劇本番(第1幕)
小学生の高学年が多い。彼らのきょうだいなのかもしれない小さな園児が紙芝居の舞台に眼を向け、飽きたらあやしてもらっている。
ポスターは
■オープンスクール■
■図書室では紙芝居やります■
と訂正して、近隣の小学校や保育園には配って回った。
図書委員の二人が紙芝居の準備をしている。彼らにも手伝ってもらった。
「観客席をあっためとくね、頑張って」
「普段どおり、いつもの調子! 械奈の劇は面白いから」
励ましを送る彼らが本当は緊張しているのが分かる。
図書室の閲覧スペースには大きな机が本来並んでいる。今日は一つを残して入り口側の壁に寄せて大きなスペースを作っている。観覧席には背のないベンチ。書架スペースにあったものも移動させて並べた。赤ちゃんみたいな小さな子どもがいる可能性を考えて、体育倉庫にあった古いマットを貸し出してもらって後方座席に敷いてある。今、子どもたちはぴょんぴょんと飛び跳ねる遊びをしている。
劇がはじまる。おそろしくてたまらない。
**
ギギ、そっと歩いても音が鳴ってしまう。
デスクの上に広げられた舞台の横に械奈は立った。自分が旧式アンドロイドだからかもしれない。子どもたちの顔には不思議なものを見る気配がある。さっきの紙芝居で起こった笑い声は消え去って今は緊張が空気を張りつめている。良くない出だしだ。いいえ。これからだ。
「その国には季節がありません。いつも冬なのです。村人たちは自分たちが過ごす季節が「冬」と呼ぶことを旅人から聞いて知り、また「冬」が忘れ去られるまで時が経ちました」
械奈の落ち着いた声のナレーションでショウが始まった。リハーサルのとおり。
劇は最初から盛り上がるものではない。小さい子どもたちは飽きてぐずりはじめてしまうかもしれない。械奈が右手に付けた山猫の
かわいいネルーありがとう。助かったよ。
械奈が舞台に登場する村人たちの声を演じ分けられると分かって、観客が安心したのが気配で分かる。
――ちゃんとしたふつうの劇なんだと。
械奈は安堵する。いいえ、まだだ。これからだ。
「あの娘はどの村の者か? 聞いてこい、ネルー」
「そんな情けない命令をなさるとは、王子は正気でございますか」
「近づくだけで息がつまる。話をするなんて国を継ぐ者がいなくなるぞ」
「つくづく運のない国でございますな。ともかく、それは恋ですね」
「聞かせよ」
「王子は国の安寧と、あの娘の命を天秤にかけるとすればどちらを選ぶおつもりで」
「今ここで判断すべきことか」
「左様でございます」
王子は偉そうな物言いをするが憎めない頑固者だ。
威厳ある少年の声音と仕草を見せると、図書室が王子の執務室になったように感じた。
子どもたちが械奈が今は王子であると認めてくれたのだ。
ネルーの台詞で、観客席からひとつ笑い声が上がった。
驚きの顔、息をのむ顔、期待する顔、笑ってる顔。
械奈は記憶する。繰り返し思い出すための記憶ではない。
リハーサルを繰り返して得ようとしてきたものを眼の前にしている。
自分には十分だ。これ以上望むものはないと確信する――。
ギギギギギ
不穏な音を立てたアクチュエータは最後に破裂音を発した。
械奈の手首はだらんと垂れ下がってネルーがずり落ちかけている。
そっとパペットを左手に付け替えて。
「ウギイウギイ、ギギギ、ボン。山猫の欠伸はそんなに変わって聞こえますか」
「人であったら皆が助けに集まるだろう」
「王子もいざという時に備えて山猫の欠伸を覚えておいてはいかがでしょう」
「なるほど、うぎいうぎい、ぎぎぎ、ぼん。どうだ」
「万策尽きた時以外は使わない方が賢明でしょう」
誤魔化した。子どもたちも真似して言っている。大丈夫だ。
劇を続ける。このまま最後まで持ってゆけ!
村娘シルベと王子の別れのシーンがやってくる。
械奈には二人の気持ちが分かっている。ここでの別れがどうしようもないことも。
「このシルベに伝えることはありますか」
シルベは王子が好意を告げるのを期待した。いいえ。リハーサルでは分からなかったが、シルベは王子を知り尽くしている。頑固者の彼が告げることはないとも分かっていたのだ。
寂しげな子どもたちに向けて、械奈は笑顔を見せた。少ない表情パターンの一つである。
安心して。シルベは強いよ。
もうすぐだ。ナレーションに入ろうとして視界が歪む。嫌だ嫌だ!
械奈はナレーションの調子で尋ねてみた。
「王子が「氷の国」から帰ってきます。「冬の国」は明るい? それとも暗い? みんな教えて!」
「明るい!」「めっちゃ明るい」「寒くて暗い」「明るいでしょ、絶対明るい」
壊れたのはセンサーだけだ。大丈夫、最後までやれる――。
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