悪食の掟 〜虐げられし少年、全てを喰らって成り上がる〜
赤月ヤモリ
第1話
『悪食の掟』
その一、一度口を付けたものを残してはならない。
その二、他者に強要してはならない。
その三、いかなる理由があろうと、
§
ウェスト王国南西に位置する貿易都市セブルス。
美しき水の都として知られる同所の冒険者には共通の目的があった。街から少し離れた場所に存在する『傀儡の奈落』と呼ばれるダンジョンの完全攻略だ。
ダンジョンは常にモンスターを生み出し続け、内部で生息できなくなったモンスターは外の地上へと溢れ出す。このモンスター被害により、セブルスは貿易都市にも関わらず、度々街道が封鎖されることがあった。
それでも貿易の要である理由は、単純に立地が最適だから。
水の都と言われるセブルスは海に面しており、外国船の港町としての役割もあったのだ。同所を除く他の海域は波が荒く、また水棲モンスターが蔓延っている為、街を移すことはできない。
よって、『傀儡の奈落』を攻略し、その活動を停止させることこそが、セブルスの冒険者たちの悲願であり、街の——ひいてはウェスト王国全体の悲願でもあった。
当然そこに掛けられは報奨金は莫大。
王国内における貴族の地位すら確約されている。
俺ことグリム・イーターもまた、そんな冒険者の一人であった。
と言ってもやっていることと言えば有名冒険者の荷物持ち兼雑用係。本当は前線で戦いたいところだが、それを許してくれるパーティーはない。かといって一人で潜ろうにも、それは冒険者を統括するギルドが容認していなかった。
「……ッ痛」
俺は水路に自分の顔を映す。赤錆色の髪に鈍色の瞳。
頬には大きな殴打痕が痛々しく残っている。
それは俺の所属するBランク冒険者パーティー『漆黒の塔』のリーダー、ドレッドに付けられた傷である。
理由は、今回の冒険が上手くいかなかったから。
いつもよりモンスターが多く、深くまで潜れなかったのだ。
結果的に報酬が少ないことに苛立った彼は、その怒りの矛先を俺へと向けた。
理不尽に腹が立つ。
しかし俺は『悪食』だから仕方がなかった。
「……くそッ」
小さく吐き捨て、俺は歩き出す。
行く当てなどない。
明日はまたパーティーで『傀儡の奈落』へ潜ることになっているが、それまでやることなどない。宿屋で寝るか、武器の見直しをするか、或いは――飯を食いに行くか。
——ぐるるるるる。
腹の虫が早く喰わせろと吠え、視界が赤く染まる。
まったくもって糞みたいな身体だ。
俺は食事をしようと街を歩き始め——途端に、周囲から視線を向けられる。
小さな子供から腰の曲がった老人まで。老若男女関係なく、その誰もが俺を、正確には俺の赤錆色の髪へと視線を向ける。
「見て、
「汚らわしいわ」
「ママ、怖い……」
「大丈夫よ。この町には冒険者がたくさんいるんだから。悪食が人を食べたらすぐに討伐してくれるからね」
「まったく、あんな奴らさっさと皆殺しにすればいいんだ!」
「気持ち悪い……見てよ、あの髪。血の色をしているわ」
「先代国王が優しかったから人権が与えられてるだけの
「領主も領主だ。適当に罪状をでっちあげて磔にすればいいのによォ」
そんな声があちこちから聞こえる。
だがどうでもいい。
彼ら彼女らの言葉で俺の心がどうにかなるようなことはあり得ない。
暖簾に腕押しとは違う。
俺の心は既に壊れ切っている。
壊れてなくなった物が痛みを覚えることなど、あり得ないのだ。
罵声を浴びせられ、時には石を投げられながらも到着したのは『朝焼けと夕暮れ亭』という食事処だった。
客層としては低階級から中流階級向けの店。
ごくごくありふれた大衆食堂だ。
ただ一点、売りどころがあるとすれば——店員が可愛い。
「いらっしゃいませ~! あはっ、グリムさんじゃないですかぁ~!」
溌剌とした笑みを浮かべるのは店員のナターシャ。
