案内人シリーズ
@yanagikavuki
第1話 Lies Within Truth
見渡す限りの雑踏。
誰もがスマホを見つめ、信号の変化を待っていた。
誰一人として、他人と目を合わせようとはしない。
そんな群衆の中に、ただ一人――存在すら認識されていない男が立っていた。
全身を黒いスーツで包み、磨き上げられた革靴を履いたその男は、本来ならばひと目で目を引くはずの存在だった。
けれど、誰も彼に気づかない。
彼はただ、信号が変わるのを待つ人々を静かに見つめていた。
渡るわけでもなく。
――『世界の歪みに気づいた者にだけ、“彼”が姿を現す。』
母親にせかされた拍子に、少女の手から赤い風船がふわりと宙へ舞った。
それはこの場に不釣り合いなほど、鮮やかだった。
少女は慌てて母にそれを告げたが、信号の変化と、これからの用事に気を取られている母親は、
「そう、またあとで買うから!もう行くわよ!」と、握った手をさらに強く引っぱった。
母親に駄々をこねても無駄だと知っている少女は、人の流れに飲み込まれそうになりながらも、名残惜しそうに空を見上げる。
――そのとき。
少女の前に、風船を差し出す手が現れた。
それは、先ほど群衆の中で誰にも気づかれずに立っていた、黒づくめの男だった。
まるで、音だけが彼女の世界から消えたかのようだった。
誰一人として、その光景に気づく者はいない。
少女が見上げたその男は、決して背が高いわけではなかったが、
その佇まいはどこか、空よりも高く感じられた。
少女は戻ってきた風船を見て、顔を輝かせる。
男の方を向き直り「ありがとう」と言おうとしたが、男の姿はもうそこにはなかった。
慌てて母親の袖を引っ張って「…あのね、今、風船をくれた人が…」としどろもどろに説明しようとしたが、
少女の方を一瞬見た母親は怪訝そうな顔で、
「何?風船持ってるじゃない。騒いでないでもう行くわよ!」と、少女の話をまともに聞く様子もなく、
相変わらず手を引っ張って急いで信号を渡っていく。
眼下に広がるスクランブル交差点。
群衆の中を、誰にも気づかれずに歩いていた“異質な何か”は、
今――空の高みから先ほどまでいた光景を見下ろしていた。
「時折、世界は――
気づかされない優しさと、焦りからくる本心ではない心の狭さを見せてしまうことがあります」
Jの目線は、何故か下を向いていた。
「ごきげんよう。私(わたくし)、案内人を務めさせていただくJと申します。以後お見知りおきを――」
人はそれぞれ、“分岐点”がございます。
その時の選択で、大きく人生が変わる――。
Jはどこからか出した分厚い本を開き、ページをめくった
今回ご案内いたします“彼”も、その一人です。
一体、どのような選択をするのか…。
皆様もぜひ、ご覧ください。
「選ばれたわけじゃない。ただ“気づいてしまった”だけだ。」
「この世界に歪みがあることに。」
雲一つない晴天、春だというのに出かけようとしている人たちはみな軽装だ
そんな閑静な住宅街の中にある(小綺麗な←いれなくてもいい?)マンションの一室で洗面台に向かいコップに水を入れ、小瓶から薬を取り出しそれをくいっと飲み干す。
口元についた水を手で拭った時に彼…遥斗は鏡の存在にきづく。そして鏡に映った自分の姿を凝視していた。その様子は彼は気づいていないが、まるで決められたかのような動作に思えるほど動きにスキがなかった
その時入り口の方から「おはよう」という声がする。振り返ると笑顔で立つ彼女…美咲がいて、彼はさっきまでの深刻そうな顔を緩める。彼は彼女の事をとても大事にしている
「だいぶ寝ちゃった…もう昼なんだね…ごはんどうしよう…お腹すいたよね…どうする?」
と彼女に問いかけた時に彼女の顔を見て咄嗟に
「ピザ!」
といったら、彼女も同時に答えた。それを聞いて二人は軽く笑った
楽しくピザを食べ終えた後、彼女はソファに座り、対面しているテレビを見ている。
「今日のナギが紹介するおススメグッズは…」
賑やかなテレビとは対照的に、彼女は表情を変えずに見ている…いや、見ているのか分からない。ぼーっとテレビの方をじっと見ているように感じる
彼女は料理好きでよく料理を振舞ってくれていた。宅配に頼る感じではなかった。
そんな思いを家事をしながらときどき彼女の様子をうかがっていた。
あんなことが遭った後だ、今は休ませてあげた方がいいんだろう、と彼もソファに座ってテレビを見始めた
「…今日のテレビ、おもしろいことあった?」
「ん…わからない」
「…そっか…」
(彼が何かを考えている時、括弧とかで読み分けられるようにするか?)
