踊り子リーナ

「ひぃっ!?」


 そのあまりのスピードと威圧感に僕は竦み上がることしかできない。


「リ、リーナちゃん! ちょっと待っ……!」


 隣でエリスさんの声が聞こえたが、次の瞬間、前傾姿勢で目の前に迫ったそのリーナという少女の正拳突きが僕の腹部にめり込んでいた。


「うぐッ!?」


 これが――踊り子のパンチ……!

 芯まで響く威力だ。

 

 僕は前かがみになってよろめく。するとリーナは僕の肩に両手をかけてくるんと空中を一回転し、背後に降り立った。

 すぐさま僕の首に腕が巻き付いてくる。


「ぐっ! ぐるじいっ!」


 呼吸が絞られる。背中に押し付けられるリーナの大きくて柔らかな二つの膨らみと、耳元にかかる彼女の熱い吐息のせいで、一層目が回った。


「あんた何者!? 店はまだ開いてないし、ここは客が入っていい場所じゃないわよ! そしてなんでエリスと一緒にいるの!?」


 まくしたてられる甲高い声が鼓膜を震わす。先程もだが、最後の質問が特に強調されていた。


「待って待ってリーナちゃん! このお兄さんは怪しい人じゃないよ! エリスがここに連れてきたの! 味方だよ、味方!」


「はぁっ! はぁっ! ほ、ほんとに……!?」


 僕はがっしりと首に巻き付いた細い腕を必死に叩く。


「ほ、ホントですホントです! 離してください! リ、リーナ、さん!」


 一瞬ためらいの間を挟んだ後、首から腕が、背中から胸が離れた。

 僕は咳き込みながら振り返る。


 リーナという名の踊り子はきゅっと引き締まった腰に片手を添えながら、僕のことを観察するように睨みつけている。


「あんた……どこのどいつ? 何しに来たのよ?」


「ええっと……」


 僕も怖気づきながらリーナさんを見返す。

 短すぎる腰布、今にも外れそうな胸布。白い素肌に、しなやかな素足。

 踊り子としての姿はエリスさんと一緒だが、着ている少女の性格はエリスさんとは正反対だった。


 どういうことだ……!?

 踊り子ってみんなエリスさんみたいに優しいんじゃないのか……!?


 しかし、だ――

 

 ――正直、めちゃくちゃ美少女だ。

 エリスさんは柔らかくて温もりのある可愛らしさだが、リーナさんは少し鋭い雰囲気のある凛とした可愛さを持っている。

 エリスさんに負けず劣らず、見惚れてしまう魅力があった。


「あのね、このお兄さんはヒロクさんって言って、森の中でオーガに襲われているところをエリスが助けたんだよ」

 

 僕をフォローするように隣にエリスさんがついてくれた。


「お兄さんはどうやら別の世界から飛ばされてきたみたいで、行く宛がなかったの。だからディラメルに連れてきてあげたんだよ」


 うんうん、と僕も激しく頷く。


「別の世界から……?」


 ピクリと、リーナさんの片眉が不機嫌そうに動く。そりゃそうだ、いきなりそんなこと言っても怪しまれるだけだ。


 エリスさんは慌てて話を進ませた。


「で、でね、お兄さんは触った人を癒やす能力を持っていて、エリスたちの戦いのサポートに就いてくれたらすごく助かるかな~って思ったの。だからいっそこの屋敷に住んでもらった方が、お互いのためになるかな~って」


 「もちろん、ムバータ様の許可がないとだめだけどね」とエリスさんは締めくくり、リーナさんの反応を伺った。『ムバータ様』というのがディラメルの支配人のようだ。


「触った人を癒やす……? この屋敷に住む……? ですって……ッ?」


 リーナさんは片眉をぴくぴく動かして、今にもブチ切れそうだ。

 

「そんなことはどうでもいいわ。あたしが言いたいのは……」


 リーナさんは僕の隣りにいたエリスさんの片腕を掴み、無理矢理自分の方に引き寄せた。


「あっ……」


 戸惑うエリスさんの片腕に両手を艶めかしく絡ませ、胸の谷間を密着させながらリーナさんは横目に僕を見やる。


「エリスに気安く触っていいのはあたしだけってこと。いい?」


 僕は言い知れぬ動揺に苛まれる。心臓が高鳴り、顔が熱くなった。


「ちょ、ちょっとリーナちゃん……っ! 近いっ……!」

 

 エリスさんも頬を赤くしていたが、リーナさんは更にエリスさんに顔を近づける。


「いいじゃない、久しぶりなんだし。クエストでいなかったから、寂しかったのよ?」


 リーナさんは片方の太ももをエリスさんの同じ部分にこすりつける。膝を持ち上げたことで、リーナさんの腰布が股の間に垂れた。

 その絡み合うむき出しの太ももを見て僕はめまいがする。

 何だこの光景は……二人の踊り子が目の前で絡み合っているぞ……!


「あっ……ちょっ……リーナちゃん……っ! 今はだめだって……! あとでっ……んんっ……!」


 ついにエリスさんの耳に息まで吹きかけ始めたリーナさん。

 僕はたまらず声を割り込ませた。


「あ、あのっ! 二人って、その……もしかしてつまり……!?」


 するとリーナさんは呆気なくエリスさんから離れ、いくらか冷静な口調で言った。


「ええ、大親友よ。だからエリスにヘンなことしたらあたしがただじゃ済まさないってこと。……ていうかあんた、なんか妙な想像してた? このヘンタイ」


「あーいや、別に! で、でも、『あとで』って……!」


 今度はエリスさんがにこやかに答える。


「踊りの練習だよ。今夜はリーナちゃんとエリスの二人がステージに立つんだ~」


「な、なるほど、そういうことか……」


 紛らわしい……! ヘンにドキドキしてしまったではないか……!

 いやしかし、この二人がステージに立って踊る姿も、かなり刺激的であることに違いはない。


「で、ムバータ様のところに行くんでしょ? 執務室にいるわよ。せいぜい頑張りなさい、『お兄さん』」


 そう言うとリーナさんはレモン色のポニーテールと緑色の腰布を揺らしながら反対方向へと去っていった。


 なかなか強烈な出会いだったが、とりあえずリーナさんには受け入れられたようだ。あまり深いことは考えないタイプのようだ。


「じゃあ行こっか」


 エリスさんは微笑んで再び歩き始める。

 ムバータとか言う人がこの先待ち構えているらしい。

 僕は若干の緊張をしつつ、エリスさんのピンク髪のツインテールを追いかけた。

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