伝承があったからだ。

 その王国の都があったのが赤月哭セキゲッコクキョウ

 

「忌み子はキョウから出ていけ!」


 鋭い声が響くたびに、胸の奥が冷たく凍りつく。


「お前たちの存在は、キョウが滅びる前兆だ!」


 俺が足を踏み出すたび、小石が飛んでくる。


「母の腹を食い破って生まれた化け物!」


 鬼のような形相で投げつけられる言葉。

 

 それは、親戚からも赤月哭セキゲッコク郷民キョウミンからも。

 血を分けたはずの者すら顔を背け、郷民キョウミンたちは容赦なく罵声を浴びせる。

 どこにも逃げ場はなく、誰も手を差し伸べてはくれない。

 

 その理由は、ただ一つ〖双子〗であるということだけだった。

 

 たったそれだけのことで、俺たちはキョウ全体に疎まれた。

 双胎出産は、単胎出産より母体に多大な負担を与え、死産も母体の死も多いため忌み嫌われている。

 産所の暗がりで、キョウの老婆たちは低い声で囁き合う。


「双子を産む母は、運命に見放されるーー」


「忌み子が産まれた時、国が滅ぶ」


 それこそが、この世界において〖忌み子=忌まわしき子〗とされる理由だった。

 そんなの、俺たちのせいじゃない!

 誰のせいでもない。ただ、そう生まれただけだ!

 国が滅ぶ?

 双子は俺たちだけじゃないはずだ。

 この国にはもっとたくさんいるだろう?

 それなのに、なぜ俺たちだけが、こんな目に遭わなくちゃいけないんだ。


「はぁ……なんでそうなるんだよ……」


 力なく吐き出した言葉が、消えていく。


「忌み子だって? 勝手に決めつけてるだけじゃないか!」


「……でも、母様は亡くなってしまったわ」


 言葉に込められた悲しみは深く、まるで沈んだ水底のように動かない。 その重さに耐えきれず、俺は思わず拳を握りしめた。


「……確かに、お母は亡くなった。俺たちを産んだ、そのせいでさ」


「本当にあなたは……。私も龍剣ロンジエンが言っていることの方が正しいと思うわ。でも、双子は忌み子ということは変わらない事実なのよ」


「そんなの、この世界だけの話だろ!!」


「そうね。あなたは、私とは違う……別の世界を知っているものーー」


 俺が今、生きている世界は、わからない……。

 最初は、中国の片隅の田舎かと思っていた。

 文字が日本で使うものと違うし、発音が中国語っぽいからだ。

 でも、違うらしい。

 もしかすると、ここは過去の世界なのか?

 三国志の時代……そんな期待を抱いた時期もあった。

 けれど、それも違っていた。

 

 〖翠剛壇すいごうだん

 

 これが俺の住んでいる国の名前。

 この広い大陸にあるのは、たったひとつのこの国だけ。

 海の向こうには、別の大陸があるーーらしい。

 この知識は学者だったお母がお父に教えたことを俺はそのまま教えてもらった。

 それを聞かされたお兄は、どこか遠い目をしていた。


「父様も、よく言っていたわね……『忌み子なんかじゃない』って」


 その言葉は、まるで小さな灯火のようだった。

 冷たく閉ざされた世界の中で、唯一の温もり。

 そして、その言葉はお母が俺たちを妊娠した時に、お父に何度も伝えていた言葉でもあったらしい。


「……でも、結局ーーそれを言ったお父自身が俺たちを捨てたけどな!」


 胸の奥に苦い感情が広がる。

 信じたかった。

 たった一人でも俺たちを守ってくれる存在でいてほしかった。

 なのに、お父は俺たちを見捨てたーー忌み子などではないと、あれほど言っていたのに。

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