第22話


城に戻って少しした頃、悠希は少し落ち込んだ様子で城の中を歩いていた。


「……なんで甘くなっちゃうんだろ」


悠希は立ち止まり考え始める。さっきまで琅と共に調理室で朝食作りをしていた。皮剥きなどの下ごしらえは慣れているので完璧だったのだが味付けに関してはどれも甘々になってしまい、それを味見した琅に怒られてしまったのだ。


「…考えても仕方がない。早く皆を呼びにいこう」


悠希は落ち込むのを止めて歩き出す。ご飯ができたから皆を呼べる範囲で呼んでこいと悠希は琅に頼まれてからだ。


「…よし。ついた」


暫く歩いたことで悠希はルシュフの部屋の前で立ち止まった。


「ルシュフさん。失礼しますよ」


そして悠希がノックをしながら声をかけ、扉を開くとそこにはベッドの上でぐったりしているが意識はあるリースとそんなベッドの近くにある椅子に座り、読書をしているルシュフがいた。


「し、失礼しました!」


悠希はそんなリースたちを見て顔を真っ赤に染め、慌てたように扉を閉めた。


「…?どうしたのかしら?」


ぐったりしていて悠希の表情まで見ていないリースは不思議そうな顔をして呟く。


「やったあとにみえたんだよ」


ルシュフは本のページを捲りながら面白おかしそうにリースの疑問に返答する。


「やっ…違う!誤解!誤解なのよ!悠希、戻ってらっしゃい!」


ルシュフの返事を聞いてリースは急激に頬を赤く染めながら大きく目を見開き、慌てたように上体を起こして叫んだ。しかし邪魔をしてはいけないと早々に次の部屋へと向かった悠希にリースの声は届かない。


「ちょっと戻ってこないじゃない!どうするのよ!」


リースは涙目で睨み付けるようにルシュフへと目を向ける。


「私的にはこのままでもかまわないよ」


ルシュフは本を読みながら答える。


「私は嫌よ!私はあんたに血を提供しただけなんだから追いかけて誤解を解いてきなさい!」


リースはそんなルシュフを睨み続けながら叫んだ。


「今、いいところなんだけど」


ルシュフはリースへと目を向けながら読んでいる本をリースへと見せる。


「何言ってるのよ!その本は既に読んだことある少女漫画だし、この前だって一週間眠らずに読み耽ってたじゃない!」


リースは怒号を飛ばしながらルシュフの胸ぐらを掴む。


「例え読んだ漫画でも一度読み始めると止まらなくなるものだよ」


胸ぐらを掴まれても特に気にしていないルシュフは一面本棚になっている壁を目で見渡したあと、リースへと目を向ける。本棚には少女漫画がぎっしりと入っている。


「ものだよじゃないわよ!そのせいで日中動けなくて捜索にいけないっていうから予定になかった血をあげたのよ!そのお陰で私、貧血になったんだから!つべこべ言わずに早く行きなさい!行かないともう血あげないんだから!」


リースは叫びながらルシュフの胸ぐらを離した。


「やれやれしかたがないな」


ルシュフは胸ぐらを掴まれたことで乱れた服を整えてから読んでいた本を本棚に戻した。そして足早に部屋から出ていったのである。


「……バカ」


そんなルシュフを見送ったリースは倒れるようにベッドへと身を預け、枕をぎゅっと抱き締めながら真っ赤な顔をして呟いたのだった。






一方足早に次の部屋である清香とライトがいる部屋へと辿り着いた悠希は扉をじっと見つめていた。


「大丈夫かな?開けてさっきみたいだったら…」


悠希は何度も扉へと手を伸ばしたり引っ込めたりしながら困惑したように呟いた。


「男の方は起きているようだけどどうだろうね」


そんな悠希の背後に現れたルシュフは悠希の耳元で囁き、ルシュフの気配に気づけなかった悠希は驚いて耳を押さえ、勢いよくルシュフがいる方向へと振り返った。


「さっきと似たような状況かもね」


ルシュフは悠希と目が合うなりにっこりと微笑み、悠希は先程のことを思い出して急激に頬を赤く染める。


「…まぁさっきのは君の早とちりなんだけどね」


ルシュフはそんな悠希を見てクスクスと笑う。


「はや、とちり…?」


悠希は真っ赤な顔で不思議そうにルシュフのことを見つめる。


「そうだよ。さっき真っ二つにされただろ?それで血が不足していてね。リースは私に血を提供してくれたんだ。私はリースの血しか口にしないと決めているから…リースがぐったりしていたのは私が飲みすぎただけ。決して君が思ったようなことは起こってないよ」


