雨が降る日は、君を忘れたい ― 風の吹く日

 朝、目を覚ましたとき、カーテンの隙間から光が差していた。

 風が吹いていた。静かで、柔らかくて、どこか懐かしい風だった。

 布団の中で、しばらくその空気に包まれていると、胸の奥がすこしだけ、ふわりと浮いた。


 あの日から、私は変わったのだろうか。

 いや、たぶん、何も変わっていない。

 それでも、今日の風を「きれい」と思えたこと、それはきっと、小さな一歩。


 午前中、久しぶりに散歩に出かけた。

 イヤフォンから流れる音楽も、目に映る街の景色も、全部、知らない間に更新されている。

 君と歩いた道を、今日はひとりで歩く。

 あのとき見逃していた花が、今はちゃんと咲いているのが見える。


 ひとりって、さみしい。

 でも、自由でもある。

 君に似合いそうな服を見つけても、もう「伝えたい」と思う衝動に襲われることはなかった。

 そういう瞬間が、少しずつ増えていく。


 ベンチに座って空を見上げた。

 雲が早く流れていく。

 そうか、風が吹いているんだ。


 **心のなかでも、同じ風が吹いている気がした。**

 何かが通り過ぎていく音がした。

 何かを手放していく感覚がした。

 私は今日、ひとつ、忘れたかもしれない。君の声の高さを。


 けれど、それでいい。

 忘れることが悲しいのではなくて、

 覚えていたことにありがとうと、言いたかっただけなんだ。


 夕暮れが近づくころ、また雨の匂いがしてきた。

 でも、私は傘をささずに帰った。

 濡れてもいいと思えた。

 この雨はもう、悲しみじゃない。

 ただ、私を包んでくれるだけ。


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