(最後の会話、別の場所に置き換えた方がいいか)
その日の朝もいつもと同じように作業的に物をこなしているんだけど、いつもと違う行動に出る。小瓶に手を伸ばす前に
「あ、歯を磨かないと…」
と歯ブラシを取った途端、小瓶にぶつかって小瓶ごと洗面台の水がたまるところに落ちて薬が全部流れる
でもかれはどうせビタミン剤だしと思って、気にせず歯を磨く
それから時間が経ち、美咲が皿を割って暴れだしたり、布団に籠って何もしたくないっていう
そのうち「無理。これ以上貴方と一緒にいられない」といって部屋を飛び出す。
廊下に続く扉を開けても姿がない、玄関を開けても彼女が出て言った形跡もない
彼がパジャマのまま外を捜索、周りでそれを見た人たち、井戸端会議をしている主婦たちが、こそこそ話している様子もある感じで怪訝な顔をしているか、彼は一切気に留めなかった、彼女が先だとあちこちを探し回る
ここで彼は彼女の実家の存在に気づき電話する
「お義父さん、美咲が出て行って姿が見えないんです!」
遥斗は突然の出来事に焦っていて、前置きもなく話し始める。
が、美咲の父親もこれが一大事だとすぐに察知し、
「!今どこだい?今すぐ家に帰るんだ!私も向かうから!家にいるんだぞ!」
と、有無を言わせない感じで遥斗にそう告げると電話を切った
そしてどこに行っても見つからず、仕方なく家に帰ってきた彼がふらっと洗面台の方に行くと…
鏡に髪がぼさぼさに伸びてひげも生えっぱなしのやつれた自分が映っていた
「嘘…これが…俺?」
とひげを触っている最中、力なくあることを思い出す
「あ…」
それは
彼女「やったわ!念願の海外出張が決まったわ!」
彼女の母親「あら、良かったじゃない!」
彼女の父親「昔から夢だったもんな!おめでとう!」
彼「………」
彼女「どうしたの?寂しくなった?」(ちょっとからかう感じ)
彼「…何か不安なんだ…お願いだから今回はやめてくれないか?」(何かにおびえている感じ)
彼女の母親「大丈夫よ、そんなに心配しなくても」
彼女の父親「そうだよ、そのうち君も行くことになるんだし、その時はちゃんと守ってくれよな!」
彼女「行ってきます!」
(場面変わって彼の職場、喫煙室での出来事)
震えながら煙草をくわえているのを同僚が見つけ、「あれ?やめたんじゃなかった?」と声を掛けるけど無視
そんな中、ブラウン管のテレビから速報が入る、飛行機墜落のニュースが流れる
同僚が「今時そんなことおこるのか?」といってる横で顔面蒼白になっている
(場面変わって霊安室)
彼が彼女に掛けられた布を恐々とめくる
彼が驚愕した表情をする(漫画だと彼女の遺体の損傷があまりにひどくて驚いている感じ)
「…違う…あれは彼女じゃない…」
と静かに涙があふれるって感じ
(つづく)
【校正後】
雲一つない晴天、春だというのに出かけようとしている人たちはみな軽装だ
そんな閑静な住宅街の中にある小綺麗なマンションの一室。整然とした空間の中で、彼は洗面台の前に立ちコップに水を入れ、小瓶から薬を取り出しそれをくいっと飲み干す。
口元についた水を手で拭った時に彼は鏡の存在にきづく。そして鏡に映った自分の姿を凝視していた。その様子は無意識に動いているはずなのに、その一連の動作はまるで何かに操られているかのように淀みがなかった。
その時入り口の方から「おはよう」という声がする。振り返ると笑顔で立つ彼女がいて、彼はさっきまでの深刻そうな顔を緩める。彼は彼女の事をとても大事にしている(←彼女は彼にとって特別な存在ってのはまだ伏せた方がいいかなと思って、ちょっと軽めな表現にしてみた)
「だいぶ寝ちゃった…もう昼なんだね…ごはんどうしよう…お腹すいたよね…どうする?」
と彼女に問いかけた時に彼女の顔を見て咄嗟に
