第26話
「……エラルカ、重いんだが」
「っ、す、すまない! ……けど、仕方ないだろう!? まさかこんなに長い時間、会えなくなるとは思わなかったんだから」
むすっ、と頬を膨らましながらも、離れようとしないエラルカ。無理やり引っぺがして立ち上がると、すすすっと距離を詰めてくる。
(これはあれか。孤独から解放されたと思ったらまた一人にされて不安と依存度が上がった、的なやつか)
面倒だが、この感情は使い勝手がいい。
「悪かった。でも、エラルカを置いて人類虐殺を始めるほど俺も馬鹿じゃない。協力者として最後まで一緒だ」
ぽんぽんと頭を撫でながら告げると、彼女は嬉しそうにはにかんだ。
彼女には最後まで一緒に居てもらう。
そして最後の最後に、美味しくいただくのだ。
もちろん食事的な意味で。
「ありがとう、グリム」
そうして再度、彼女は身を寄せてくるのだった。
§
エラルカの寂しさを上書きするように雑談をした後、俺たちが向かったのは同じ廃屋の地下だった。
この廃屋周辺はセブルスの中でも治安が悪く、スラム街として扱われる。かつて生活に困窮した者や表を歩けないならず者たちが集まり、建物を勝手に改造、増築を繰り返したのだ。結果、入り組んだ街並みは犯罪の温床となり、普通の人はおろか治安維持部隊ですら近付かない有様の現在へと至る。
この廃屋の地下室もまた、そんな増築の一部だった。
何故俺がこの場所の存在を知っているのかと言えば、寝床が見つからない頃に何度か訪れたことがあるから。
(それが今は貴族なんだから、人生とは分からないな)
地下へと続く階段を下り、重い鉄扉を押し開くとそこには――。
「あぁ……エラルカ。よくやった。やはりお前は最高のパートナーだ」
「そう思うなら、頭を撫でてくれると嬉しい」
「はいはい」
差し出されたエラルカの銀髪を撫でていると、男の怒声が響き渡った。
「テメェ、悪食!! その女はお前の差し金か!! くそがッ!! ふざけんじゃねぇ!! 自分が何やったか理解してんのかッ!?」
そう吠えたのは、かつての仲間――ドレッドだった。
否、彼だけではない。
俺を『終焉ダンジョン』に置き去りにしたかつての仲間が――ドレッドを含めて五人、地下室で鎖につながれていた。それも力ずくで脱出できないよう、四肢の関節を外された状態で。
唯一この場に居ないのは魔法使いのソフィアだけだ。
「おい! 聞いてんのかクソ野郎!!」
「そうだそうだ!」
「さっさと解放しろ悪食!!」
「今なら通報しないでやるからよ!」
そんなドレッドたちに、俺は笑みを浮かべて答える。
「おいおい、貴族様相手にそんな口きいていいのか~? 処刑しちゃうぞ~?」
「ふっざけんなよクソがッ! いいからさっさと俺らを解放しろ!!」
「いやいや、ちょっと待て。落ち着けって」
「あぁ!?」
頭に血が上り、冷静な判断が出来なくなっているドレッドを宥めながら、俺は続けた。
「冷静に考えてさ、生きて解放されると思ってる?」
「……」
淡々と告げると、ドレッドたちは一瞬息をのんだ。
そのタイミングを見計らって、俺は地下室と階段を繋ぐ鉄扉の鍵を閉める。
ガチャリ――という重い音が、室内に響いた。
「……お、俺たちを、殺すのか」
「正解だけど間違いでもあるなぁ。正しくは――お前たちを
腹が鳴る。
口内に唾液が溢れる。
「お、俺たちを殺したらどうなるか分かってるのか!?」
「どうなるんだ? 屍は何も語らないと思うんだが?」
「はっ! あの日、テメェは冒険者ギルドで俺たちのことを脅した! なら、俺たちが失踪したらすぐテメェに疑いの目が向いて――向い、て……」
尻すぼんでいくドレッドの言葉に、他のパーティーメンバーは不思議そうに首をかしげる。
「どうしたんだよ」
「おい、ドレッド!」
「……そうか、だからテメェは衆人観衆の中で、俺たちを殺すって――」
何かに気付いた様子のドレッドの表情が、見る見る恐怖に引き攣る。
息が荒くなり、冷汗が流れ、恐れに満ちた瞳が俺を穿つ。
「……正解」
答えると、ドレッドは大きく取り乱し始めた。
