病弱な妹と私のお見合い顛末
黒木メイ
第1話
この場にいる誰もが二人の関係を認めていた。たった一人を除いて。
「お姉様。こんな結果になってしまって……本当にごめんなさい」
そう言った病弱な妹の顔色はいつものように青白く、声はか細く震えていた。
◇
特に目立った功績もなく、かといって問題らしい問題を起こしたことは一度もない、歴史だけは長いカルーゾ伯爵家の姉妹に突然降って湧いた見合い話。結婚適齢期を迎えているにもかかわらず、病弱な妹の看病に明け暮れる毎日で浮いた話の一つもない長女。そして、生まれつき体が弱く将来子どもを産むことはできないと医者から告げられている、ある意味貴族令嬢としてはすでに価値なしと見られている次女。
そんな姉妹の見合い相手は――なんと国王陛下に忠誠を誓っている王国軍第三騎士団の団長と副団長だった!
(いやいやいやいや、おかしいでしょう。裏があるに違いない)
父から話を聞いた時、まず思ったのはそれだった。
聞けば、仲介人は王国軍を纏めている総長の奥様らしい。
(なぜ? どういった経緯でそうなったの?)
疑問は増えるばかり。その答えを教えてくれたのは、団長……こと、ファルコ公爵家嫡男ダヴィデ様だ。
そもそもの発端は、とある団員が総長の奥様に漏らした愚痴だった。愚痴、といっても軽い冗談のつもりで。けれど、彼女はそれを鵜呑みにし『仕事脳の夫のせいで団員の結婚率が下がっている? ならば、妻の私が良縁を結んで差し上げますわ!』と一大プロジェクト(彼女にとって)を立ち上げたのだ。
厳しい規律やハードな勤務日程により、団員たちの出会いの機会が減っていたのは事実。けれど、それだけが理由ではない。そもそも、騎士という職業は人気職の一つだ。結婚適齢期を過ぎても独身であるのにはそれなりの理由がある。ただ、それを素直に認めるわけにもいかず、独身男性たちは『結婚は?』と聞かれた際には、総長の奥様へ話したような内容を口にしていたのだ。
こうして半強制的なお見合いが成立することとなったのだった。
ちなみに、ダヴィデ様のお相手として選ばれたのはカルーゾ伯爵家長女である私、イラリア。ダヴィデ様の身分や年齢を考慮した結果、候補者の中で一番条件が合っていたのが私だったらしい。
そして、副団長であるイデム伯爵家四男エミリオ様のお相手として選ばれたのが妹のミルカ。ミルカは病弱だが、両親から愛されており、以前から当主である父はミルカの
これなら私が家を予定より早く出ても大丈夫だろう。
なお、今まで私の婚約が決まらなかったのは、求婚者がいなかったからではない。ミルカが駄々をこねたからである。気づいた時には私の意思とは関係なく、父が断っていた。
ミルカに『私、お姉様がいなくなったらどうやって生きていけばいいの?』と泣きつかれたかららしい。
いや、知るか。別に私がいなくても生きていけるだろう。両親や使用人はいるんだから。単に私が先に結婚するのが気にくわないだけのくせに。
と、心の中で悪態ついたのは私だけの秘密だ。そんなことを口にすれば両親や使用人たちからなにをされるかわかったものではない。
「ごめんなさいね。妹が」
「いや、こちらこそ団長が、その……」
「私は大丈夫です。気にしていませんから、本当に」
今日は私たちの見合い初日。そう、
(あの様子だとミルカがわがままを言ったのかしら)
案内人はもちろんダヴィデ様。ただし、彼の腕の中にはミルカがいる。お姫様抱っこをしながら庭園を散歩というのはなかなか斬新だ。
病弱なミルカを歩かせるのは
すぐに気づいた。ダヴィデ様がミルカにどんな感情を抱いているなんて。
ミルカはダヴィデ様に見えない角度から私へ優越感たっぷりの視線を送ってきている。が、無視無視。そんなことよりも、私はエミリオ様へのフォローをしなければ。
――エミリオ様って、生真面目で優しい人なのね。歳不相応なくらい。四男だからかしら。なんというか……苦労人のにおいがぷんぷんしている。
この短時間だけでも、それが十分窺えた。確かにダヴィデ様はエミリオ様からしてみれば、上司であり、公爵家の格上の存在だ。でも、なぜダヴィデ様のフォローをエミリオ様がするのか。私がミルカのフォローをするのはまだわかる。言いたくないけど、家族だからね。でも、エミリオ様とダヴィデ様は違う。むしろ、ダヴィデ様に文句は言えないとしても、ミルカの姉である私に苦言の一つや二つ言ってもいいと思う。
「エミリオ様、せっかくですからお仕事の話を聞かせてはくださいませんか?」
「仕事の?」
「はい。見合いの場でする話ではないかもしれませんが……すでにこの状況ですし」
ちらり、と仲睦まじい二人に視線を向ける。つられてエミリオ様も視線を向けた。
「ね。こんな機会でもなければ聞けませんし。ぜひ、貴重なお話を聞かせてくださいな。あ、もちろん言える範囲でかまいませんよ。……もし、話したくないのであれば無理にとは言いませんが」
「いや、私はこの通り団長と違い面白味のない人間なので、トークテーマを決めていただけるのは助かります」
こうして、私たちの顔合わせ初日は当主たちが思い描いたのとは違う形で、けれどいい雰囲気で終わったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。