「ピザ!」
といったら、彼女も同時に答えた。それを聞いて二人は軽く笑った。二人はまるで通じ合っているかのように同時に声を出し、それに驚いて一拍置いてから笑った。
楽しくピザを食べ終えた後、彼女はソファに座り、対面しているテレビを見ている。
「今日のナギが紹介するおススメグッズは…」
賑やかなテレビとは対照的に、彼女は表情を変えずに見ている…いや、見ているのか分からない。ぼーっとテレビの方をじっと見ているように感じる。以前ならテレビにツッコミを入れたり、笑っていたはずなのに、今日はまるで何も聞こえていないかのようだった。
彼女は料理好きでよく料理を振舞ってくれていた。宅配に頼る感じではなかった。
そんな思いを家事をしながらときどき彼女の様子をうかがう。
あんなことが遭った後だ、今は休ませてあげた方がいいんだろう、と彼もソファに座ってテレビを見始める
「…今日のテレビ、おもしろいことあった?」
「ん…わからない」
「…そっか…」
いつも通りの時間に目覚ましがなり、いつもどおり『作業的』に物をこなしているんだけど今日だけは何故か別の行動をした
「あ、歯を磨かないと…」
と歯ブラシを取った途端、小瓶が倒れて、カラカラという音とともに錠剤が一粒ずつ、洗面ボウルの中に転がっていく。彼が拾おうとするより先に、水とともにそれは排水口へと吸い込まれていった。
「あーあ…ま、いっか。ただのビタミン剤だし、またもらえばいいよな」
彼はそうつぶやき歯を磨き始めた
『…ビタミン剤…ですか』
歯を磨く彼の後ろでJがつぶやく、もちろん彼には姿や言葉は届かない
時間が経ってだんだん彼女の行動がおかしくなっていった。
皿を割って暴れだしたり、布団に籠って何もしたくないっていう
そのうち「無理。これ以上貴方と一緒にいられない」といって部屋を飛び出す。
廊下に続く扉を開けても姿がない、玄関を開けても彼女が出て言った形跡もない
彼がパジャマのまま外を捜索、周りでそれを見た人たちが怪訝な顔をしている(井戸端会議をしている主婦たちがこそこそ話している様子もある感じで)
ここで彼は彼女の実家に電話する
「お義父さん、彼女が出て行って姿が見えないんです!」(焦っている感じ)
「!今どこだい?今すぐ家に帰るんだ!私も向かうから!家にいるんだぞ!」(有無を言わせない感じ)
そしてどこに行っても見つからず、仕方なく家に帰ってきた彼がふらっと洗面台の方に行くと…
鏡に髪がぼさぼさに伸びてひげも生えっぱなしのやつれた自分が映っていた
「嘘…これが…俺?」
とひげを触っている最中、力なくあることを思い出す
「あ…」
――心の奥にしまい込んでいた忌まわしい記憶が、この瞬間、鮮明によみがえった。
美咲はリビングでスーツケースを閉じながら、弾む声で叫んだ。
「やったわ!念願の海外出張が決まったの!」
その言葉に美咲の母親は目を丸くして振り返り、笑顔で応えた。
「まあ、良かったじゃない!」
美咲の父親も新聞を置いて椅子から立ち上がり、嬉しそうに頷いた。
「昔からの夢だったもんな。おめでとう!」
その傍らで遥斗は俯いたまま、黙っていた。
美咲がからかうように言う。
「どうしたの?もしかして寂しくなっちゃった?」
遥斗はしばらく黙っていたが、ふと真剣な表情を浮かべ、声を絞り出した。
「…何か不安なんだ。お願いだから…今回はやめてくれないか?」
空気が一瞬、重たくなる。
美咲の母が慌てて笑いながら場を和ませようとする。
「大丈夫よ、そんなに心配しなくても。ちゃんと安全対策だってしてるんだから」
美咲の父も彼の肩を軽く叩いて言う。
「そうだよ、そのうちお前も行くことになるんだろ?そのときは彼女を守ってやるくらいのつもりでいけ!」
