第10話
自室ではない部屋に天月はいた。部屋の中は灯りがついていないために暗く、そんな部屋の中で天月は眼鏡を外し愛しげに目の前にある何かを撫でるように触っていた。
「天月さん。いますか?」
ノックする音とそう言った声とともに部屋の扉が開き、部屋の中に一筋の光が差し込んだ。
「よかった。いた。皆にきいたら最上階にある部屋の一室にいるんじゃないかって言われて来てみたんです」
部屋の扉を開けたのは悠希で天月は悠希の姿を捕らえた瞬間、驚きを隠せないといった表情をし、悠希はここまで走ってきたのか少しだけ乱れた息を整えてからそんな天月がいる部屋の中へと足を踏み入れていく。
「……出てけ」
部屋の中に足を踏み入れた悠希の姿を見て天月は我に返り、何処か冷たい眼差しで悠希のことを見つめながらとても低い声で呟いた。
「え?」
そんな天月に悠希は驚いたように声を漏らし、立ち止まる。
「出るんだよ!」
天月は険しい表情をして悠希の体を反転させ、背中を押した。
「え、ちょ…っ」
いきなり天月に背中を押された悠希は逆らうことなく歩くが困惑したように天月へと目を向け、その直後何かに驚いたように固まってしまう。
「……それで何か用?」
そんな悠希を部屋の外へと押し出したあと、扉を閉めた天月は胸ポケットにしまっておいた眼鏡をかけつつ悠希のことを見つめた。
「え、あ…手紙を書けば渡してきてもらえるって聞いて…手紙を書こうにも部屋がわからないから天月さんを探してました」
天月の問いに悠希は我に返り、答える。
「手紙…必要ないと思うけど」
天月は悠希のことをじっと見つめ、ボソッと呟く。
「え…?」
その呟きの意味がわからず悠希は不思議そうな顔をする。
「……なんでもない。君のために用意された部屋のことなら皆知ってる。いちいち僕のことを探す必要はない」
天月は悠希から目を反らし、スタスタと早歩きで歩き出す。
「すいません…」
天月の口調は何処か刺々しかったため、悠希は申し訳なさそうに謝りつつ天月のあとをついていく。
「此処だよ」
暫く歩いた結果、天月は一つの扉の前で立ち止まり扉を開けて部屋の中を悠希に見せる。
「あれ?ここって…」
悠希は部屋の中へと足を踏み入れ、キョロキョロと辺りを見渡す。
「そう。君がさっき使っていた部屋だよ。綺麗に掃除しておいたから好きに使っていい」
天月はそんな悠希の横をすり抜ける形で部屋の中へと入っていき、引き出しへと近づいていく。
「わかりました。ありがとうございます」
悠希は辺りを見渡すことを止めて天月へと目を向け、見つめる。
「……あと君にも見られたくないものの一つや二つあるよね?だからもう最上階には近づかないでくれるかな?」
天月は引き出しから便箋と封筒を取り出して引き出しの上に置いたあと、悠希へと目を向ける。
「わ、わかりました。近づきません」
悠希は反射的に自分の左手を背に隠しつつ返事をする。
「便箋と封筒は出しておいたから手紙を書き終えたら今日はもう休んだ方がいい。手紙は起きてから食堂辺りにでも置いておいてくれればいいから」
天月はそれだけ言うと悠希の返事を聞くことなく足早に部屋から出ていってしまった。
「さっきの部屋で寝ていた人は天月さんにとってみられたくない人だったんだ…」
天月を見送った悠希は呟いた。悠希は先程、天月の方を向いたとき部屋の中に横たわった人がいるのを見たのだ。まあ正確には天月の陰に隠れていて横たわっている人の足だけが見えたのだが…
「それなのに悪いことしちゃった。俺にだって見られたくないものあるのに…」
悠希は自分の左手から手袋を外し、複雑そうな顔をして左手の甲を見つめた。そこには色が常に変化し続ける結晶が埋め込まれていて、結晶はまるで生きているかのように脈を打ち、周囲には奇妙な入れ墨があった。
「……手紙書いて寝よ」
悠希は手袋をつけて引き出しへと近寄っていく。
「緑色…そういえばさっき天月さんの瞳の色が緑色に見えて驚いちゃったな…まぁ眼鏡かけたときには黒色だったし、見間違いだろうけど」
悠希は天月が出してきてた緑色の封筒を見て呟いた。足を見たとき、緑色に変化した天月の瞳も目にしていて悠希はその事に驚いて固まってしまったのである。
「見た目だけで…しかも見間違いで驚くなんて失礼だったよね。あとで謝罪しておこう」
悠希は封筒と便箋を手にし、机に近寄っていった。そして椅子に座り手紙をしたため始めたのだった。
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