混浴温泉

 リーナさんに全力拒否されたとしても、入浴はしなければならないわけで……。

 特に今日は森の中を歩いたりオークの巣窟での激戦を経験したりして、僕も全身汗でベタついていた。部屋に風呂はあるらしいが、できれば温泉に入りたいというのが本音だ。


 夕食を終えた僕たち四人は食堂を後にし、二階の客間の廊下を歩いていた。


「――でも、エリスは別にいいよ? 一緒に温泉に入るの」


 僕の隣を歩いていたエリスさんがポツリと呟いた。

 前を歩いていたリーナさんが、腰布がめくれんばかりの勢いで振り返る。


「ななな、なに言ってるのよエリス! だめよ! こんなやつ、なにされるかわからないわよ!?」


「ち、違う違う、お兄さんだよ。別にお兄さんは一緒に入ってもいいんじゃない? ほら、今日オークの巣窟での死線を一緒に乗り越えた仲間だし」


「そ、それはまぁ……そうね」


「えっ、いいのかい?」


 意外にもあっさり引きがったリーナさん。


「ただし、一定の距離は保つのよ? いいわね?」


「は、はい……!」


 とはいえ、エリスさんとリーナさんと一緒に温泉……!

 何だこの夢みたいなシチュエーションは……!


「なぬぅ!? おい! ずるいぞ青年! 俺も混ぜろ!」


 最後尾を歩いていたジェドーさんが両手を上げて喚いた。


「あんたは部屋風呂にでも入ってなさい!」

 

 リーナさんの一喝で廊下での会話は終了し、それぞれが部屋に入っていった。


「さて……」


 部屋に戻った僕はクローゼットの中にあったタオルを取り、足早に部屋を出た。向かう先は宿屋の一階、建物の裏側にある混浴露天風呂。

 こういう場合は先に行ってしまった方が何かと安全だ。先に行って、隅っこに陣取ってしまえばいい。


「よし……まだ部屋の中だ……!」


 廊下に出ても他に人の姿はない。エリスさんとリーナさんはまだ準備中だ。僕は急いで階段を駆け下り、露天風呂へ向かった。


 まだ夕食時だからだろう、脱衣所には誰もおらず、温泉自体にも人の気配はなかった。僕は手早く衣服を脱ぎ、タオル片手に浴場へと足を運んだ。


「おおっ……いいね……!」


 そこは、現実世界のそれと何ら遜色ない露天風呂だった。

 周囲を高い木や柵で囲まれた中に、岩で作られた広々とした温泉が白い湯気を立てている。風呂の中央にも大きな岩が積まれており、そこに開けられた穴から温泉が湧き出ていた。


「まさか異世界で温泉に入れるとはね」


 僕は傍にあった桶で軽く体を流してからお湯に入り、隅の方に腰を下ろした。


「ふぅ……」


 肩までゆっくりと湯に浸かる。じんわりと身体が温まり、今日一日の疲れが溶けていくようだ。

 後頭部を岩に預け、夜空を見上げる。星が瞬き、それを時折隠すように温泉の湯気が空へ浮かんでいく。

 今このときばかりは、完全に現実世界にいるようだった。最高の癒やしタイムだ。まさかアシェ村にこんな名湯があったとは。


 ――と、誰かが浴場に入ってきた。


「お兄さん、いるー?」


「来たわよー」


(エリスさんとリーナさんだ……!)


 僕は思わず顎のあたりまでお湯に浸かる。隅っこに陣取っていたおかげで、ここからだと湯気と中央の岩に隠されてエリスさんたちの姿は見えなかった。


「う、うん、いるよー!」


「あぁ、岩の向こうにいるみたいだね」


「いきなり直視してこなかったのは評価したいわね。まぁあたしたちは反対側に入りましょ」


 岩の向こうからそんなやり取りが聞こえたあと、水の波立つ音と共にエリスさんとリーナさんが温泉に浸かった。


「んんー! いいお湯だね~!」


「ほんとね。今日は色々と大変だったから、最後の締めが温泉で良かったわ」


 ちゃぷちゃぷと音が聞こえ、お湯を肩や腕にかけているであろう光景が脳裏に浮かんだ。もちろんだが、エリスさんとリーナさんは胸の布や腰布を全て取り払って、生まれたままの姿でいる。


 そう考えると一気に体が熱くなり、僕は黙って耳をそばだてることしかできなくなった。


「んっ……ちょっとリーナちゃん……! くっつきすぎだよぉ……!」


「ふふっ……だってエリスの肌……すべすべなんだもの……」


 色々と想像を掻き立てられる声が、岩の向こうから響いてくる。


「太ももとか……お腹とか……全部すべすべ……癖になっちゃうわ……」


「だ、だめ……触りすぎだってば……んんっ! そ、それに……リーナちゃんの胸……当たってるよぉ……!」


(な、なんだこの甘い空気は……!?)


 僕は口元までお湯に浸かり、フル回転する妄想を必死に抑え込もうとしたが――耳から入ってくる踊り子二人の無自覚な会話は、より僕の想像力に拍車をかけてくるばかりだった。


「もう……リーナちゃんったら……! お返しっ……!」


「きゃあっ!? エ、エリス……そこは反則よっ……! あぁん……!」


(一体何をしてるんすか二人とも……!?)


 くつろぎタイムのはずが、感情と思考が荒ぶって全くリラックスできない。僕の頭がいよいよぐらついてきたとき――


「ねぇ、リーナちゃん……体、洗いっこしようよ」


 エリスさんの甘い声が湯気に混じって聞こえてきた。


「あぁ……いいわねそれ……! お互いの体にたっぷり泡を付けて……っ」


「ぼぼぼ僕! 先に上がってます!」


 あーもう限界だ!

 これ以上は聞いていられない!


 僕はザバッとお湯から立ち上がる。二人の会話をこれ以上聞いていたらのぼせてぶっ倒れそうだ。


「ふふっ……冗談よ、お兄さん。ちょっとからかっただけ。本当に想像力が豊かなんだから」


 リーナさんの笑い声で僕は正気に戻った。

 な、なんだ冗談か……よかった……(何がだ?)。


「ねぇ、お兄さんもこっちにおいでよー。いつまでもそんなに離れてたら混浴の意味ないよー」


 エリスさんが岩の向こうから呼びかけてきた。


「ええっ!?」


「ちょっ……エリス、本気?」


「うん。だってお兄さんなら大丈夫じゃない?」


 その『大丈夫』には色々な意味が含まれている気がした。少なくともエリスさんには信頼されているようで素直に嬉しい。


「まぁいいわ。お兄さんには正直助けられたし、こっちに来ていいわよ」


 マジすか……!

 混浴で、しかも女性陣からお誘いを受けるなんて。何たる幸運。


「えっと、じゃあ……お邪魔しま〜す」


 僕は胸を高鳴らせ、お湯に浸かったままそろそろと岩の向こう側へ進んだ。

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