身体拡張ユニット

「ん・・・・あぁぁぁ~・・・朝か」


目が覚め壁の罅から入ってくる日の光を見て朝になっていることに気づく。シドは四方をトタンや板切れをつなぎ合わせ布で覆っただけのバラックを住処にしていた。自分で作った訳ではない、誰もいないバラックを見つけて勝手に住み着いている。前の住人は帰って来ないので問題はない。


「水・・・」




当然水道など通ってはいない、食料と一緒に買ってきた水で喉を潤す。


栄養素をゼラチンで固めただけの補給食で食事をすませ今日は何をしようかと考えを巡らせる。




(昨日の稼ぎでしばらくは働かなくてもいいな。顔の腫れもまだ引いてないし熱も持ってる。腹も痣が残ったままだ・・・しばらく大人しくしといたほうがいいかもな)




昨日、ハンター崩れに蹴り飛ばされた部分の負傷が治りきっていなかった。栄養失調ぎみの15.16歳の少年が成人のワーカーに蹴られたのだ、その状態で良く遺跡外周部からスラムまで大荷物を運んだものである。モンスターとの戦闘による興奮と武器の売値の期待値はそれほど大きかったのだ。




(ん~~・・・また寝るってのもな・・・とはいってもやる事なんてないし・・・ん?)


ふとテーブルの上に目を向けると昨日の箱が目に入った。昨日は薄い青が混ざった灰色の様な色で模様もなかったはずの箱が、灰色の下地に青く光る回路の様な模様が浮かんでいた。


「これって・・・こんな感じじゃなかったよな?なんだってこんな・・・」


そう言いながら箱を手に取る、すると箱表面の模様が動き出し点滅を始める。


「なんだ?どうなってんの?」


動いていた模様が止まり点滅から点灯に変わると


<システムユーザーとの接触を確認>


<ユーザーとのリンクプロセスを開始します>


<当ユニットを両手で保持してください>




直接鼓膜を震わせている様な声が聞こえる。


「え?なに?リンク?ユーザー?両手で・・・ん?」


シドはいきなり起こった不可思議な現象に目を白黒させた。


<システムユーザーとの接触を確認>


<ユーザーとのリンクプロセスを開始します>


<当ユニットを両手で保持してください>


「両手で・・・保持・・・」シドは声のまま箱を両手で持ち目の高さまで持ち上げ表面に浮かぶ模様をしげしげと見つめた。


<当ユニットの正常な固定を確認、ユーザーとのリンクを開始します>


<当ユニットはユーザーと物理的にリンクしユーザーのコーディネイトを行います>


<当ユニットとリンクすることを承認しますか?>


「コーディネイトってどう言うことだ?なんか変なことになったりしないよな?」


<コーディネイトの内容は基本的に身体の治療・環境への順応性の向上・免疫力の強化・身体能力の強化などです>


「悪影響はないのか?」


<コーディネイトによる身体への悪影響はありません>


「・・・・・」


(これって防壁内にあるっていうメディカルチェックユニットってやつかな?あいつもあんな感じだったけどワーカーなら防壁内に入れるみたいだし。持ってても可笑しくないよな?)


「よし!承認する、きっちり治してくれ」


<承認を確認・・・・リンクを開始します>


その言葉が流れた瞬間、シドの両手を複数の棘が貫いた。


「げ!?!?!?!?」


突然の激痛のシドは悲鳴を上げる。箱から手を放そうにも手の甲から突き出ていた棘が膜のように広がり手を包み込む。四角い箱型の形が崩れ、粘性のジェル状になり両手に纏わりついてくる。


「おい!なんだよコレ!?」


あっという間に手に馴染んでいき全て吸収されていく。手を貫通していた棘は跡形も無くなり、空いていたであろう穴も塞がっている。


「一体なんだったんだ?」




しばらく呆然としていると




<リンクを完了いたしました。これよりコーディネイトを開始します・・・・・コーディネイト完了までの所要時間計算完了・・・・53時間45分・・・・各工程に必要とされる栄養と水分を補給してください。コーディネイトが開始されましたらユーザーの意識は強制的にシャットダウンされます。コーディネイト開始まであと15分・・・


14分59秒・・・・・14分58秒・・・・・14分57秒・・・・・・・>




「ちょーーーーっと待って待って待って待って!!!53時間ってどのくらい??!!!栄養と水分って!!あぁぁぁクソ!取り合えずある分だけ食えるだけ食うしかない!」




シドは買い込んだ食料と水を制限時間の許すまで腹に詰め込み、ギリギリのタイミングで意識を失った。








目が覚める。




というより意識が覚醒したと言った方が正しい。


現在の状況を把握しようと視線を彷徨わせる。




<おはようございます>


「うお!」


頭の中に気絶する前に響いていた声が響く。


謎の箱が発していたと思われる思念のようなものなのだろう、箱の状態よりも鮮明に伝わってきた。




(これはリンクが成功した効果なのか?)




