1-2 きっかけは大抵、些細なモン。

 初めての戦いを終えた後、我が家に派手なサイレン音を鳴らすパトカーが、数台やってきた。当たり前だが、いきなりミサイルが町に落ちてきたとわかれば、見た人なら誰だって警察に通報するだろう。ぼくだってそーする。


『なんだか、大騒ぎになっちゃったね』


 家の中に隠れたネコザルが、テレパシーで語り掛けてきた。遠くからサイレンが聞こえてきたところで、ぼくが他の人の前に姿を見せないよう指示したからだ。さっきまでの会話も、テレパシーで行なっていたらしい。声帯をもたない人形が声を出すなんておかしいと思っていたから、逆に納得してしまった。

 それでも、直に顔を合わせれば、肉声を耳にするように受け取ることも出来る。テレパシーという能力は、相手の五感にも作用するものなのかも知れない。

 

『なんだかごめんね? 巻き込んじゃったみたいで』

(気にするこたぁないよ。ミサイルなんてものに乗り込まなきゃならなかった時点で、なりふり構わずって状況だったってことでしょ)


 警察の現場検証を見守りながら、思念で会話に応じる。誰にも聞こえないような小声でつぶやきながら考えるのが、テレパシーに上手く応じるコツだったりする。

 

(暇つぶしがてら、聞いておきたいんだけど、君は何か飲み食いする必要とかってある? 一応、冷蔵庫の中にあるものなら、食べても良いけど)

『人形がお肉とか野菜を食べられると思う?』

(そうだね。失礼しました)


 愚問だった。

 というか、やっぱり、ネコザルのあのボディは、作り物ってことになるのか。どんな構造になっているのか、科学に興味が無いぼくでも、気になり始めたぞ。


『でも、栄養というか、燃料補給っていう意味では、少し焦ってることはあるかな』

(やっぱり、ネコザルにもエネルギーは必要なんだね?)

『人間でいう栄養の代わりになるもので、この人形を動かすためのものなんだけど……っていうか、さっきから何なのそのネコザルって?』

(君のあだ名だよ。名前を聞いても答えてくれなかったじゃないか)

『……まぁ、いいよ。わかりやすさって、結構大事だもんね』

(でしょ)

『ホントはアステルって名前があるんだけどなぁ……』

(商品名をそのまんま使うのも危ないだろ?)

『そうと言われれば、まぁ……』

 

 観念したように、ネコザルはため息をついた――ような気がした。

 実は、ネコザルからはボディのモデルとなったキャラクターブランドについては、説明を受けている。確かに、古いウェブサイトには、同じデザインのキャラクターが紹介されていて、実際にアステルという名称が採用されているのは確認した。

 まぁ、どうでもいい話だ。

 ネコザルも認めたように、要は呼びやすいかどうかが重要なのだ。


(それはそうと、何が必要なんだっけ? この際だから、出来ることなら手伝うよ?)

『ありがとう。じゃあ、マジックソーダっていう水が必要だから、それを探すの手伝ってもらおっかな?』

(新作のジュースかな?)

『絶対言うと思ったけど、飲み物じゃないんだよね。スライムみたいな人工筋肉みたいなのが、今のボクのボディには入れられてるんだけど、マジックソーダはその品質を保つために必要な液体なんだ』

(そうなんだ……)


 要は、人工筋肉の性能を維持するために必要な、オイルってところか。

 

『けど、その手掛かりとかがよくわかんなくって……』

(いつも摂取してるわけじゃないのかい?)

『わかんない……この人形を使うのって、今回が初めてだからさ。どこでそーゆーのが手に入るのかとか、全然わかんないんだ』

(そうなんだ……)


 要は見切り発車だったってのは、これまでの会話でも確認した通り。ロクに整備する方法も知らずに飛び出してしまったんだ。車の運転手で例えると、ガス欠寸前なのに、近くにガソリンスタンドが無くて焦っているようなものだ。まだ余裕はあれども、少し先のことを考えれば、不安にもなるだろう。

 

「なんじゃこりゃあ!?」


 突然、玄関の方から聞き慣れた男の低い声が聞こえてきた。

 視線を移すと、そこには紺色の作務衣を着た、白髪をオールバックにまとめた初老の男が立っていた。背格好はぼくと似ていて、若干向こうの方が高身長だ。

 彼の名前はカネマサ。一応、ぼくの実の父親だ。


「親父、こっち」


 事情を説明するべく、手招きをする。

 

