夏の花火、君の声
猫の助
プロローグ
結局、彼女は何を伝えたかったのだろうか。その答えを、僕が知ることはなかった。
僕が大学への進学を機にこの町を離れるとき、駅まで見送りに来てくれた彼女は、「次に会ったとき、伝えたいことがある」と言っていた。
けれど今、僕の目の前で彼女は眠っている。
よほど楽しい夢を見ているのか、いくら呼びかけても目を覚ますことはなかった。
楽しいことが好きな彼女だから。仕方ないのかもしれない。
視線を彼女の両親に移す。二人とも、見るからにやつれていた。
母親の目は真っ赤に腫れ、泣きすぎた痕が痛々しいほどだった。
「おじさん、おばさん……ご愁傷さまです」
僕は、静かに頭を下げる。
「洋平くん……遠くから来てくれて、ありがとう。娘も、きっと喜んでいると思います。洋平くんのこと、本当に懐いていましたから……」
彼女の母親は掠れた声でそう言った。
言葉の一つひとつに、張り詰めた悲しみが滲んでいた。
「いえ……。僕にできることがあれば、何でも言ってください」
再び、彼女に目をやる。
眠っているように見えるその姿は、やはり目を覚ますことはなかった。
――そしてその日を境に、僕が地元へ戻ることはなかった。
年末年始も、夏休みも。
「忙しいから」と、それらしい理由を口にしては避け続けた。
きっと、彼女の死を悲しんでいるというよりも、帰ってしまえば――心に空いた穴の存在を、自分で認めてしまう気がして。
彼女のいない現実に直面するのが、ただただ、怖かった。
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