<ユーザーの脳内に思念電波の受信体を構築しました。これにより他のユーザーとの思念通信、いわゆる念話が可能になります>




「念話・・・?」




<声帯を介しての音波による会話ではなく思念を発して対象と会話を行う事ができます。これにより音声会話よりも高度な機密性を持ったコミュニケーションが可能です>




「そりゃすげー・・・防壁の中にはこんなことが出来る奴がたくさんいるのか・・・誰とでも出来るのか?」




<同様に思念電波の受信体を構築された個体に限り、個々のチャンネルを開設すれば可能です。しかし、現在では受信可能距離に受信体を持つ個体は検出されておりません>




「どのくらいの距離まで受信できるんだ?」




<当ユニットの基本スペックであれば半径10kmとなっております>




「10kmって言ったら防壁内部も含まれるんじゃないか?それで一人もいない?・・・・お前って防壁内のメディカルチェックユニットってヤツじゃないのか?」




<当ユニットは三ツ星重工製軍用身体拡張ユニット シリアルNo.Za0087 搭載AIは拡張式となっておりアップデートを行えばさまざまなサポートが可能です>




「三ツ星重工?聞いたことないな。都市に参入してる企業でそんな会社あったか?」




<ネットワークに接続されていない為情報の開示が困難です>




「・・・・まあいいか、とりあえず飯だな。なんかすごく腹が減ってる」




<コーディネイトの影響です。体内の栄養素を消費した影響で軽度の飢餓状態であると判断します。速やかな栄養補給を提案します>




「ならまずは食料の調達からだな」




<その前に初期設定をお願いします。現在の年月日と時刻、ユーザー名の登録をお願いします>




「・・・・年月日と時間はわからん。名前はシドだ」




<承知しましたシド。年月日と時刻が不明とはどういう事でしょうか?>




「ここはスラムだからな。正式に組織に所属でもしない限り必要ないんだ。仕事でも明日の日没までとかそんな感じで期限切られるんだよ」




<承知しました。正確な情報が手に入り次第こちらで設定いたします>




「よろしく。んでさ・・・お前の名前は?」




<私に固有名称はありません>




「ふ~ん。でも無いと不便だろ?」




<ではシドが考えて下さい>




「ん~~~・・・また考えとくよ。今は飯だ飯」




気絶する前に、寝床にあった食料を全て腹に入れてしまった為、今は食べられるものがない状態だった。


シドは食料を買いに行くため外に出ていく。




寝床の外に出ると所狭しとバラックが立ち並んでいる。その間を抜け食料品店を目指す。




<シド、周りの建設物の耐久度が低すぎると言わざるを得ません。災害の際には大きな被害が出ると予想されます>




「そりゃスラムだから。頑丈な建物なんて組織の幹部が住んでる建物くらいだろ」




<なるほど。それとシド、口頭での会話では独り言を話している様に見られます。念話での会話を推奨します>




AIは念話でシドに話しかけておりシドが普通に喋ると虚空に話しかける可哀そうな人に見られてしまう。




「おっと・・・どうすりゃいいんだ?」


念話のやり方がわからず、小声で質問する。


<口を閉じて声に出さず口の中だけで話すイメージでやってみてください>


<・・・・こんな感じ?>


<はい。問題なく通じています>


<わかった。けど結構難しいな・・・>


<なれれば無意識に音声と念話の切り替えが出来るようになります>


<まぁがんばるよ>




二人で念話を行いながらスラム街を歩いていく。食料品店まで半分ほど来たところで横道から声がかかった。




「おーーい、シド」




声のする方を向きシドは顔をひきつらせた。




(嫌な奴に遭ったな・・・)




一人の男が4人の少年を引き連れてこちらに向かって歩いてくる。




「おい無視すんなよ」




「ああ、いや・・・悪い。まだ寝起きでぼーっとしてたんだよ」


<知人ですか?>


<知人っちゃ知人だな。この辺のエリアを縄張りにしてる組織の下っ端だよ。そんでスッゲー嫌な奴>


身長は高く短い髪を逆立てた男であり上下を防護服で身を包み手にはナックル付のグローブをはめている。




「ほ~~ん、こんな時間に起きだしてきたのか。随分なご身分だな~。聞いたぞ?2~3日前に結構稼いだそうじゃねーか」




「だったらなんだよ、これから用事があるんだ。そっちに用がないなら行くぞ」




「あるに決まってんだろうが。半分よこせ」




「は?」




「は?じゃねーよ。この前の稼ぎだ、半分出せ」


シドを見下しニヤニヤ笑いなら手を出してくる。


自分が命がけで稼いできた金なのだ。誰であろうと横からしゃしゃり出てきた輩に渡すいわれはない。




「なんでお前に半分も渡さなきゃならないんだ。断る」




男は半笑いの顔と手を引っ込め目を座らせてこう言った。




「半分も、じゃねー。半分だけで勘弁してやるって言ってるんだよ。それともボコられた後に全額むしってほしいのか?」




「断る」




バキッ!