「待て、待てよ! ……分かった! そういうことならあの時のことを謝罪する! いや、それだけじゃない! これまでのことも全部だ! 悪かった! 俺が、俺たちが悪かった! 俺の全財産もくれてやるし、お前の前にも二度と顔を出さない! 約束する! だから、だからどうか見逃してくれないか!?」
その態度に言葉を返したのは、俺でもエラルカでもなくドレッドの仲間たちだった。
「はぁ!? なに言ってんだよ!」
「おいおい、頭おかしくなっちまったのか!?」
「ドレッド、お前! 殺されないって言ってたじゃねぇか!」
「うるせぇ! テメェらにかまってる暇なんてあるか! ……なぁ、ぐ、グリム……グリム・イーター様! 頼む、何ならこいつらをぶっ殺す手伝いをしてもいい! もし人を喰いたいって言うなら、俺が準備を手伝ってやる! だから、どうか俺だけは――」
必死に生き足掻くドレッドに、俺は逡巡。
数秒ほど考えた後、笑顔を返した。
「なるほど。お前の誠意は伝わった。そういうことならお前だけは見逃してやろう」
「……へ?」
「俺は嘘は吐かない。お前たちのように誰かを騙すことだって嫌いだ」
「ほ、本当か?」
「本当だとも。そうだなドレッド……。お前はアークほどじゃないがステータスも高いし、戦闘センスもいい。だから俺の奴隷として買ってやる」
「っ、あ、ありがとう……! ありがとう!」
四肢を繋ぐ鎖をガシャガシャ揺らしながら感謝を口にするドレッド。そんな彼を横目に、俺は他のメンバーに視線を向ける。いまだ状況を理解せず、自分たちを売ったドレッドに対して『意味が分からない』と言いたげな視線を向ける彼らは、本当に救いようがない。
自らの命が掛かるこの場面で思考放棄する人間など、生きているだけで大罪とすら言えるだろう。
「思えば、お前たちはずっとそうだったな。常にリーダーであるドレッドの言いなり。ダンジョン内でどんなことが起こっても、何も考えずドレッドの指示通りにしか動かない」
一歩ずつ彼らに近付く。
彼らの視線が恐怖に歪む。
(嗚呼、なんと空腹を刺激する表情をするのか)
「お、俺たちを殺せば、お前は、悪食のお前は終わりのはず……だから、俺たちは死なない。お前は、俺たちを殺せない……」
「はっ、馬鹿過ぎて笑えるなぁ。……仕方ないから教えてやる。俺はあの時、冒険者ギルドでお前たちを殺すと宣言した。貴族になって確実に復讐すると。そして、お前たちも知っての通り、パーティーメンバーをダンジョンに置き去りにすることは重罪で、俺が貴族になれば、そのことを持ち出して
「……」
「そんな状況の中で、火中の冒険者であるドレッドたちが失踪したら、他の冒険者たちはこう思う訳だ。――『あぁ、処刑されたくないから逃げたんだ』ってな」
「……何を、言っているんだ」
ここまで懇切丁寧に説明しても彼らは理解しない。考える努力をしていないのだから、俺の言葉は全て右から左へ抜けている。
俺は小さくため息を吐くと「つまり」と言葉を締めくくった。
「お前らは既に『突如失踪しても誰も気にしない存在』なんだよ」
「は――」
次の瞬間、俺は男の首を蹴り飛ばした。
これ以上「分からない分からない」と駄々をこねられるのも鬱陶しかった。
レベル93の蹴りを受けて引き千切れた頭部がごろごろ転がり、夥しい量の血液が噴出。地下室の床をべっとりと赤黒く濡らしていく。
「ひぃ!」
「や、な、なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ!」
「嫌だ、た、助けてドレッド!」
男の一人がドレッドに手を伸ばす。
「……」
が、帰ってきたのは無言だった。
「ふざ、ふざけんな! ふざけんなよおい! クソ! 糞くそくそ! おいドレッド! テメェふざけんなよクソカスが!」
「そうだ! お前が死ねよ!」
「なぁ、グ、
「あのさぁ、命乞いするならせめて相手の名前間違えるなよ。流石に笑うって」
「ぁ――」
ヘラヘラ笑いながら名前を間違えた奴の腹を殴りつけ、臓物を引きずり出す。男は口の端から血の泡を吹き、ガタガタと痙攣して死んだ。
残るは二人。両者ともに失禁し、顔を返り血で濡らし、鼻水と涙で汚している。