「テオ! お前、こりゃどういうこった!? 庭にミサイルがぶっ刺さってて、何が何やらってカンジだぞおい!」

「大丈夫。概ねぼくも同じだから」

「何が大丈夫だ!? つーか、要するに何もわかんねえってことじゃねえか」

「そりゃね」


 ぼくの立場から言えることがあるとすれば、「庭にミサイルが落ちて、中から変なロボットが出てきた」――それだけだ。

 

「おいおいおいおい。隕石に直撃する確率とおんなじくらいのレアケースなんじゃねえのかこりゃあ? 隕石なんて見たことすらねーけど」

「宝くじで1等当てる方が、よっぽどレアケースだと思うけどな」


 今は火曜日なんだけど、親父が平日の夜でも呑気に酒を飲みに行くことが出来るのは、仕事をしていないからだ。親父は年末の宝くじで十億円を当てたことで、脱サラを実現。余りある財産を、今度は知人の会社に投資して、その報酬額とかで月百万円を稼いでいるんだとか。そのため、親父はぼくの養育にかける資産を保ちつつ、一日中遊んで暮らすことが可能になっているという。

 なので、庭を滅茶苦茶にされたものの、親父の懐は大して痛まないのだろう。落ちたのがウチで、本当に良かった。少なくとも、お金は親父の酒代より庭の修繕費に充てる方が、はるかに有意義だ。

 この後、親父は警官から呼ばれ、難しそうな話を始めた。しばらくして、話を終えた親父は、肩をすくめながら戻ってくる。

 

「テオ……今日は近くのホテルで寝泊まりしろだとよ」

「あぁ、やっぱ現場検証とか長引きそうなカンジ?」

「だな。ミサイルの出所だとか、狙いだとかをはっきりさせる必要があっから、とりあえず調査は続けるんだとさ。んで、睡眠の邪魔になるだろうから、どっかのホテルで寝泊まりしろとよ」


 重いため息をつく親父を一瞥し、苦笑いを浮かべる。

 そういえば、前に刑事もののドラマを見た時、気になって調べてみた。例えば、自宅で殺人事件が起こった場合、その家に住む人は、状況次第では警察が案内する宿泊施設に寝泊まりさせられるという。現場検証もそうだけど、事件が起こった場所で過ごし続けることが、家族にとって負担になる場合、そのような対応を取ることがあるんだとか。

 今回は殺人事件じゃないけど、ミサイルが飛んできたとなると、下手をしたら政治的な――国レベルの大問題に発展する可能性がある。だから、その出所も含めて念入りに調査を行わなくてはならないようだ。聞き間違えじゃなければ、この後自衛隊もここに来るらしい。

 いよいよ、大事になってきた。

 

「ま、仕方ねーな。ほら、さっさと身支度しろ。せっかくだから、高級なラブホでも見てみるとしようぜ」

「……いつも行ってんじゃねーのか?」

「お前の社会勉強って意味だよ。将来、彼女が出来た時にエスコート出来ねーでどうするよ?」

「だったら、ラブホより先に、女の好きそうな言葉とか教えろよな」


 まるで順序がデタラメだ。


「そういや、クロエっつー女の子にラブレター書いてんだっけか? あれ、出来たのか?」

「うんにゃ。まだ途中」

『おっふぅ!』

(ん? どうした、ネコザル?)


 今は家の中に潜んでいるネコザルの、何やら驚いたような声が頭の中に響いた。

 緊迫感は無かったから、敵が来る心配はないんだろうけど、気にはなる。

 

『………………いや、何段すっ飛ばそうとしてんのよあんた?』

(君まで、何の話してんのさ……)

 

 ネコザルは一体何をどう見れば、あんな反応が出来るんだろう? ラブレターを見られた可能性はあるし、それ自体は恥ずかしいけど、ネコザルが今みたいな反応を見せる根拠にはならないはずだ。

 しばらく考えてみたけど、やはり心当たりはなく、ぼくは眉をしかめるしかなかった。

 

 ◇◆◇◆


 簡単に支度を済ませた後、ぼくらは歩いてニ十分の距離にあるホテルに足を運んだ。ブルーとホワイトを基調としたシックなカラーリングをしているが、夢の国のお城みたいな、どこか子どもっぽいデザインをした建物だ。