ルシュフは微笑んだまま答え、その返事を聞いた悠希は勘違いをした恥ずかしさのあまり更に顔を真っ赤に染める。


「……それとこの部屋で起きていることも違うみたいだ。だって」


ルシュフが微笑むことを止め、扉へと目を向けると急に扉が開かれて中からライトが出てくる。


「こんな状態じゃ甘い雰囲気にはならないだろ?」


ルシュフはライトの姿を見たあと、悠希へと目を向ける。部屋から出てきたライトは気分が悪そうに手で頭を押さえていて足元はふらついている。


「吸血鬼…!」


悠希が確かにな…と思っているとルシュフの姿を目にしたライトが声をあげる。


「っ…なんで人間もいるんだ」


後退り、警戒するようにルシュフのことを見つめていたライトは悠希の存在に気がつき、困惑する。


「吸血鬼だけなら俺への拷問が終わり、清香が連れ戻されたで終わるのになんで人間までいるんだ?意味わかんねぇ」


ライトは頭を押さえている手で髪の毛をくしゃっと掴みながら教条を歪める。


「ここは君たちのいう化け物が住む古城だよ」


ルシュフはそんなライトに向かって告げる。


「は…?」


ライトはルシュフの言葉を聞いて思わず頭から手を放し、大きく見開いた目でルシュフのことを見つめる。


「何も覚えていないんだね。なら一から説明してあげるよ」


ルシュフはそんなライトに向かって今まで何があって何故此処にいるのかを一から説明し始める。


「……確かに拷問中、何かを飲まされた。そこからの記憶がないけど…そうか。そんなことがあったのか…でも復讐は成功したわけだ」


ルシュフの説明を聞き終えたライトは微かに微笑んだ。


「復讐?」


悠希は不思議そうな顔をしてライトを見つめる。


「…母は清香と同じ境遇で無理矢理囚われた反抗的な人だった。俺はそんな母とあの男…王に無理矢理孕まされてできた子だ。だけど母は子に罪はないと俺をちゃんと育ててくれた…なのに俺を孕んだことで純潔を失った母の血は旨くなくなったのか母は俺を育てつつ奴隷のような扱いをされ、そして俺が幼い頃に病死した。俺は母の幸せを奪ったあの男に復讐がしたかった」


ライトは立っているのが辛いのか壁に寄りかかって答える。


「……清香さんが好きで逃がしたわけじゃないの?」


悠希はそんなライトのことをじっと見つめる。


「あの男に復讐がしたくて逃がしただけだ。そこに恋愛感情はない」


ライトは悠希の問いに即答する。


「そっか…」


両思いではなかったのかと悠希は清香の気持ちを考えて落胆する。


「…生きて眷属になったのは想定外だったけどな。眷属になったからのは此処にいた方がいいんだろ?」


ライトはそんな悠希のことを気にすることなくルシュフへと目を向ける。


「そうだね。とどまってくれた方が面倒事を持ってこられなくて済むし…」


ルシュフは少し考えたあと、ライトの問いかけに答える。


「わかった。どうせどこにいたってハーフである俺が対等に扱って貰える場所なんてないから此処にいるよ。ただ小さくてもいい。一部屋俺に使わせてくれ。清香と同じ部屋は嫌だ」


ライトは諦めてような表情をする。


「わかった…でも何処に行ったって同じっていうのはないと思うよ。此処の住人は確かに他種族を見て最初は驚いたりするけれど差別意識はないし、家事当番さえ守ってくれれば基本的に常識のある範囲で何をしてくれてもかまわない」


ルシュフはそんなライトの表情を見てにっこりと微笑む。


「え…」


元いた場所では自由などなくずっと働かされていたのかライトはルシュフの言葉を聞いて大きく目を見開き、声を漏らす。


「まぁ詳しいことは部屋を案内しながら話すよ。ついてきて」


ルシュフは微笑むことを止め、ライトへと背を向ける。


「……あ、これだけは先に言っておかないと…明らかに自分と容姿が違う面々と会っても内心だけで驚いてね。特に頭に花の蕾がある女の子には注意してね」


足を一歩踏み出した時、ルシュフは思い出したかのようにライトへと目を向ける。


「……わかった」


他種族のことを知らないライトは内心、不思議そうにしながらも小さく頷く。


「…それじゃ案内するよ」


それを見たルシュフは前を向いて歩き出し、ゆっくりとした動くで壁から身を離したライトは何処か辛そうにしながらも部屋の扉を閉め、ルシュフのあとを追い始める。


「……大丈夫かな?」


そして一人残された悠希は清香がいる部屋の扉を見つめ、小さく呟いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る