「……エラルカ」
「なんだ?」
「人、殺したい?」
「殺したい」
即答だった。
「殺していいよ」
「本当か!?」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜びをあらわにした彼女は、しかし次の瞬間表情が消え、憤怒に染まった殺意の羽を羽ばたかせて跳躍。光魔法で十字剣を両手に作り出すと、残る二人の男の四肢を丁寧に切り落とし、絶叫を耳にしながら――首を落とした。
その間、五秒もない。
「もっといたぶるかと思った」
「そうしたかったが、想定より人間が脆過ぎた。次はもっと上手くやるさ」
なんてエラルカと話していると……。
「な、なぁ。お、俺のことも解放してくれよ」
「あぁ、そうだったな」
俺はドレッドの鎖を外して、外されていた関節をはめ込む。一瞬激痛に顔を歪めたが、彼は数度肩を回すと、かつて仲間だった肉片をちらりと見てから、震える口で言葉を紡いだ。
「あ、ありがとう。この恩は、絶対に返す。俺はお前のためなら何でもやる」
「そうか。なら早速仕事をしてもらおうかな」
「何でも言ってくれ!」
「じゃあ食事の準備を頼む。エラルカ、皿はあるか?」
「上にあったはずだ。取ってくる」
「ゆっくりでいいから、綺麗なやつを持ってきてくれ」
そう言って地下室を後にするエラルカ。
彼女の足音が聞こえなくなるのを確認してから、俺は再度ドアの鍵を閉める。
「……え?」
「いや、やっぱり女の子に見せるもんじゃないだろう? それに、皿なんてのは方便で、本当はそこら辺のテーブルに並べてくれたらそれでいい」
「並べるって……やっぱり、そういうことだよな」
ちらりとかつて仲間だった肉片を見やるドレッドに、首肯を返す。
「あぁ。実は、『悪食』の特性としてモンスターを捕食すると『飢餓』っていう状態異常にかかるんだ。これは人を喰らう以外で腹が満たされないという酷く面倒なものでな……ここ数か月、俺は飢え死にしそうな飢餓感を常に味わい続けているんだ。この苦しみから脱するには人を喰うしかない」
「そ、そうだったのか」
「そうだ。……っと、そろそろ限界だから早く準備してくれよ」
「わ、分かった」
答えて、ドレッドは地下室の地面に落ちたかつて仲間だった肉片に近付き、顔を歪め、何度も嗚咽を噛み殺しながら拾い上げようとして――、俺は笑いながら告げる。
「おいおい、地面に落ちた肉を食わせようってのか?」
「……え?」
「お前は、地面に落ちた肉を主に喰わせようとしてるのかと聞いている」
「……いや、だって……え?」
ドレッドは困惑した様子で周囲を見回す。
しかし、そこに地面に落ちていない肉片は一つもない。
どれもが埃塗れの床に散らばっている。
「俺はこれでも清潔さは大切にしたいんだよ。埃塗れの床に触れた肉なんて、とてもじゃないが喰いたくないなぁ」
「……」
ドレッドは閉口し、俺を見つめる。
同時に静寂が部屋を満たし――ぐるるるるる、と腹の虫が嗤う。
「……ぁ、ぁあ!」
恐怖に引き攣る表情を見つめて、俺はぎざぎざの歯を見せて笑う。
「どうした? 早く準備しろよ。それともできないのか? おかしいなぁ、確かにあと一つ、床に散らばっていない肉があると思うんだが?」
「ふざ、ふざけ――くそが! だ、騙したのか!? なんでだよ! う。嘘は吐かないって――!」
「馬鹿だなぁ。――『嘘を吐かない』なんて言葉、嘘吐き以外使うわけないだろ?」
「くそ! くそくそくそ! くそがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「喚くなよ鬱陶しいなァ!! それとも生きの良さを喜ぶべきかァ!?」
「うわぁああああああああああああ!!」
半狂乱になったドレッドが殴りかかってくるが、彼我の実力差の前では無意味。
軽く足を払ってテーブルに叩きつけると、俺は口を開き――。
「んじゃ、いただきま~す」
ドレッドの首に噛みついた。
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