アシェ村

 草原に点在する大樹、小川にかかる簡素な橋。馬車はなだらかな坂道をくだり、目的地――アシェ村へと到着した。


 ――そう、直でオークの巣窟の目の前に着くわけではなかった。冷静に考えたら当たり前だ。着いた瞬間襲撃を受けるかも知れないし、御者だっていきなりそんな場所に行かされるのはご免だろう。

 なので、オークの巣窟から近いこのアシェ村まで馬車で赴き、そこから徒歩でオークの巣窟へと向かう運びだ。


「着いたわ。降りましょう」


 タタタ、と裸足で馬車のステップを踏み、リーナさんが先に村の前に降り立った。僕とエリスさんも続き、村の全貌を眺める。


 アシェ村。

 それは山裾に広がる素朴な農村だった。加えて旅人たちが足を休める場所にもなっていたりして、宿屋が重宝されているとか。


 この村に最近、近くの山林の洞窟に巣食ったオークたちの襲撃が相次ぎ、住民は不安を募らせていた。実際、崩れた家があちこちに見え、襲撃の爪痕が残っている。


 今回のクエストの依頼主は、この村の村長らしい。


「で、どうするの? まずは村長さんに話を聞きに行くの?」


 本格的にRPGっぽくなってきた展開に内心ワクワクしながら僕が尋ねると、リーナさんが肩をすくめた。


「なんの話を聞きに行くのよ? 別にここの村長に用はないわ。このままオークの巣窟に直行するわよ」


「クエストの契約とかは依頼主とムバータ様の間で事前に取り交わされているから、エリスたちは現地についたらターゲットを倒すだけだよ。別にこの村でやることはないかな~」


「そ。回りくどいことは無し。無駄は省略よ」


「そうなんだ……」


 早くも出番終了のアシェ村。ただの中継地点だったアシェ村。もう二度と名前を思い出すことはないだろう。この星の名前もとっくに忘れた。


(ダンジョンに行く前に近くの村で装備を整えたりするのがRPGの定番だけど……思えば踊り子ふたりに装備なんてものは不要だしなぁ……)


 布切れだけを纏った踊り子二人の背中を僕が交互に眺めていると、エリスさんが端と閃いた。


「あ、でも待って。お兄さんには何か装備が必要じゃない?」


「言われてみれば……そうね。このまま行ったら一撃で死ぬわね、お兄さん」


 今までエリスさんとリーナさんの過激衣装にばかり気を取られていた僕は、久しぶりに自分の身なりに目を落とした。

 Tシャツにチノパンにスニーカー。いい意味では現実世界と異世界の両方で違和感なく着こなせる

服装だが、悪い意味では防御力3くらいの初期装備だ。


「まぁ確かに……ちょっと心もとないかも……」


 僕が頭を掻きながら苦笑を漏らすと、エリスさんが元気よくツインテールを弾ませた。


「じゃあせっかくだし、アシェ村でお兄さんの装備を買っていこうよ」


「ええ。そうしましょう。せめて一撃くらいは耐えてもらわないとね」


「あ、ありがとう。そうさせてもらうよ」


 半裸で丸腰のエリスさんたちの心配よりも、一般人である僕がオークの巣窟に足を踏み入れることの危険性の方が実は大きいかもしれない。

 こうして僕はエリスさんとリーナさんに伴って村へ入ることとなった。出番ができてよかったな、アシェ村。


「豊かな農村ゆえに、オークからの略奪が後を絶たないみたいよ。許してはおけないわね」


 村の通りを歩きながらリーナさんが言う。周囲に村人はちらほら歩いており、やはりというべきか、誰もがリーナさんとエリスさんの姿に目を奪われている。

 たわわな胸を細い布で隠し、腰の前後から軽くて薄い布を垂らし、それ以外の肌は全部空気にさらけ出している裸足の美少女二人がいきなり田舎村にやってきたのだ、誰だって釘付けになるだろう。


「えーっと、装備を売っていそうな店は、っと……」


 リーナさんが辺りを見回す。


「オークに壊されちゃったとかないよね?」


 エリスさんも心配そうに呟いた。

 そのとき――


「あの子に聞いてみましょう!」


 リーナさんが指をさした。視線の先には、買い物袋を抱えて歩く十歳くらいの少年がいた。麦わら帽子をかぶり、少し泥のついた膝小僧を出している。見るからに地元の子だ。


「ええっ、あの子に……!?」


 僕は思わず声を上げた。

 いやいやいや! いろいろまずいでしょ!


「ちょ、ちょっと待ってリーナさん……!」


 リーナさんは僕の声など聞かず、ずいと少年の前に立った。


「こんにちは、ボク。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」


「……うわぁっ!?」


 少年が買い物袋を落としそうになりながら仰け反った。

 一瞬で真っ赤になる顔。口をぱくぱくさせて後ずさりするその姿は、まるで魚のようだった。


「えええ……っ!?」


「どうしたの? そんなに驚かなくてもいいじゃない」


 リーナさんは少年の顔を覗き込むように前かがみになる。その動きに合わせて胸布から零れそうになるほど垂れる大きな胸と、ふわっと揺れる薄っぺらい腰布。

 笑顔を作って少年を安心させようとしていたが、問題はそこじゃない。


(そんなカッコで男児の前に立っちゃだめだって……! 教育上悪すぎる……!)


 少年には刺激が強すぎる格好であることがリーナさんには分からないのだろうか。僕は割って入ろうとしたが、それより先にエリスさんもリーナさんの横に並んでいた。


「この村に、防具とか売っているお店はないかな? お姉さんたちに教えてくれる?」


 すこぶる優しい顔と声でエリスさんも腰を屈めるが、少年にとっては追い打ちでしかない。


(だめだだめだ! 歪む歪む!)


 素肌むき出しの女性が目の前に二人も並んでいるのだ、こんなの大人でもパニくる。それを十歳程度の年齢で目の当たりにしたら、少年の未来が心配だ。

 ちなみに僕の位置からは、エリスさんとリーナさんの後ろ側の腰布が持ち上がったことでお尻の下の丸みがあらわになっており、僕としても攻撃を受けていた。


「ああああのっ……えっと……!」


 目の前に迫りくる、柔らかくて大きな四つの膨らみ。

 分かるよ少年。その気持。


「そこの角を右に曲がればあるよ……! じゃあ……!」


 少年は顔を真っ赤にしたまま、まるで逃げるように去っていった。


「あんなに怯えなくてもいいのに、ねぇ?」


「うーん……エリスたち、そんなに怖いかなぁ?」


(分かってない……だと……!?)


 帰った後に少年が何かに目覚めないか心配だったが、とりあえず知りたいことは知れた。


「ええっと! そこの角を右だそうだね、行こうよ!」


 珍しく僕が仕切る。

 頼むからそのへんの人に話しかけるときは大人に限定してください……!

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