インタビューさいこー! ※別視点

 私、小山こやま英美里えみりはなんとかアナウンサーとして四年目に入った訳だけど、メインMCを先輩どころか後輩にすら掻っ攫われて、失意の元駅前のインタビューへと赴く。

 本当に私は運が無い。

 世間の好感度だって悪くないはずだし、男性アナウンサーからもそれは同様だ。

 だから、今回降って湧いた新番組のメインMC争奪戦に名乗りを上げたのに、あっさり書類審査で落ちてしまった。


 うちの事務所は弱小じゃないけど、大手ではないから元々厳しいっては聞いてたけど、それでも悔しい!

 まあ、最終選抜に残っているのが大手からの子ばかりなので、その辺りはお察しなのだろうけど。

 でも、偶々四つも新番組でMC募集があったのよ。

 せめて一つくらい書類審査だけでも通れば良かったのに、ベテランの人はともかく二年目の子も内定したみたいだし。


 あー、止め止め。

 こんな暗い顔でテレビに移ったら、今貰っているお仕事だってなくなっちゃうわ。

 そう自分を𠮟咤激励して、街角インタビューへと望む。


「小山さーん。そろそろ出番ですー!」


「はーい、準備しますー」


 ADさんから指示があり、台本から目を離して周りを見渡す。

 別の番組では劇団員さんなどを準備している場合があるのだけど、この番組はライブ感を大事にしているからこそガチンコだ。

 だから、放送事故の様な人に話しかける訳にも行かないし、できればカメラ受けが良さそうな人を探すに限る。

 のだけれども、そうそう簡単に見つかる訳もないので、なるべく変じゃなさそうな人へ声を掛けるようにしよう。

 って、わぁ、めっちゃイケメンと目が合っちゃった。


 一瞬嫌がられるかな? なんて思いが脳裏を走るも、一応微笑んでみる。

 たぶん無視されるだろうけど、万が一嫌な顔をされたら相応の対応が必要かもしれない。

 なんて思っていたら、なんと向こうも微笑んでくれるじゃないか。

 やったぜ! と内心でガッツポーズを作り、彼に狙いを定めた。


 間違いなく彼が画面に映っていれば、流し見していた人はチャンネルをここに固定するに違いない。

 少なくとも視聴率が下がる事はないだろう。

 今は娯楽が溢れすぎて、ちょっとでも下がれば詰められる代わりに、少しでも上がれば結構褒めてもらえる。

 だから、自分の運の良さに内心でほくそ笑みながら、スタジオとのやり取りをしつつ彼へと一直線に向かっていったのだ。


「すみません、インタビューよろしいでしょうか?」


「はい、大丈夫ですよ」


 うえ!? まさかの満面の笑み?

 いや、さっきの反応から嫌な顔をされるとは思わなかったのだけど、流石にこれは想定外だ。

 でも、私はプロ。なんとか取り繕いつつ質問を投げかける。


「今年度から施行された男性専用車両について、ご自身のお考えをお聞かせください」


 はてさて、あまりにも痴漢したり盗撮する女性が多すぎて、男性からの強い要望でできた物だけど、この男性もなんだかんだ賛成派なんだろうなと思う。

 すると――。


「男性専用車両ですか……初めて知ったんですけど、配慮してもらえて嬉しいなって思います」


 初めてって、んな訳あるかいと思いながら、やっぱりこの人も嫌な思いをしてきたんだろうなと同情的な気持ちが湧いてくる。


 「つまり、お兄さんも女性から嫌な目にあわされたと言う事ですか?」


「あっ、違います。そうじゃなくて、僕は別に嫌な事なんてされた事ないですし。そもそもどちらに乗っても良いんですけど、男性専用車両が出来たのって男性だけが良いって人に女性の皆さんが配慮して下さったって事だと思うんです。だから、男を代表してと言うとちょっと大げさですけど、少なくとも僕個人は皆さんにありがとうって伝えたいって思ったんです」


 ……ほぇ? ちょっと私の耳がおかしくなったのかしら?

 なんて思って周りを見たら、スタッフどころか道行く女性達も唖然とした表情でイケメンお兄さんを見つめていた。

 あ、そりゃそうか、こんだけ格好いい人がインタビュー受けてたらついつい立ち止まって聞き耳立てちゃうよね。

 お兄さんは全然気が付いてないけど……じゃなくて!

 えっえっ、待って。こんな男性本当にいたんだ。


 なんて私が衝撃を受けていると、反応が無かったせいでお兄さんが心配してしまった。


「すみません、もしかして僕変な事言いました? ごめんなさい」


「はぇ? ああああ、いえいえ、頭を上げてください! その、ちょっと驚いてしまっただけなので」


 うわぁぁぁぁ。

 ちょっとちょっと。まじで絵本から出て来たような完璧王子様みたいじゃない?

 いや、それ以上かも!

 信じらんない。

 って、ダメよ私。ちゃんとインタビューしなきゃ!


「ちなみに、お兄さんが電車に乗った時に困った事ってありますか?」


「困った事ですか? そうですね、わざとじゃないんですけど、電車で揺られてお姉さんみたいな綺麗な人にくっついちゃった時、物凄く睨まれちゃった事ですかね。本当に悪い事をしちゃいました。そういう意味では、男性専用車両って言うのは良いのかもしれませんね」


 ……は? ちょっと待って。

 さっき以上の衝撃なんだけど?

 え? こんな天使にくっつかれて睨む?

 その女殺す。

 折角綺麗って褒めてもらえたのに、怒りで狂ってしまいそうだわ。

 じゃなくて! 私、仕事中よ!

 プロなんだから、気合入れろ!