シドが断った瞬間男は右手でシドの顔を殴った。




(痛ぅ~・・・ん?)




ナックルを付けた拳で殴られたはずだが、顔がのけぞり痛い程度済んでいる事にシドは違和感を覚える。




「調子にのってんじゃねーよ!!鉄屑漁りが!!」




男は激高しシドに殴りかかって来る。


長身の体重が乗っており鉄製のナックルが付いた拳が直撃すれば頭蓋骨を陥没されられるほどの威力はあるだろう。


「ッ!」


シドはその威力を想像してひるんでしまった。




が、シドの体は攻撃に反応し拳の内側に避け両手で相手の腕を掴んだ。そして相手の体を背に乗せるように投げ飛ばす。


相手はその勢いのままバラックの壁に背中から激突し頭から地面に落ちた。


彼の取り巻きは予想外の展開に固まる。




「カッ・・・ハッ!!!・・・・てめ・・ぇ・・・!!!」




背中を強打し頭から落ちたことで軽い脳震盪と呼吸困難を引き起こしながらも、見下している相手からの思わぬ反撃に怒りが湧いてくる。


足に力が入らず立ち上がれない。右手で体を支えながらシドを睨み腰に左手を回しホスターから拳銃を引き抜きふら付きながらもシドに銃口を向ける。




「!!!」


シドは慌てて照準から逃げようとするが


<落ち着いてください。あの口径の拳銃なら問題ありません>


<いや撃たれたら痛いじゃすまないだろ!!!!>


<銃口の挙動と相手の指に集中してください。弾道と発砲のタイミングさえ掴めば当たることはありません>


シドは言われた通りに銃口と引き金に掛かる指に集中する。すると視界に映る動きが緩慢になったような気がした。緩やかに動く風景のなかで銃口の向きを見極め弾道を予測する。その射線に体が重ならないように強く意識していると男の指が引き金を引いた。


高速で弾丸が飛んで来るが当たらない。ふらつく腕で拳銃を構えているのに加え、シドが意図して射線から逃れているためだ。




「クソがーーー!!!」




男は撃ち尽くす勢いで乱射するが掠りもしないことに焦りが浮かんでくる。もう狙いを定めることもなく打ち続ける。




シドは弾丸を避けながら不思議に思っていた。




(なんでこんな事が出来るんだ?今までこんな事なかったのに)




自分に起こっている現象が理解できずに困惑するが、避ける事に慣れ始め、徐々に男との距離を詰めていく。そして自分の攻撃範囲に男を捉えると左足で拳銃を蹴り飛ばし、その反動を利用して渾身の右後ろ蹴りを男の顔面に叩き込んだ。


メキャ!!と人体から鳴ってはいけない音が鳴り響き、男はバラックの壁を突き破って建物の中に消えていった。




シドは自分が今行った行動の結果が信じられず、少しの間呆然と佇む。




(なんだ?この威力・・・なんで??いやそれよりもこれ・・・やっちまったか?下っ端とは言え組織の所属している構成員を蹴り飛ばしたってヤバいよな???)




シドの頭の中に報復の文字が沸き上がる。


そして思い出す。後4人あちら側の人間が居たことを。


バッと後ろを振り返るとそこには倒れ伏した少年たちの姿があった。




<な、なんでコイツ等倒れてるんだ?>


<あの男が撃った弾丸が当たりました。シドが回避したことによって射線が通っていましたので。あの動きといい敵の攻撃で敵の仲間を仕留める戦術といい、素晴らしい戦闘だったといえます>


<そんなつもりはねーよ!んな余裕があるか!!いやそれより早くここから離れないと・・・>


<急ぐ必要はありません。彼ら5人から生体反応が消えています。この辺りには他の反応もありません。下手に慌てている所を目撃された方がかえって危険であると判断します。よって落ち着いてこの場を離れることを推奨します>


<こいつら死んでるの?バラックの中のやつも?>


<はい。少年達は銃弾を受けて失血死、バラックの中の男は頭蓋骨の損傷と頸椎の骨折により死亡しています>


<マ・・・マジか・・・>


<そんな事より、慌てる必要はありませんがこのまま此処に留まり続けるのも問題です。移動を開始するべきかと>


<わ、わかった>


シドは表面上は何もなかった風を装いながらその場を離れ、本来の目的地に急いだ。

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