さあ、涙の行方をさがしにいこうか

春野 セイ

第1話 伯爵令嬢オリエ



 ミラー伯爵邸には多くの客人が招かれていた。

 客人たちの身分はすべて貴族であり、階級も様々であった。公爵、伯爵、子爵、男爵といった面々の中に多くの子どもたちがいた。

 実は、メインは子どもたちの交流である。


 そして、この日、ミラー伯爵家の八人目の令嬢、オリエ・ミラーは、6歳の誕生日を迎えていた。

 しかし、オリエは本日の主役なのに、誰ひとり彼女に関心がない。

 訪れた人々の関心は、ミラー家の七人の兄弟姉妹にあった。


 素晴らしいお茶菓子を飲み食いしながら、皆、和気あいあいと楽しそうだったが、オリエは瞳をウルウルさせて、右手にヌイグルミのウサギを抱え、左手にレースのハンカチを握りしめている。


 涙が止まらないのは、孤独を感じているから。

 オリエは、七人の兄や姉たちとは年がだいぶ離れていて、兄や姉たちは自分たちのことで頭がいっぱいだった。


 オリエの誕生会といえど、集まった面々は、子どもたちを社交界デビューさせて、政略結婚を目論むことに躍起になっていて、オリエのことなど見向きもしない。

 母も父もおそらく、本気でオリエの存在を忘れているのだろう。


 八番目に生まれたオリエを見ているのは、ミラー家の侍女の娘でマーヤくらいだった。

 マーヤもやっと8歳を迎えた幼い少女である。

 幼いながらも、オリエのことをずっと見守ってきた。


 オリエは右手でヌイグルミのウサギを抱きしめて、招待されたお客様の後を追いながら、必死で話かけようとするが、みんなオリエを見ただけで、ぷいっと顔を背けた。


 マーヤは、ハラハラとそれを眺めることしかできず、助けることもできない。

 すると、一人の少年がオリエの手を振り払った。


 少年はリリアム伯爵家の三男で名前をシュモンと言った。シュモン・リリアム。

 年齢は今年12歳になる。彼もまだ幼いが、両親から優良物件を探すよう命ぜられ、貴族のお茶会などの集まりには必ず顔を出していた。


 そのシュモンが、オリエの手を振り払った瞬間、周りの人たちはアッと息を呑んだ。

 オリエの体が倒れた途端、新調したばかりのタンポポ色のドレスの裾が破れ、肘を擦りむいた。オリエが、ぎゃーっと悲鳴を上げて大きな声で泣き始めた。

 しかし、周りはいつもの事だ、と大人たちも侍女も冷たい目で一瞥しただけで、不愉快そうな顔をして離れて行った。


 シュモンとオリエの二人だけになり、彼はオリエを冷たく見下ろした。


「おい、泣き虫。いい加減、うんざりなんだよ。お前のその泣き声を聞いているとムカムカする。いいか、誰も言わないから、俺がはっきり言ってやるよ。うざい。キモイ。いつもいつも泣いてばかりで、6歳だからって泣けば許されるとでも思ってんのか? この泣き虫のノロマッ」


 泣き虫、ノロマという言葉が、まるで黒魔術の呪文のようにオリエの胸に突き刺さった。

 シュモンはそれだけ言うと、きびすを返して、みんなが集まる方へ行ってしまった。


 ひどい言葉を投げつけられ、めそめそ泣くのだろうかと思ったが、オリエは魂でも抜かれたかのように泣き止んで、鋭い表情で地面をじっと見つめていた。

 そばですべてを見ていたマーヤが恐る恐るオリエに近づいた。


「お、おじょうさま?」


 手を差し出して立たせようとすると、オリエが突然顔を上げた。

 その顔は見たこともないくらい、怖い顔をしていて、マーヤはびっくりして手を引っ込めた。


 オリエが何やらぶつぶつ呟いている。


「あ、あの、おじょうさま?」

「……わたくち、泣きまちぇん……」

「は?」


 オリエが声を振り絞りながら、マーヤに向かって言った。


「わたくちはもうっ、泣きまちぇんっ」

「おじょうさま……」

「わたくち……、もう、泣きまちぇんっ」


 年の割に舌ったらずの甘えん坊のオリエが目をいっぱいに開いて、涙をこらえている。そして、持っていたヌイグルミのウサギとハンカチを思い切り放り投げた。


「マーヤっ」

「は、はいっ」

「わたくちはもう、泣きまちぇんっ」

「はい……。わかりました。おじょうさま」

「わたくち……。もう……」


 その後の言葉が見つからない。マーヤが駆け寄ると、泣きませんと宣言したオリエが、ワーッと大きな声を張り上げて泣き出した。

 それを見たマーヤは自分も悲しくなって一緒に泣いてしまった。


 マーヤとオリエがめいいっぱい泣いたその日以来、宣言どおり、オリエは二度と泣かなかった。


 それから数年後。

 伯爵令嬢オリエは、鉄仮面のオリエ、と周りから恐れられるようになった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る