 大きな声では言えないが、ここはいわゆるラブホテルと呼ばれる施設だった。


「受付してくんぜ」

「頼むよ……」


 親父の背中を見送りながら、手を振る。未成年のぼくが行っても門前払いされるのがオチだから、当然の判断だ。

 親父は手馴れた様子で手続きを進め、割とすぐに戻ってきた。


「ほらよ、別々に部屋を取ったからよ」

「サンキュー」

 

 親父が無造作に放り投げた黄色いカードキーを、片手で受け取る。

 部屋を別々にしたのも、賢明な判断だ。いくら父子でも――というか父子だからこそ、ラブホテルで同じ部屋にはなりたくないからね。

 

「費用は警察もちだからな。悠々自適に行かせてもらおうじゃねーの」

「ケチいね」

「たりめーだろ? 奴さんの都合なんだからよ」


 余裕があるくせに、妙にケチな男だ。まぁ、ケチだからこそ、経済観念が崩壊していないという証左になるから、これはこれで良い事なんだろう。

 

「ところでオメー、さっきから何なんだその人形は?」

「……あぁ、やっぱ気になるよね」


 親父は、ぼくが片腕で抱いているネコザルを凝視する。覚悟はしていたけど、やっぱり年頃の男子がぬいぐるみをもっている姿は、異様に映るものなのか。

 

「いい歳こいて……っていう以前に、そんなん持ってたかお前?」

「サンタさんがくれたんだよ」

「アホか」

「すんごいレアもんなんだぞ。なんせ、トナカイとソリじゃなくて、UFOに乗ってきたんだからな」


 つまらない冗談に聞こえるだろうが、あながち嘘じゃない。


「UFO、ねぇ……」


 案の定、親父の反応は冷ややかだった。


「まさか、お前の口からもそんな言葉を聞かされる破目になるとはな」

「「も」ってなんだよ、「も」って?」


 ウチみたく、家にミサイル落とされた人が、他にいるってのか?

 

「いや、ダチと飲んでた時に聞かされたんだけどよ。なんでも、ここいらのマンションの跡地に、エイリアンみてーなのがいるなんつってたんだよ」

「えっ……?」

 

 熱に浮かされかけた頭が、一気に冷えた。

 

「確か、前に町内会の回覧板で、立ち入り禁止だっつってた場所だよなぁ。そこんトコによぉ、酔っぱらったダチが入ってったみてーなんだけど、そこで映画の特殊メイクみたいなのをしたヤツを見かけたらしーぜ」

「それ、どこ!?」

「あ、おい?」

 

 ネコザルが血相を変えた様子で、親父の顔面に飛び移った。


「しゃ、しゃべったぁ!?」

「あぁもうしょうがねーな!」


 ぼくは慌てて、ネコザルと親父を自分の部屋に詰め込んだ。ラブホテルらしく(?)、ピンクを基調とした壁紙と家具が揃えられており、ベッドは天竺付きで清楚な白い布団が綺麗に敷かれていた。

 ここがラブホテルで良かった。建物の性質上、こういう所は部屋が防音になっている。ここならば、ネコザルとの会話を外から聞かれる心配はないだろう。この場合、危ないのはネコザルじゃなくて、ぬいぐるみに真剣な表情を向けるぼくと親父ってことになるが。

 ま、それはともかく。

 

「おいおい、なんで人形が喋れるんだよ?」

「事情はいつか話すから。それより、その廃墟がどこにあるのか教えてよ! もしかしたら、何か手掛かりがあるかも!?」

「訳わかんねえ……」

「まぁまぁ、ふたりとも一旦落ち着こう」

「わぁー!」

 

 ぼくは、親父の顔面に張り付いたネコザルを片手で引き剥がし、ベッドの上に放り投げる。


「な、なんなんだ一体……?」

「親父。混乱するのはわかるけど、とりあえず教えてやってくれよ。奇妙だとはぼくも思うけど、彼女も必死なんだ」

「つっても……あの、裏山の廃墟のことだぜ?」

「ん? ……あぁ、あそこか。町内会でもそう言われてたんだ」


 問題の建物は、前はUR賃貸だったものらしい。取り壊す必要はあるけど、費用とスケジュールの関係で難しいって理由で、今も放置されている。当然、崩落の危険があるからって、学校でも立ち入り禁止を指示されたことがある。