「えっと、本当に睨まれてしまったんでしょうか?」


「そうですね。全力で謝ったら幸い許してもらえましたけど、怖い思いをさせてしまったんだと思います。そう考えると、確かに男性専用車両を使うのが良いのかもしれませんね」


 はあ? 天使に謝らせる?

 マジでそのクソゴミカスボケには天罰が下るといいわ。


「あ、あの。ちょっとその女性は特殊だと思いますので、気にせず普通の車両もつかっていただければなーとか。あははは」


「お姉さん優しいんですね。でも、怖がらせたり嫌がらせるのは本望ではないので、混んでいる時はおとなしく男性専用車両を使おうと思います」


「あっ、えっとぉ」


 念のために周りを見てみると、スタッフも周りの女性も私へと熱い視線を向けている。

 そうよね! 皆の熱い想い、受け取ったわ!

 なんとか説得して、男性専用車両以外も使ってもらえるように話を――。

 なんて思った瞬間に、スタジオから邪魔が入る。


『現場の小山さん。ちょっと質問をしていただきたいのですが、女性の香水について彼はどう思われているのでしょうか』


「は? え? このタイミングでそれを聞くんですか?」


『……小宮さん、お願いします』


 あっ、やべ。先輩の声が低くなっちゃった。

 こりゃ後で怒られるかもなぁ。

 そんな事を思いながら、今度は分かりましたと返事してお兄さんに質問を投げかける。


「すみません、スタジオからの質問なんですけど、女性の香水についてはどう思われますか?」


「はい? 香水ですか? ああ、電車の中だと匂いがこもっちゃうのか。だったら、確かに付け過ぎだとちょっと嫌かもしれないですけど、エチケットで付ける分には良いと思いますよ」


「天使ですか?」


「え? なんですって?」


 あああああ、口が滑った!

 だって、女なんて体臭も臭いし香水も臭いって男の人ばかりだったから。

 こんな事言ってくれたの、私の人生でお兄さんが初めて。

 うーん、ちょっと年下みたいだけど、でも、成人しているよね?

 連絡先の交換とかできないかなー。


『小宮さん。続いての質問ですけど、女性についてどう思われるか聞いてください』


 おー、それは私も気になる!

 今度はすぐに了承を伝えて、お兄さんに問いかけた。


「すみません、続いての質問ですけど。女性に対してお兄さんはどう思っていらっしゃいますか?」


「女性に対してですか?」


 私の質問にお兄さんは腕を組んで悩み始めた。

 って、確かにあまりにも具体性が無くて答え難いか。

 それでも真面目に考えてくれるなんて、やっぱりお兄さんは天使そのものなのでは?

 って、仕事を放棄しちゃダメね。

 言葉足らずな部分を補足しないと。


「先ほどの件じゃないですけど、電車に乗っていて思っている事とか、普段から女性に言いたい事とか、本当に何でもいいですよ」


 私の言葉にお兄さんも助かったのか、ほっとしたような表情を浮かべた。

 うう、分かり難い質問しちゃってごめんなさい。


「そうですね。女性の皆さんは電車でも大変な思いをされる事があるって聞いてますけど、それでも頑張っていらっしゃるのは凄いと思います。普段から言いたい事と言えば、そうですね。じゃあ、絶賛彼女募集中でーす」


 やっぱり天使だーって思いながら聞いていたら、最後の爆弾発言に時が止まった。

 いや、衝撃で固まったのは事実だけど、次の瞬間からこの辺りに居る女性達の殺気が凄い。

 滅茶苦茶牽制しまくっているし、どう考えてもこの後お兄さんに話しかけに行くのだろう。

 って、私は仕事中じゃん! ああん、じゃあ下手な事言えないし聞けないよー。

 心の中で涙を流しつつ、私は仕事を全うする。


「そ、そんな事言っちゃって大丈夫ですか?」


「へ? いやー、僕モテないですからね。それに友達が二人いるんですけど、二人とも良い感じの人が居て羨ましいんですよ。だから、いつか僕にも彼女が出来たらいいなーって思うんです」


「お兄さんなら引く手数多だと思うんですけど、世の中分かりませんね」


「あはは、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいですよ」


 絶対嘘! このお兄さんがモテないなんて、この世じゃあり得ない。

 この国じゃなかろうと、この世界だったらぜーったい引っ張りだこだ。

 と言うか、よくその年齢まで女性に囲われなかったですね。

 お世辞とか言われちゃったし、全然お世辞じゃないのに。

 うう、私はお呼びじゃないのかしら? 悲しい。

 そんな風に内心が滅茶苦茶になっている私に、お兄さんが口を開く。


「それじゃあ僕は用事があるのでこの辺で」


「へ? 用事があったんですか⁉ すみません、呼び止めてしまって」


 えええええ、用事が終わった後じゃなく、これからあるのにわざわざ答えてくれたの?

 あっ、周りの女性達が皆怯んだわ。

 はっ、そう言う……お兄さんやっぱモテるんじゃない。

 そんな上手な女性のあしらい方をしておいて、モテないはかなり無理がありますよ。

 なんて私が余裕があったのはここまでだ。


「いえいえ、全然大丈夫ですよ。お仕事頑張ってください!」


「あっ、ありがとうございます」


 卑怯すぎる。

 あんな満面の笑みで労ってくれるなんて……どうしよう、幸せ過ぎる。

 ぶっちゃけ結構凹んで鬱々してた気分だったのに、お兄さんのお陰で全部吹っ飛んじゃった!

 インタビューさいこー!

 よーし、お仕事頑張るぞー!


「とても素敵な男性でしたね、それでは、続いてあちらの女性に聞いてみようと思います!」

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