美咲はスーツケースを引き寄せて、明るく言った。
「じゃあ、行ってきます!」
仕事の都合でどうしても見送りにいけなかった遥斗は無機質な喫煙室の窓際で、震える手で煙草に火を点けていた。
それを見つけた同僚が声を掛ける。
「あれ?お前、タバコやめたんじゃなかったのか?」
遥斗は何も答えず、ただ黙々と煙を吐く。
その時、壁にかけられた古いブラウン管テレビから速報が流れた。
『○○便、太平洋上で墜落の可能性——』
騒然とする職場。隣の同僚が呆れたように言う。
「今どきそんなことあるのかよ…」
だが遥斗はその声を聞いていなかった。顔面は蒼白になり、煙草が手から滑り落ちる。
心の奥に封じていた忌まわしい記憶が、まざまざと蘇る。
美咲の父から彼女が見つかったと連絡が入り、彼は死に物狂いで病院へ向かった。息も絶え絶えで、美咲の彼女の無事を祈りながら。
静まり返った霊安室。そこに横たわる遺体に掛けられた白布の前に立ち、彼は震える手でそっと布をめくった。
そして——
彼の目が見開かれた。そこにあったのは、彼が知っている美咲の姿とはまるで違っていた。
顔も、体も、ひどく損傷していて、彼女だとは到底思えなかった。
しばらく絶句した後、彼の目から一筋の涙が落ちる。
「…違う…あれは美咲じゃない……」
その呟きは誰にも届かず、ただ静かに、彼の胸の奥深くへと沈んでいった。
遥斗は全身の力が抜け、ふらつきながら部屋の隅まで進み、そこでしゃがみこんだ。
現実を知りながらも、頭の中ではまだもがき続け、受け止められずにいる自分がいた。
そのとき、玄関のドアが開く音がした。美咲の父だった。
「〇〇くん!いるか…うっ!」
思わず父親は、鼻を腕で覆った。
埃っぽい空気に、いつ買ったかも分からない食品や宅配のパッケージ、脱ぎ散らかした衣類などが散乱し、部屋には異臭が立ち込めていた。
ごみの山をかき分けながら奥へ進むと、カーテンが締め切られた暗い部屋の隅で、小さくうずくまっている彼を見つける。
「遥斗くん!?大丈夫か?すぐに病院に行こう!」
父親は、彼を抱き起こし部屋を出ようとした。
そんな彼に、彼は力なく言葉を返す。
「病院…?俺は、どこも悪くない…」
それでも父親は、強く彼の腕をつかみ、
「いいから行くんだ!」
と、半ば強引に連れ出し、車に乗せた。
フラフラした遥斗を支えながらついた先は、閑静な住宅街の一角にある心療内科だった。
父親がいろいろ手続きをしている。彼は、周りにいる他の患者を力なく見まわしていた
”おれは違うのに…どうして…”
そんなことを考えている時、看護師に名前を呼ばれ、診察室に入る
今まで主治医の存在を忘れていたはずなのに、何故か顔を見た瞬間とめどもなく涙が溢れだし
「彼女が…美咲がいなくなったんです!」
と力の限り訴えた。それを見て動揺した主治医が
「遥斗くん、君の彼女はもう…」
その言葉を聞いた瞬間、あの時の彼女を思い出したが
「あれは彼女美咲じゃない!美咲はいたんだ!さっきまで一緒に!」
と無残な姿になった美咲を記憶からかき消し、さっきまでの思い出が上書きされた
その様子を見た主治医は溜息をつき、眼鏡をはずしながらゆっくりと話し始めた
「話によると『ビタミン剤』を飲んでなかったみたいだね…今までの『美咲』の状態は?」
やっと美咲のこと自分が言ったことが肯定されたのが分かり、遥斗はぽつりぽつり話し始めた
「いきなり怒り始めたり妙に明るかったり…疲れている時もありました…僕が眠れない時は彼女も眠れなかったみたいです…」
「…そうか…君、彼に点滴を打たせて休ませて、そして彼女の両親をこちらに」
「はい、分かりました」
主治医が看護師にそう指示すると、看護師は彼を処置室へ連れて行き、その時に声を掛けられた彼女の両親が主治医の元へ来た
「先生…遥斗君の様子はどうなんでしょうか?」
あとから駆け付けた彼女の母が心配そうに聞いた
「遥斗君の中では美咲さんはまだ生きています。遥斗君の感情がそのままの形で美咲さんとして投影されています。それはかなり根深い状態で、今の状態で美咲さんを引き離す、現実に呼び起こそうとするのはとても危険です」
「そんな…」
「じゃあ彼は一体いつ治るんでしょうか…?」
「それは…もう彼次第かと…」
病院での診察が終わり、助手席で開いた窓から入ってくる風を心地よく受けている彼。さっきまで取り乱していたとは思えないくらいだ。きっと点滴の中にそういった薬も入っていたのだろう。とはいえ、いつ錯乱状態に陥るか分からないので、父親は運転しつつも何度かちらっと彼を心配そうに覗いている
「すみません…ここで降ろしてください」
力なく、それでもどこか決意を宿した声で、父親にそう言った。
父親は止めても大丈夫なところに車を運んで止まる
「家まで送るよ、まだ遠いし…」
引き留めるつもりでいろいろと言葉を選ぶが、かれは力ないが自分の意思を持って
「大丈夫です、パジャマだけど…髪やひげをそのままにしてたら彼女に怒られる…」
と笑顔で答えたので、もう引き留められないと感じ
「そっか…でも何かあったらすぐに連絡するんだよ」
と釘を刺すと、笑顔で街中に溶け込んでいった
両親はしばらく無言だったが、母親が沈黙を打ち破った。
「いつ治るかわからないのは不安だわ」
「こうなったのは私たちにも原因がある、引き留めていた彼のいうことを汲んであげなかった私たちにも責任がある」
「そうね…弱い部分があった子だから…だから余計に心配で…彼の両親はもう亡くなってるし…私たちも若くない…私たちが死ぬまで彼は治るかしら…?」
「…見守るしかない…」
遥斗は適当に見つけた理容室でひげを整えてもらい、髪を切っている間、帰路につく間ずっと考えていた
『あれは幻ではない、ちゃんと”美咲”はいた。』
それは抗うものではなく、確信するかのような気持ちだった。
そしてさっき病院で貰ってきたビタミン剤ならぬ精神安定剤の小瓶を手に持ち、今度は落とさないようしっかり握りながら蓋を開けて薬を出す
『これがあるから彼女に会える』
取り出した薬を水もなしに思いっきり口に押し込み飲み込む
『これさえあれば…』
と考えながらソファに座り、ぼーっとする感覚に任せてそのまま目を閉じる
「………。」
何か聞こえる、うたたねしてしまったかと体を起こした途端、目の前が明るく輝いた
「ただいま!」
そこには満面の笑みの美咲がいた。
―——そう、この薬があれば彼女と一生一緒だ。
ソファで一人笑う彼の笑顔はとても幸せそうだった。
視界がいきなり暗転し、先ほどまで姿を見せなかったJが本を片手に物語の締めくくりを読み上げた。そしてその本をびっちりと詰まった本棚へ戻した
「彼は現実を受け止められず、幻想の中で生きていくことを選びました。彼はいつ治るのか、今の状態が幸せなのか、それは彼次第でしょう」
(Jがコツコツと靴音を立てて移動する。そこには大きな鏡が)
「あなたが見ているものは真実ですか?」
Jはゆっくりと鏡の前に立った。
しかし、鏡の中には彼の姿が映っていない。
そこに映っているのは、彼と彼女が寄り添う姿だけだった。
まるで、Jの存在が現実と幻想の狭間にあることを示すかのように。
その姿を見て、Jはそっと目を閉じる。
「……優しい嘘が、彼を救った」
コツコツ……と、靴音が静かに消えていく。
そして最後に、読者だけが知る。
彼が今も“そこで”幸せに暮らしているということを。
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