第9話 繋がる記憶、交わる心

夜。


屋敷の中は、静まり返っていた。


本棚の影、絨毯の軋み、風の音──

すべてがまるで、誰かの記憶を呼び覚まそうとしているようだった。


蓮は、ぼんやりと天井を見上げていた。


身体が重くて動けないわけじゃない。

ただ、何かが──胸の奥でざわついて、じっとしていた。


 


「……あの日の夢を、見たんだ」


そう言ったのは、悠真が戻ってきた夜。

スマホを持ったまま居間に入ってきた悠真に、蓮はぽつりと告げた。


 


「夢……?」


「……ってか、記憶かも。死ぬ前のこと。……思い出したんだ」


 


蓮の声はかすれていて、でも、妙に穏やかだった。


 


「暗い夜だった。誰かが泣いてて……俺、そいつのこと守りたかった。

そいつ、すごく怖がってて、“いなくならないで”って、何度も叫んでた」


「……」


悠真の手が、スマホを握る指先が、ぴくりと揺れる。


 


「そいつの顔、ぼやけてた。……けど、その声が……」


 


「──悠真、お前だった」


 


しん、と空気が止まる。


 


「子どもの頃の……お前が、俺を、呼び戻した」


「……」


「俺、もう死んでたんだ。でも……あの声が、俺をこの場所に、留めたんだと思う」


「……俺が……?」


 


悠真は信じられないというように、小さく首を振った。


でも、心当たりがないわけじゃなかった。


幼い頃、引っ越してきたばかりのこの屋敷で──

夜ごと一人泣いていた自分。

「誰か、そばにいて」と願った声が、空っぽの部屋に響いていた記憶。


 


「……俺の、願いが──お前を、幽霊にした……?」


 


罪悪感と後悔で顔をゆがめる悠真に、蓮はふっと笑った。


 


「違うよ。あのとき、誰かに呼ばれて、もう一度目を覚ましたとき──

 “ああ、また会えた”って、思ったんだ」


「……」


「だから、いいんだ。お前が呼んでくれて、俺はここにいた。

 寂しくなかった。……むしろ、嬉しかった」


 


蓮の輪郭が、また少し揺れる。


本当に、彼が“いなくなる”日が近いのだと──悠真は悟った。


 


「でも今のお前は、俺を自由にしようとしてる。

 もう一度、送り出そうとしてる」


「……それが、“本当のお別れ”ってこと、わかってる?」


 


悠真は目を伏せ、ゆっくりと頷いた。


 


「でも、それでも……蓮が、楽になれるなら」


 


沈黙。


しばらくして、蓮がぽつりと呟いた。


 


「……優しいんだな、やっぱり」


 


まるで、何かを受け入れるような、寂しげな笑顔だった。


 


 


──明日、最後の儀式をやろう。


悠真は決意する。


それは、蓮との別れを意味する。

けれど、それが──蓮のためにできる、唯一のことだった。

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