道行ごっこ
美里
道行ごっこ
「一緒に死のう。」
電話に出るなり、男の声がそう言った。こんなことを開口一番言ってくる相手なんか、ひとりしかいない。
せめて、一緒に死んでくれ、だろ、なんで俺も死にたがってるみたいな言い方してくるんだ、と、内心で苛々しながらも、俺はすぐに、いいよ、と答える。
草平からこの手の電話がかかってくるのは、はじめてのことじゃない。草平が結婚してからのこの五年間で、何度目だろうか。その間、俺にはもちろん、恋人がいるときもあったし、いないときもあった。それでもいつも、答えは変わらなかった。いいよ。その一言を聞くと、草平が薄くて長い、ため息みたいな息をつく。
「二時間後。」
ぼそりと低い、草平のいつもの口調。俺は、そっけなさを意識しながら、おう、とだけ返して電話を切った。金曜の夜。公務員の草平からしたら花金かもしれないが、ゲイバー勤務の俺からしたら、かき入れ時だ。休みの連絡を入れるの申し訳ないな、と思いながらも、俺の指は勝手にスマホを操作している。
「李緒さん、ちょっと、死ににいってきます。」
二度目のコールで電話に出た、バーのママに告げた自分の声が、妙に疲れていることに気が付いて、暗澹たる気分になる。まだ30歳、なんて思っているけど、もう30歳。いつまでもこんなことをしている年齢ではないと、分かってはいるのに俺は、草平の、一緒に死のう、を断れたためしがない。
『またなの、モリちゃん。』
半分呆れ、半分心配、くらいの声で、李緒さんが言う。またなの。自分が一番そう思っている。
「今度こそって、思ってるんですけどね。」
『バカ言わないで。ノンケに惚れるとろくないことないんだから、気をつけなさいよ。』
気を付ける。そんな時期はもう過ぎてしまったな、と感じながらも、俺はこくりと頷いた。
「はい。すみません。忙しいときに。」
『ほんとよ。次からは火曜にしなさいって言っといて!』
「はい。申し訳ないです。」
『仕方ないわね。生きるか死ぬかの話だから。』
そして李緒さんは、もう一度、気を付けなさいよ、と繰り返して電話を切った。
生きるか死ぬかの話。どうせ死なない草平相手に、俺は本当になにをやっているんだろう。こうやって、ひとに迷惑をかけてまで。
自分で自分に呆れると、ひどく疲れる。俺はぐったりした体と心に鞭打って、一日分の最低限の旅行の荷物を用意し、家を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます