異世界で姪が勇者になったけれど、俺はのんびり料理屋を開く

夕日

プロローグ~デスクレイフィッシュを添えて~1

 俺、伊東翔の朝は早い。

 日が昇る頃に起床し、まずは仕込みを開始する。

 ここは俺一人で回している店だから、メニューはそう多くない。それでも仕込みには、それなりに時間がかかってしまうのだ。

 メニューは定番メニュー二種と、日替わりメニュー。そして『仕入れ』次第の特別メニューの四種類だ。とはいえ特別メニューに関しては『仕入れ』次第で提供は不定期になるので、実質三種類だな。

 定番メニューはどれもパンとのセットなので、まずはパンの仕込みからだ。パンはいつも同じものではなく、客が飽きないようにほぼ日替わりにしている。今日のパンはクロワッサン。この『世界』にはない種類のパンだ。めずらしいパンを求めてくる人々が多いので、店頭販売分も含めて多めに仕込んでおくことにした。

 生地を捏ねてから、俺の背くらいの高さの魔導冷蔵庫に入れて発酵を促す。ドライイーストなんていう便利なものはなかったので、イースト菌はレーズンを使った手作りだ。レーズンや林檎でイースト菌を作れることは知識としては知っていたが、実践するのははじめてだった。試行錯誤を繰り返して、満足がいくものができたのでほっとしている。

 生地を寝かせている間に定番メニューの片方である、チリコンカンの仕込みをはじめる。大鍋いっぱいに仕込んでも足りるか微妙なところなのだが……。これ以上の量は手が回らなくなるので勘弁してほしい。もう片方の定番メニューは、いろいろなモンスター肉の合い挽きミンチと玉ねぎを甘辛く味つけした具が入ったオムレツである。こちらは中身の具材だけ作っておいて注文が入ってから、卵に包む。

 日替わりメニューはレッドバードのコンフィだ。ふんわりとした肉質が特徴のモンスターで、俺でも罠で狩れる難度なのがありがたい。こちらは昨夜からハーブとにんにくに浸けて冷蔵庫入れており、仕込みは完了している。

 定番メニューにも日替わりメニューにも、オーク肉を使った厚切りベーコンのポトフがつく。これで銅貨三枚。我ながらなかなかお得だと思うのだ。

 一次発酵が終わったので生地を薄くし、しばらく冷やして、バターを折り込み生地を伸ばして、また冷やして……と諸々の工程を経てから、ようやく生地を巻けるようになる。なかなか手間がかかるパンだが、これが楽しい。

 予熱を済ませていた魔導オーブンに巻き終わったものを入れて、ほっと一息ついた時。外で「ドン!」と大きな音がした。そして、なにかを大きなものを引きずるような音が続く。

 これは……。特別メニューの材料がやってきたな。この音からするに、かなりの大物だろう。


「叔父さーん!」


 ノックもせずに、厨房の裏口の扉が開く。そして、勇者とやらをやっている姪の椛音が顔を出した。その後ろからは、この国の王子であるアリリオ殿下も顔を出す。姪の旅の仲間で、ジョブは魔法使いなのだそうだ。


「来たぞ、ショウ。カノンがまた大物を獲ったんだ」

「叔父さん、お腹空いた~。仕入れのお礼に朝ごはん食べさせて!」

「はいはい、ちょっと待ってくれ」


 手を洗ってから外に出ると、店先には大きな海老のようなものが横たわっていた。

 いや、冗談抜きにでかい。縦一メートル、横三メートルはあるんじゃないだろうか。そして、よくよく見ると海老ではなくて、ザリガニだ。こんなサイズのザリガニが、いるんだなぁ。

 この店は街から少し離れたところにあるからまぁよかったが、街中だったらちょっとした騒ぎになっていただろう。


「今日も、すごいのを持ってきたな」


 俺は呆然としながら、ぽつりとつぶやく。すると、椛音が「にしし」と得意げに笑った。

 椛音たちがこんな大きさのものをどうやって持ってきているのかというと、転移魔法とマジックバッグというものを使っているのだ。転移魔法は一度行った場所なら、行き来ができる便利な魔法だ。とはいえそれは高位の魔法使いしか使えず、この国で使えるのはアリリオ殿下も含めて四人ほどなのだとか。

 マジックバッグは某猫型ロボットのポケットのような機能の収納袋で、なんでも収納できて収納したものは簡単に取り出せる。中の時間は停まっており、生物を入れてもその新鮮な状態を保つことができる。値段が高ければ高いほどその容量は増え、椛音たちが持っているのは最上位のものなのだそうだ。

 食材の保存用に彼らが持っているのと同じものが我が家にもあるのだが、実はアリリオ殿下からの貰い物だ。……その値段のことは、考えないでおこう。

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