黒と白の給仕服を身に纏った彼女は、かなり整った顔立ちをしている。
肩口で切り揃えられた薄紫の髪に、制服の上からでもわかる豊満な胸。いわゆる看板娘という存在だ。
可愛いのは彼女だけでなく、他の店員も同様。『朝焼けと夕暮れ亭』はその店員の容姿の良さが人気だった。
もちろん料理も美味いが。
ただ、俺が同所を訪れるのはそのどちらが理由でもない。
「いつもの席を頼めるか?」
「はいは~い。悪食ってのも大変ですねぇ~。普通のご飯食べるだけで注目を浴びるなんて」
「もう慣れたが、それでも気遣ってくれるアンタらには感謝している」
「『食事ってのは人生を豊かにする!』というのが当店のモットーなので! 皆さんに美味しく気持ちよく食べてもらうのが、何よりなんですよ!」
「ありがとう」
ナターシャの雑学を耳にしながら案内されたのは店内の奥の席。
他の席とは壁で区切られており、他の客がこちらの様子を窺い知ることは不可能。
それこそが、俺がこの店を選ぶ理由だ。
『悪食』――それはこの世界で最も嫌われている種族の名前だ。
赤錆色の髪と鈍色の瞳。
褐色の肌とギザギザの歯。
そして、あらゆる物を喰うことが出来る。
かつて、一人の悪食がいた。
そいつは世界中の生き物を喰らった後にこう語る。
『人間こそが最も美味なる生物だった!』と。
そう言って、数百万人の人間を飼いならす『悪食の帝国』を築いて見せた。
その国において人は牛や豚と変わらぬ家畜であり、まさしく悪食の悪食による悪食の為の国だ。
しかし当然そんなものは長く続かない。
『悪食の帝国』は十年と経たずに他の人間たちにより滅ぼされ、その時の憎悪は現代を生きる悪食にまで向けられている。
それが俺を――そして悪食を取り巻く理不尽な現状だ。
(まったく、はた迷惑な話だ)
俺がこの街で冒険者として活動できるのも、先代国王が『ごく普通の暮らしをする悪食には人権を与える』とお触れを出してくれたから。
それが無ければ、街に入る前に殺されていただろう。
或いは奴隷として売られるか。
……いや、女ならまだしも男の自分は殺される一択か。
ただ見た目が特徴的で、何でも食べられて、少しお腹が空きやすいだけ。
本当にただそれだけだというのに、人々は悪食を忌み嫌う。
誰かが人を殺したからって、他の奴まで殺人鬼とは限らないというのに。
なんて考えていると、料理を手にしたナターシャが戻ってきた。
「こちらご注文のステーキでーす! 熱々の内に召し上がれっ♡」
「……ありがとう」
ウィンクして見せるナターシャに困惑。
彼女は俺の反応が気に入らなかったのか、僅かの頬を膨らませてから対面の席に腰掛けた。
「どうかしたのか?」
「いえ別に~? いつも一人で寂しそうだから、一緒にいてあげようかなと」
「ナターシャは変わり者だな」
「……迷惑ですか?」
「まさか。その心遣いはいつも嬉しく思っている」
「……にひひっ、そうですか! あ、そうだ! 今度うちの店で新しい料理出すんですけど、それ私が考えたんですよ! 良かったら食べに来てくださいね!」
「……あぁ。楽しみにしておく」
「やった!」
ぐっとこぶしを握り締めるナターシャ。自分の料理が店で出されることが嬉しいのだろう。いつもは給仕をしているが、その内料理人になりたいと、以前彼女は語っていた。
「絶対食べに来てくださいよ! 約束ですからね!」
「あぁ、約束は破らない」
深く頷くと、彼女は笑みを濃くする。こんな子が、恋人になったらさぞ楽しいだろうな、なんて――悪食にはあり得ない夢を思いながら俺は料理を平らげた。
「それじゃあまた来る」
「はいっ、楽しみにしててくださいね!」
笑顔で手を振るナターシャに背を向け、俺は店を後にした。
翌日、すべてが変わり果てるとも知らずに――。
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