 だから、ぼくもその場所がわかる。


「こんな、動く人形がいるってんなら、あながち光る人がいてもおかしかねーよな…………」

「? おい、親父?」

「あーねむて……(ZZZ)」

「おいおい……」


 質問に応えるや否や、親父はベッドの上に寝転がり、寝息を立て始めた。ネコザルとは違う位置に倒れ込んだところは、まだ周囲が見えていたと見るべきか。


「寝ちゃった、ね……完全に」

「ったく、しょうがないなー」


 ぼくは親父の体に掛布団をかけた。白くて柔らかいベッドだった。ぼくは弾力の強い方が好みなので、あまり使いたくないな。後は、盗まれたら困る貴重品だけを預かる。


「ネコザル。ちょっと来て」

「あ、うん」


 廊下に放っておいたバッグ類を回収し、ネコザルと共に、自分にあてがわれた隣の部屋に入る。内装は、ほぼ親父の部屋と同じだった。

 ぼくは親父の財布を金庫に入れ、ロックする。これで盗難の心配はいらないだろう。鍵は、一応ぼくが預かって置くことにしよう。


「さて、これからどうすんの?」


 ネコザルをテーブルの上に乗せた後、尋ねる。

 

「行ってみる。そのマンションの跡地に」

「言うと思ったよ」


 ぼくは着替えを入れたボストンバックを開き、中にしまっていたモンキーレンチを取り出し、笑う。


「早速、行ってみよう」

「えっ? でも――」

「このまま、見て見ぬふりするのも気持ち悪いしね。それに、案内役だって必要でしょ」

「場所はわかってるよ」

「えっ? そうなの?」

「それより、安全って保障はないんだよ? あんまり、無理はしない方が良いと思う。……好きな人だって、いるんでしょ?」

「馬鹿にしちゃあいけないよ」


 ぼくはあえて、相手を小馬鹿にするように、短く笑った。

 

「大事なのは、家族と金と……」


 ぼくは、ボストンバックに入れた、もう一つの貴重品を取り出した。


「この手紙だけだって」

「あっ!」

 

 ネコザルが、ぼくのラブレターを見た途端、モジモジし始める。


「そのリアクション……やっぱり見たんだな?」

「だ、だって! 部屋に入れられたら、いきなり目に入ったんだもん!」

「ったく、しょうがないなぁ……」


 女の子の意識をもつネコザルに見られたのは、なんとなく後が怖い気もしたけど、緊急事態だったんだ。家に入れたのはぼくの判断だし、ラブレターを机の上に放置したのもぼくだ。

 要は、不可抗力だ。本当に、どうしようもないことだったんだ。

 だから、多少のわがままは聞いてもらうことにする。


「それじゃ、いこう。準備は出来てるかい?」

「……うん」

 

 何故か目元を覆うネコザルの首根っこを掴み、ボストンバックと一緒に持ってきた紫のリュックサックの中に入れる。その後、水が入った500mlのペットボトルと、ブロックタイプのバランス栄養食、モンキーレンチを押し込み、わずかな隙間を作るようにチャックを閉じた。


「テオ」

「ん?」

「……ありがと」

「!」

 

 少しだけ、心臓の音が高鳴った気がした。

 

 

「……空振りにならなきゃ良いけどな」


 ぼくは照れと緊張を抑えるように、Yシャツの胸元を握り締める。そして、恐怖と怖いもの見たさからくる期待に身を震わせながら、衝動に身を任せるようにホテルから出て、暗い夜道を駆け出した。


 ~~~~~~~~~~~~~~


 思えば、ぼくの恋をきっかけとする旅は、ここから始まった。

 ネコザルには言わなかったけど、ぼくにも目的はある。

 それは、ネコザルに協力することが、クロエとの再会につながるんじゃないかってこと。根拠なんて無いけど、この不思議な出来事が、あの不思議な幼馴染に通じている気がするんだ。

 そう。クロエは、不思議という言葉がとても良く似合う女の子だった。がさつなようで、実は女の子らしい――なんてのはよく聞くフレーズだけど、クロエと一緒にいると、動物が群がってきたり、変なところから小銭が落ちてきたり、とにかく変わったことがよく起こっていた気がする。

 ぼくは、そんなミステリアスな魅力をもっていたクロエのそばにいることが、すごく楽しかったんだ。

 もしかしたら、そんな不思議な出来事に関わり続けることで、いずれクロエと繋がるんじゃないかって、そんな淡い期待を抱いている。バカな話だけど、手掛かりなんて何もない以上、今は直感を信じて行動するのが一番だと思うんだ。

 現に、ネコザルは困っている。

 そんな彼女を助けてあげたいと思うのは、おかしなことなんかじゃない。

 少なくとも、クロエならそうするはずだ。

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